35.クリスマスパーティー 1
真っ赤な招待状が届いた。
ええ、見覚えがあります。前回はめちゃくちゃ浮かれて受け取りました。ええ、ええ、鼻高々で受け取りましたとも。
招待状を抱えてクルクル回って跳ねまわったことを覚えている。
中身を見なくてもわかる。氷川家からのクリスマスパーティーの案内だ。
お母様から手渡されて、顔が引きつった。お母様は、はっきりと浮かれている。どうしようもなく浮かれている。もう、これ、絶対行くって決めてるやつだ。
だがしかし。今回は恐怖の召集令状。
「お母様、私、お断り……」
「まさか、お断りするなんて言いませんよね?」
お母様がニッコリと微笑んだ。
「う、その、できれば」
「できません」
ピシャリ、言い切る。
「何が不満なの? あの氷川財閥からのお誘いよ? 和親くんとは同級生でしょう? ご学友として仲良く……ゆくゆくは、お付き合いなんて」
「しません!!」
うっとりと夢見る様子のお母様にピシャリと返す。変な期待をされても困る。
「あら、姫奈子は和親くんが嫌いなの?」
「好きとか嫌いとかではなくて、不釣り合いです!」
「まぁまぁ、姫奈子たら謙虚なのね!」
うふふふふ、なんて笑うお母様。なんだよ、意味ありげに笑っちゃって、そんなんじゃないからね!
「とりあえず、中をごらんなさいな」
気持ち悪いほど浮かれている。
私は渋々と封を開けた。真っ赤な封筒に、金の文字。中の紙は普通に白い。氷川財閥のマークが透かしに入った便箋に、案内状が印刷されている。
保護者同伴のパーティーであること、会場は氷川財閥のホテルであること。まぁ、二回目だから知ってるけどね。
要するに子供だけの内輪のパーティーではなく、これはガチの社交である。
「やっぱり……絶対行かなきゃダメ?」
上目遣いで甘えてみる。
「当たり前でしょう? せっかく氷川様と交流を深められる場所ですからね。白山家として行かないという選択肢はありません」
お母様はキッパリと言い切った。白山グループの営業に関しては、強面職人気質のお父さまより、社交的なお母様の手腕によるところが大きい。今はおっとりと見せているが、結婚前はキャビンアテンダントとして働いていたらしい。意識高い系バリキャリだったのだろう。
大人の思惑が絡むパーティーだ。私の一存ではどうにもならない。
「ドレスを新しくしましょうね」
「いいです! 春のと同じでかまいません!」
「そんなわけにはいかないわ。貴女は白山家の代表として伺うんだから。同じドレスなんてわけにはいかないでしょう?」
お母様に、メっと怒られる。優しく微笑んで窘められているが、その窘め方の裏には本気のオーラがあって怖い。私は抵抗を諦めた。
お母様に気が付かれないように、ひっそりとため息を吐けば、彰仁からジト目で睨まれる。
白山家の代表が私だということが不満に違いない。
私だって力不足だって思ってるよ。だけど、同級生なんだもん。しかたないじゃない。私のせいじゃないし、なんなら代わって欲しいよ!
しかし彰仁はまだ小学生で、大人の混じる社交の席には呼ばれないのだ。仕方がない。
あれよあれよといううちに、いつものメゾンへ連れていかれドレス選びが始まった。八坂くんがよくキッズモデルをしているハイブランドはお母様のお気に入りだ。今シーズンも八坂くんはパンフレットのモデルをしていた。お母様に任せると、全てこのブランドでそろえてくる。
通された上顧客用の部屋には、たくさんのドレスが並んでいた。前回のパーティーでは、クリスマスだけあって赤系のドレスに白っぽいファーのドレスの子供たちがたくさんだった記憶がある。私はその中で目立つように、金のドレスに緑のリボンやフリルでド派手に対抗したが、もう、今回はひっそりとしたい。ひっそりと。
ささやかな抵抗として、シンプルなドレスを選ぶ。
お気に入りとなった茄子紺色、生地はベロアだ。ご飯が食べられるようにふんわりとしたものにした。
お母様からは、地味すぎるとスパンコールをつけるように提案されて、スカートにそれを散らすことにした。それでもお母様は不満みたいで、星のブローチを髪飾りとして使えるように買ってくれることになった。星とお母様は言っていたが、私には微妙に海星に見えた。オーロラのスワロフスキーが敷き詰められた星のブローチは、少しとんがりが長いのだ。でも、それが大人っぽい気がした。
不機嫌な彰仁に見送られて、迎えた当日。イヤイヤながらついた先は、氷川グループのホテルの最上階のレストラン。見知った芙蓉会のメンバーもちらほらといる。
大きなモミの木には大きな星が天辺に光る。サンタクロースがサービスで何かを配って歩いている。
やっぱり招待客の女の子たちは、赤色のドレスが多い。クリスマスカラーに彩られた会場の中はとても華やかだった。
その中でも一段と目を引くのは、やっぱり詩歌ちゃんだ。
総絞りの振袖は空色の地に白い絞りで、早朝の雪を思わせた。欠けた輪のような大きな刺繍が、銀色に輝いて花のように広がっている。赤ばかりの会場でスッキリとした空気を巻き起こしていた。
こっくり深い緑の帯は宝尽くしというのだろうか、沢山のオーナメントみたいな豪華な刺繍だ。金色のベルの帯留めが可愛らしい。
同じクリスマスがテーマでも、文化祭で見たポップな感じとは全く違う。
声をかけようと思ったが、まずは氷川くんに挨拶をした。その場へ張り付こうとするお母様の背を押して、遠くに見える詩歌ちゃんの方へ誘導する。
だって、氷川くんの周りには相変わらず女の子はいっぱいだし、今日なんてその保護者までついているから大混雑だ。その上近くには、やっぱり八坂晏司がいる。そこはそこで人だかりだ。
詩歌ちゃんのママと私のお母様は、ひな祭りパーティーでの一件から顔見知りになっていたので難なく誘導に成功した。
おもわず駆け寄って声をかける。
「詩歌ちゃん、素敵!!」
「ありがとう、姫奈子ちゃんも大人っぽいわ」
詩歌ちゃんに返されて、私も嬉しくなる。
お母様同士は、お母様同士で近況などの話を始めた。
「この不思議な丸の模様、お花みたいで可愛いわね」
「雪輪文様っていうのよ。私も好きなの。ねぇ、これ、丸に見える?」
「丸じゃないの?」
聞けば、詩歌ちゃんはニッコリと笑った。
「六角形とも言われてるの」
「丸にしか見えないけど」
「欠けた丸としてみるなら、未熟な人間を現すんだって」
「未熟」
「六角形としてみるなら、とっても強いって意味らしいのよ」
まるで反対の意味を持つ文様なのだ。それとも、未熟だから強くなれるのか。
未熟な私には、欠けた丸にしか見えないけれど、そちらの方が親近感はあった。
「何でもよく知ってるのねぇ」
感心して呟けば、詩歌ちゃんは顔を赤らめた。
「着物のことは小さい頃から叩きこまれているもの」
クスリと笑う。
「詩歌ちゃんは華道の先生になるの?」
「なれたらいいなって思ってるわ」
「華道……面白い?」
「お花は好きよ」
「そうなの」
そうか、詩歌ちゃんも将来の目標が決まっているのだ。
そこへ八坂晏司が、すらりとした女性をつれてやって来た。
「浅間さん、姫奈ちゃん」
いつも通りの軽やかさだ。さわやかーな笑顔に、お母様の瞳がハートになった。
八坂くんは、私のお母様に向けてとびっきりの営業スマイルを放つ。
「八坂晏司です。こちらは僕の母です。姫奈ちゃんとは仲良くさせていただいています」
礼儀正しさと気さくさの絶妙なバランス。さすが、の一言だ。
「あらあら、うちの姫奈子と? ありがとうございます。私、小さな頃から応援しているわ!」
おかーさま、はしゃぎすぎ。それであのブランドばかり買ってくるのか。
「そうなんですか! 嬉しいです!」
モデルスマイルで答えて魅了する。本当に怖い。このヒトタラシ怖い。守備範囲広すぎるだろ。
「ねぇ、姫奈ちゃん、浅間さん、向こうの食べ物見に行こう?」
八坂くんはそう言って私の手をひいた。お母様は嬉しそうに行ってらっしゃいなんて手を振っている。気味が悪いくらいご機嫌だ。後でサインとか強請られたらいやだな、なんて思う。
私は手を引かれるまま八坂くんについていく。抵抗する理由もなければ気力もない。詩歌ちゃんもニコニコとついてきた。やっと子供だけになれてホッとした。
大人の社交は怖いのである。







