34.文化祭 4
それから私たちは、校内の展示物を色々と見て回った。手芸部では大きなキルトが展示してあった。写真部では体育祭の写真が飾られていて、私は思わず変な声を上げてしまった。
……思いっきりゴリラ白山がいる……。
必死な顔してパンに食らいついている、黄色いゴリラTシャツの白山姫奈子十三歳。実はお嬢様ですキャハ! じゃないよ!
ちょっと! 撮影許可はおろか、展示許可だって出してないぞ! 誰だ勝手に展示したのは!!
「これ、姫奈ちゃん?」
指を指さないで美佐ちゃん。綱は笑うならしっかり笑え!!
「あ、えっと! ああ! きゅう♡てぃぃぃんの八坂くんよ! 美佐ちゃん!!」
大きな声を出して、美佐ちゃんを目玉の巨大パネルの前に誘導する。巨大パネルは八坂晏司のバク転連写で、たくさんの女子が群がっていた。
「晏司くんてバク転もできるのね」
美佐ちゃんが目をハートにして写真を見つめた。
「ソウミタイデスネ」
魂が抜けた目で答える。
氷川くんのウォーウォーウォールの雄姿や、三年生の迫力あるムカデ競争。先生たちの滑稽な姿や、女子のいじらしい応援姿。とても良い写真がたくさんある。知っている人たちがたくさんで、こんなことしてたんだ、とか、写真で見ると違うなぁだとか思いながら眺めていた。
「これ……姫奈ちゃんよね?」
美佐ちゃんの声がして、戦々恐々として振り向けば、パン食い競争のパンを八坂晏司と咥え合っている写真だ。巨体パネルの一番下の片隅に、手のひら大の小さいサイズにプリントされていた。
私は思いっきり目を瞑って、しゃくれた顎でブサイクにうつっているのに、八坂晏司はなぜかカメラ目線で王子様スマイルさく裂している。
なんだこれは!!
「っはぁ? いやぁ? し、しらない」
しどろもどろになる。周りの女の子たちも振り向いて、視線が痛い。怖い。殺されそう!!
「違うよ、気のせい、まさか!」
「え、だってさっきのゴリラ」
「私はゴリラじゃない!」
思わず声を荒げてたら、美佐ちゃんがびっくりした顔で私を見た。私はとりあえず、美佐ちゃんの手を引いて写真部から逃げ出した。
ゼイハァと息をつき、つれてきたのは天文部の部室だ。私の一押しである。
「天文部? 意外ね」
美佐ちゃんが笑う。
「うん。お友達の部なんだけど、お手伝いさせてもらったの」
入り口の暖簾をくぐり中へ案内する。
暗幕で真っ暗になった室内に、窓に張られた雲星や銀河の星々が光っている。室内にはホルストの組曲「惑星」が流れていて、ポツポツと椅子が並べてある。
一番隅の二つの席には、紫ちゃんと二階堂くんらしき後姿が見えたけれど、見えないふりをした。馬に蹴られるのはごめんである。
私は並べてある椅子の一つに美佐ちゃんを案内した。
美佐ちゃんは椅子に腰かけて、教室中をぐるりと見まわす。
「ガラスに張られているのも綺麗だけど、床に映っている光もステンドグラスみたいで綺麗ね」
ため息交じりの感想に、私は気分を良くした。
「あの、白い銀河は私がお手伝いしたの」
一番端っこに張られている、地味でブサイクな銀河。
「そうなんだ。なんていうの?」
聞かれてギクリとする。もう忘れてしまった。
「えっと、あの、忘れちゃったけど。あのね、あの銀河は天の川を横から見たらあんな感じじゃないかって言われてるんだって」
紫ちゃんからの受け売りである。
「そうなの? いつも私たちはどこから見てるの?」
やっぱりそう思うよね? 私もそう思った。天の川なんてずっと遠くだと思っていたからだ。
「私たちは天の川の中にいるんだって」
「うそ!?」
「ね? 信じられないでしょう? 私も知らなかったの」
天の川の星屑が、河原の石にたとえられるなら、私たちは砂粒より空気中の塵よりずっと小さな存在だと思う。
それなのにこうやって知り合って、生きていくなんて不思議だ。
奇跡なんだよね。私と美佐ちゃんがこうやっていることも。私と綱がこうやっていることも。紫ちゃんと私が知り合って。
前世ではありえなかった、ほんの些細な偶然。ちょっとだけ変わりたいと願ったことで起きた奇跡だ。
暗い中にホルストの「海王星」が流れている。
言葉も必要じゃなくて、ぼんやりとただ光を眺める。
暗がりで手を繋いでいた美佐ちゃんが、ギュッと私の手を握った。
「変な感じ、宇宙の中にいるみたい」
美佐ちゃんが言う。でも声の感じは落ち着いている。
「ええ、不思議」
「でも、なんだか落ち着くわ」
「そうね」
ぼんやりとそうやって、言葉もなく過ごして、人が増えてきたところで席を譲るために外に出た。
「なんだか、すごく良かったわ」
「本当?」
「上手く言えないんだけど、うん……」
美佐ちゃんの目がぼんやりとしてる。
教室に音楽をかけて、座れるように提案してよかった。休憩する場所が少ない文化祭で、座れる場所があるのはありがたい。
おかげというのか、思った以上に人が来ていてじっくりと見てくれるようだった。
選曲は部長にお任せだったのだけれど、とてもピッタリだ。宇宙の中にいるみたいに壮大な雰囲気に仕上がっていた。
美佐ちゃんのお迎えの時間がやってきて、校門まで送っていった。手を振って送り出す。
美佐ちゃんも車の中から手を振り返してくれた。
「ゴリラ姫、本当に桜庭だったんだ」
ボソリと人混みの中から声が聞こえた。
もう、バナナですらなくなった……ゴリラ姫って……おい。
「私ゴリラじゃない……もん」
思わずつぶやけば、綱がそれを聞いて吹き出した。
「綱」
ムッとして綱をとがめる。
「ええ、姫奈には力不足です。せいぜい可愛いおサルさんですよ」
「ちょっと、それも聞き捨てならないわね? 馬鹿にしてるでしょ」
「姫奈こそゴリラ馬鹿にしてるんですか? ゴリラはとてもナイーブで優しい動物ですよ?」
「……うん、わかった。綱が私をナイーブだと思ってないことはよぉぉぉくわかりました!」
「図太いところが姫奈の長所です」
ガックリと項垂れる。お嬢様の長所が、図太いってどうなんだ?
綱はクスクスと笑っている。完全にバカにしているヤツだ。脱力する。
ずっと美佐ちゃんと繋いでいた左手がなんだか寂しかった。こういう感じ、すっかり忘れていたのだ。思わず左手を見て、結んだり閉じたりしてみる。
「どうしました?」
綱が不思議そうに聞く。
「美佐ちゃんが帰ってしまったから、ちょっと寂しくなっただけ」
「ずっと手を繋いでましたからね」
「ええ、桜庭ではお友達と手をつなぐのが普通だったから」
「そうですか。ちょっとはナイーブなところもあるみたいですね」
「ゴリラほどじゃあないわよ」
綱がなぜだか優しく笑う。そして、手を差し出した。
「手を繋いでもいいですよ。寂しいんでしょう?」
「いいの?」
「幼馴染でしょう?」
「そうね」
私は綱の手を取った。理由もなく、綱と手をつなぐなんてどれくらいぶりだろう。少なくとも十を数えて以降はそんなことはなかったと思う。
まぁ、連れ戻されるために引っ張られるようなことは度々あるが。そういう時は手首を乱暴につかまれるのが常だ。
「戻りましょうか?」
夕日を浴びたせいか、綱の耳たぶがほんのり色付いて見える。
「そうね」
珍しく優しく手を引く綱に連れられて、私達は校舎の中に戻った。







