33.文化祭 3
今日は文化祭当日である。
午前中に合唱コンクールが終わり、午後からは学院開放になる。
合唱コンクールの成績? 一年は氷川くんのFクラスが優勝でしたよ。あの人ピアノも弾けるんだよね。本当に完ぺきすぎて、また好きになりそうだけど好きにはなりたくない。
午後の学院開放には、美佐ちゃんを招待したのだ。もちろん前世では、氷川くんと校内を回るのに忙しく、そんなことはしなかった。他校の可愛い女を紹介するなんて絶対に嫌だったしね。付き合ってもいないくせに、かっこいい氷川くんの一番の彼女を気取って、そんな自分を見せびらかしていた。氷川くんじゃない、自分をだ! 中二病?だよね一種の。
しかし、今。私はフリーだ。ええ、いまだに恋人はもちろん、好きな人すらいない状況だ。
だったら、私にだって有望な女友達いるんだよ、桜庭女学園の女子力見せつけてやろうじゃないかと美佐ちゃんを招待することにしたのだ。もしかしたら、美佐ちゃん狙いの男子から話しかけられたりするかもしれないし。
邪? 邪だよ。 ……あれ? 結局前世とやってることあんまり変わらないのでは?
まぁいい。たぶん。大丈夫なはず。何かするわけでもないし。
校門で待っていると、桜庭女子のワンピースを着た美佐ちゃんが、車で送られてきた。車から降り立つ瞬間に、辺りがザワリと色めいて視線が集まる。
ふふん! どうだみたか! これが桜庭!
私は鼻高々になる。桜庭女学園はこの辺りでは最高のお嬢様学校なのである。『清く正しく美しく』がモットーの桜庭女子は、お嫁さんにしたい学校ナンバー1といわれているが、実際のところはリベラルで、経営者や政治家など自立した女性を多く輩出している。
男子がいない環境で育つため、女子でもリーダーシップを発揮しやすく、『女だから』と一歩下がる必要も、『男の人に』と甘えることもできないからだ。だから、お嬢様としては完ぺきな風貌を備えていても、中身はなかなかに芯がある子が多い。
美佐ちゃんもその一人だ。
「ご招待ありがとうございます」
美佐ちゃんはニッコリと優雅なほほ笑みを湛えた。
「こちらこそ忙しいのにありがとう」
美佐ちゃんの手を取って早速歩き出した。
プログラムを見せて説明をする。講堂ではディベート部の童話模擬裁判の後、演劇部の公演。体育館ではダンス部の発表と吹奏楽部や軽音部の演奏。ピロティでは科学部の実験。温室では生物部の説明があり、各教室では各文化部の展示物が展示されている。
「どれが面白いかしら?」
美佐ちゃんに問われるけれど、良くわからない。前世の私は氷川くんについて回っただけだ。
「私も良くわからないけれど、ダンス部を見に行かない?」
美佐ちゃんはバレエをしているのだ。ダンスにも興味があるかもしれない。まぁ、ディベート部を見る気がない、それだけでもあるのだが。
ごめんね、さやちゃん、私にはまだ早いの。
美佐ちゃんと手を繋いで体育館へと歩く。面白いくらいに男子が振り向いていい気分になる。将来有望なバレエダンサーの美佐ちゃんは、小柄だけれどスラリとしたプロポーション。頭の上でキュッと結んだお団子が、整った顔立ちをスッキリと見せつける。
そんな女の子が、桜庭の制服を着て歩いているのだ。見た目も良く育ちも良いなんて、彼女にしたいと思って当たり前だろう。
そこではっと気が付いた。
私、桜庭にいた方がモテたんじゃないの?
だから神様はあそこからやり直しをさせたの?
簡単に幸せにさせる気はないという、神様の確固たるS心を感じる。
……気が付きたくなかった……。
ダンス部のダンスはコミカルなものから本格的なものまでで、とても楽しかった。その後は演劇部の演劇を見て、校内へ回る。途中のピロティ―を覗いたら一条くんがいた。一条くんは科学部らしい。何だか男子の人だかりができている。それは異様で女子は遠巻きになっていた。
構内に入って茶道部へ行く。詩歌ちゃんに誘われていたのだ。今日はお点前を無料で行っているらしい。
教室内は華道部の飾り付けで合同展示になっていた。
なんだ、そういうのもありなのか。
前世では茶道部など見学に来なかったから知らなかった。氷川くんの前で失敗するのが嫌だったし、氷川くんに着物姿の艶やかな女子を見て欲しくなかったから、行かないと駄々をこねたからだ。
豪華に飾り付けられた教室と、着物姿の男女がとても華やかだ。お点前は机で行うらしかった。すっかり正座で……と思っていたので、気楽な様子にほっとした。
「姫奈子ちゃん!」
詩歌ちゃんがやって来た。着物なのにクリスマスカラーだ。赤地の着物に柊の模様。黒い帯は雪みたいな水玉模様で、帯どめはトナカイだ。ポップで遊び心が満載の可愛らしいコーディネート。
着物って、こんなことができるんた。
「詩歌ちゃん、かわいい!」
思わず声を上げる。詩歌ちゃんは嬉しそうに頬を赤らめた。
「こちらは桜庭の友達の神楽美佐ちゃん、こちらは芙蓉でお世話になっている浅間詩歌ちゃん」
二人を紹介すると、二人はギクシャクとお辞儀をした。友達に友達を紹介するなんて初めてで、なんだかとっても嬉しい。
「こちらへどうぞ」
四人掛けの席に、美佐ちゃんと私、綱を案内してくれる。
教室の机を合わせただけの簡単なものだ。
詩歌ちゃんは雪だるまの可愛らしい干菓子を帖紙の上に置いてから、奥へと下がった。
お抹茶自体は点てる場所が奥の方にしつらえてあり、そこを見学することもできた。私たちは席について、運ばれてくるまで一休みする。
「美佐ちゃん、どうだった?」
「とっても面白いわ!」
美佐ちゃんは興奮したように答えた。そしてあたりをクルリと見渡して、ニッコリと笑う。
「王子様もいっぱいね」
うん、それ、狩人の目だよ、美佐ちゃん。
わかる。わかるよ。私もそうだった。
「ええ。皆さんスバらしい方です」
人のこと、バナナ姫やら、ゴリラやら言いやがるけどね、まあ概ね、紳士的だとは思うよ。私以外にはね!
棒読みで答えれば、綱が小さく笑った。
美佐ちゃんが、そっと顔を近づけて囁いてくる。
「皆さん成績もよろしいの?」
私もグッと顔を近づけて、囁き返す。
「成績上位の方は、中等部受験された方の方が多いわね。ピンきりよ」
「姫奈ちゃんのおススメの方はいる?」
「おススメ?」
うーん……。見た目で言えば、八坂晏司。氷川くんはかっこいいけれど、ゆくゆくは詩歌ちゃんと付き合うだろうから紹介するのもなんだかだし、淡島先輩は腹黒だし。
おススメするなら。
「綱かしら?」
そっと綱に目配せすれば、美佐ちゃんがため息をついた。
「姫奈ちゃんの好みじゃなくて、私におススメの方!」
「え、だから」
「もう!」
何やら美佐ちゃんは綱がお気に召さないらしい。
顔だって綺麗だし、背はまだ大きくはないけれど、今から伸びるだろうし、家柄は普通だけど頭は抜群にいいのだ。将来有望だよ! たぶん。
「美佐ちゃんの好みってどんな感じなの? この人!って人を見かけたら教えて? 後で調べて連絡するから」
美佐ちゃんはクスリと笑った。
「ああ~、私のバレエを応援してくれる素敵な王子様どこかにいないかしら?」
「いると思うわ、絶対」
二人で笑いあう。まだまだ、私たちにとっては恋は夢見るものなのだ。
「お待たせしました」
重そうな器が机におかれて、顔を上げた。詩歌ちゃんがちょっぴり不機嫌そうな顔をしている。珍しい。疲れてるのかな?
「今日は楽しんでもらうためなので、お点前のルールなど気にせずどうぞ」
そう言うと、それはそれは美しく笑った。
初めて見るその妖艶な笑顔に、私は見惚れて恐怖する。これが本気。本場お嬢様の本気のお嬢様顔だ。
「いただきます」
思わずそう答えて手を合わせたら、詩歌ちゃんは眉を緩めていつもみたいにクスリと笑った。
そっと干菓子に手を伸ばせば、落雁の甘さが口の中で一気に広がる。
抹茶を一口飲めば、緑の苦みが広がった。おかげで、干菓子の甘さが一層引き立つ。
最近は抹茶のスイーツが多いから忘れがちだけれど、本来は苦いものだったんだと気が付いた。
甘さと苦さがクッキリとお互いを引き立て合う。
「美味しい! ね、美佐ちゃん、美味しいよ!」
思わず美佐ちゃんに声をかければ、美佐ちゃんもおずおずと器に口を付けた。
「本当。おいしいです!」
「よかったわ」
詩歌ちゃんが安心したようにニッコリと笑った。さっきの本気のお嬢様笑顔より、私に見せてくれるいつもの笑顔の方が好きだななんて思う。
「詩歌ちゃん、疲れてる?」
「え? ううん?」
なんかちょっと疲れているように思ったけど違うのか。
「そう? もし休み時間に暇があったら天文部に来てね。少し休めると思うわ」
「ありがとう。時間があったら行ってみます」
詩歌ちゃんはそう言うと頭を下げて戻っていった。







