32.文化祭 2
それから私は度々天文部へお邪魔するようになった。展示の準備をしながらだと、沼田さんは良く話をしてくれる。星の専門的な話はチンプンカンプンだが星座の話などは面白かった。
ギリシャ神話などにも詳しくて、日本古来の星の話にも詳しい。
知れば知るほど魅力的で、もっと堂々としていればいいのに、どうしてこんなにオドオドしているのか不思議に思う。
謙虚、というには控えめすぎるのだ。
明日は文化祭ということで、私は天文部の教室の飾り着けを手伝っていた。黒い紙に作った銀河や星雲を窓ガラスに張り付け、暗幕を張る。教室内は暗くなって、ただそれだけだ。
うーん……地味。地味すぎる。これって素通りされてしまいそうだ。
そこへ部長が差し入れの紙パックジュースを持ってきてくれたので、みんなで角に寄せたテーブルに腰かけて一休みした。
私の隣には沼田さん。教室の中は、セロハンの星雲が作った色とりどりの影が床に散らばっていて綺麗だ。
一年生の男子がバナナオレをオズオズと手渡してきたので、色々思うことはあったが、お嬢様らしい笑顔で優雅に受け取った。バナナ姫どこまで浸透してるんだ?
しかし、バナナオレに罪はない。美味しいバナナオレを飲みながら、ほっと息をつく。
「明日も晴れそうでよかったですね。きっと今夜の星も綺麗です」
沼田さんが微笑みかける。
「本当。今の時期に見える星って何があるのかしら?」
「今だと、ふたご座流星群が始まってます」
「ふたご座流星群?」
「ええ、ふたご座の方角から流れ星が落ちてきます」
「流れ星! 私見たことないの!」
「でも、時間が少し遅いので……あ、でも、ふたご座にはM35散開星団があります! 上手くすれば双眼鏡で見えるかもしれません」
「M35散開星団?」
「そう、あそこの水色の星団です」
床に投影された水色の光を指さす。
「ふたご座の兄カストルの足元に輝く星団……」
少しだけ沼田さんの顔が暗くなって不思議に思う。
「どうしたの?」
「いえ、どこでも兄は輝いてるなって思って」
「そう? うちは弟の方が輝いてるのよ!」
思わず彰仁を思い出して、ムッとする。
「白山さんの弟?」
「ええ。芙蓉学院の初等部にいるの。でも、弟はエリートで、幼等部から芙蓉で今は芙蓉会なのよ!? 姉の私は中等部入学だっていうのに!」
めっちゃ光輝いている。このままいけば明るい未来が約束されているはずなのに……、ふがいない姉がヤバいので巻き添えくらうとか、本当に避けなくてはいけない案件だ。
沼田さんはクスリと笑った。
「私の家とは正反対ですね。私の家は姉がエリートなんです。幼等部からの芙蓉で芙蓉会ですし」
「え、お姉さまは芙蓉会なの? もしかしたらお会いしたことあるかしら?」
学年の違うメンバーは呼び名しかわからない。その中に沼田先輩という人はいなかった気がするのだが。
「沼田葵、二年です」
「え! 葵先輩!?」
「ご存知ですか?」
「い、あ、う? 私は勝手に知ってるだけですけど……」
嘘だ!? あんなに堂々として、THE才色兼備ですひれ伏しなさい愚民ども!という感じの葵先輩の妹が、この沼田さん?
「似てないでしょう?」
沼田さんが恥じ入るように私を見た。
でも、確かに黒くストレートのロングヘアーといい、白い肌やスラリとした背格好はよく似ている。ただし、オーラが真逆なのだ。姫とお付き。そんな感じだ。
「い、いえ。見た目はよく似ていると思うんですけどイメージが」
「イメージ……」
「ふ、フインキ?」
「雰囲気?」
「そう、フンイキ?」
「葵先輩は、女王って感じで」
そう言えば沼田さんが笑った。
「いえいえ、あれですよ? 悪い意味じゃなくて! なんていうか、淡島先輩にも物おじしないからすごいなって……」
「風雅くんをご存知ですか?」
淡島先輩、風雅くんって呼ばれてるんだ、なんて一瞬ビックリした。
「あ、はい。いろいろオセワニナッテイマス」
思わずギクジャクした。うっかり悪口でも言って、耳に入ったらヤバいヤバい。
「あ、沼田さんは淡島先輩と幼馴染なんですよね?」
「ええ、そうです。私にとってはお兄さまみたいな方です」
「お、オニイサマ……」
大丈夫? 騙されてない? 腹黒ですよ、あの人。いや、私だけに腹黒なの? 八坂くんと同じパターン? 性格ブス嫌いなヤツ?
でも、沼田さん淡島先輩と幼馴染で葵先輩と姉妹なら良家の子女?
「でも、沼田さん芙蓉会でお会いしたことなかったわね?」
さすがにそこで給仕をしていたから、どんなに地味でも同級生なら気が付くと思う。
「……私は中等部入学で、芙蓉会ではないから」
「え! 中等部からなの?」
知らなかった。同じクラスに中等部入学の女子なんていないと思ってたのに!
沼田さん、存在感がなさすぎだって。
「そうなんです……」
「なんだ、仲間じゃない」
なんだかホッとした。
「仲間……ですか?」
「ええ、『きたりの方』仲間ね。仲良くしましょ? ……ゆ、ゆかちゃん」
最後勇気を振り絞って呼んでみる。馴れ馴れしいと呆れられただろうか。
そろそろと顔を伺えば、沼田さんは顔を真っ赤にしてて、口元を抑えている。
やっぱり失礼だった? やっちまった?
でも謝るのもなんか変だし、ここはスルー? スルーでいいよね?
「あ、……ひ、姫奈……ちゃん……」
沼田さんが小さく名前を呼び返してくれる。嬉しい!
「なあに?」
「私、『きたりの方』で良かったって初めて思ったわ」
真っ赤な顔で俯いて、小さな声だけどそれは確実に私の心を打ち抜いた。
「話が盛りあがってるところ悪いけど、そろそろ、家路がかかるよ」
部長に声をかけられてハッとした。つい夢中でお話ししていた。
「なんだかお話ししすぎちゃいましたね、暗いからでしょうか?」
紫ちゃんがきまずそうに笑った。
そうか、そうかも。……そうだ!!
「部長! 今さらなんですけど、提案が!」
せっかくの展示だからゆっくり見ていってほしい。もしかしたら、その手助けになるかもしれないと思った。
「いいね、やってみようか。ポスターに一文いれてくれる? あと、チラシの刷り直しは誰かできる?」
部員のみんなが動き出す。
「ポスターの張り直しは大変だから、シールを作って貼っていこう!」
「テプラ借りて来ます!」
「よろしく」
「パソコン部でチラシ作ってきます!」
私たちも部長の指示にしたがって、最後の仕上げを始めた。







