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3.再スタート


 目が覚めて驚いた。

 あるはずの指輪は消えてなくなり、ぽっちゃりとした指はスラリとしていた。

 恐る恐る姿見の前に立ってみる。

 そして、私は膝をついた。


 痩せている……三十キロくらい。(スイマセン、サバを読んでいます)

 といっても、標準体型だけど。


 そして幼い。

 茶色を帯びた中途半端なウエーブのくせッ毛、灰色の瞳はコンプレックス。黒髪黒い瞳の日本人らしい風貌にあこがれて、ねたんでいた。

 浅間詩歌のように、大和撫子のような可愛らしさが欲しかった。代々続く華道の家元で、真っ直ぐと清らかな髪はカラスの濡れ羽色。小柄なのに、黒曜石のような瞳は自信を宿している。

 でも私は正反対。けして小さくない足に、薄い瞳の色。

 おじい様の代で財を築いた、所詮田舎者の成り上がりだ。たいした特徴もない、ごくごく普通。もちろん自信なんか微塵もない。

 だからこそ見栄を張り、自分以外の人間を下に見えるようにとマウントをとろうとしていた。


 そんな子供が鏡の中にいた。そう、逆行前の世界(正しくは違うかもしれないが仮に前世と呼ぼう)のこの頃、私は太ってはいなかった。


 私は時計の日付を見た。日付は五年前の氷川くん主催のひな祭り。私の十二の誕生日でもある。

 忘れもしない、この日に私は氷川くんに出会うのだ。


 私は、来月芙蓉学院の中等部へ編入する予定になっている。今は幼稚園からエスカレーターで上がったお嬢様学校に在籍している。芙蓉学院には、幼等部も初等部も受験で失敗したからだ。


 憧れの芙蓉学院だが、仲の良い友達はいない。

 もともと血筋のいい方たちは古くからの付き合いがあるようだが、私の家は成り上がりだったため、芙蓉学院のエリートには懇意にしている人が少なかった。

 そのため心配した両親が、どんなコネを使ったのか、財界人の子供たちを呼び開く氷川くんのひな祭りへ潜り込めるように取り計らってくれたのだ。

 もしかしたら、氷川くん側の配慮だったのかもしれない。

 そこで、私は氷川くんと八坂くんに初めて出会うのだ。


 初めて見た氷川くんも八坂くんもそれはそれは堂々としていてきらきらしかったのを覚えている。


 しかし……なぜ? なぜこのタイミングに戻された?

 てか、この時期に戻されるって、逆にバチが当たった感じ?


 もう進学先は変えられないし、今日には氷川くんに会わなければならない。

 心の準備もできていない。だって、将来、こっぴどく振られるのだ。正直もういい。まだ心は癒えてない。


 だってだってさぁ! あんなフラれかたしたけど、婚約しようって言い出したの、氷川くんの方なんだよ! 確かに私が言わせた節はあったけど、それでも本当に嬉しかったんだよ。

 もう一度フラれるなんて絶対に嫌だ。今度は関わりたくない。


 やり直すなら、進学先を変えて、氷川くんに出会わないようにするんだとそう思っていたのに、何この仕打ち。


 来世でバチが当たるなんて、バカらしい。だったら、今世が不幸なのは前世のバチか当たってるのよ! なんて思っていたけれど、正にいま、私にバチ当たってるよ!!


 ……お稲荷さんのイジワル。神様のドS!!



 鏡の前で打ちひしがれていると、ドアがノックされた。


「お嬢様、失礼します」


 ビクリと体がこわばる。高い声。忘れていたけれど、懐かしいこの声は、変声期前の綱だ。


「は、はいぃ!」


 答えたら、綱が笑いながら入ってきた。

 光を浴びて輝く瞳。黒い髪には天使の輪が煌めいている。キューティクルキュルキュル。かわいい。十二歳の綱は、高等部二年の精神年齢で見れば、まだまだ子供っぽくて稚い。まるで稚児人形ようだ。

 

 そうだ、綱は可愛かった。大きくなると憎らしさが勝ったけどね。


「そろそろお着替えください。今日は氷川和親さまのひな祭りパーティーです」

「やっぱり、行くのよね……」


 がっかりして思わず呟けば、意外そうな顔をした。


「昨日まであれほど楽しみにしてらしたのに。鼻息荒く、氷川くんオトス、玉の輿ゲット!と」


 相変わらず失礼な物言いだが、事実である。たくさんの御曹司が招待されていると聞いた私は、なんとしても氷川くんをゲットしようと思っていたのだ。


 氷川くんは同じ年の子息の中で、ダントツの家柄だ。この時私は氷川くんの顔すら知らなかったが、そんなことは関係なかった。一番の男を連れて歩きたい、自慢したい、それこそが自分の評価につながる、そう思っていた。

 

 中等部に入ったら彼氏が欲しいと思うのはそんなに変ではないと思う。初等部から許嫁がいる子もいるくらいだ。

 私だって、誰よりも自慢できる彼氏が欲しいと思っていた。女子ばかりの初等部で、芙蓉ボーイは憧れだった。


 そのために受験も頑張って、ダイエットして、エステもいって、最高の服も、流行りの話題も用意していた。この頃の私、動機は不純だけど努力してたのだ。

 そうやって、振り向いてもらったわけだけど、釣った魚に餌をやらずにいたら、大きな魚は私をぶちのめして逃げた。


 ただのブランド彼氏が欲しかった私は、きっと氷川くん自身に向き合っていなかったのだ。


 全部自分が悪い。


 せっかくチャンスをもらったのだ。やり直そう。


 誰かに自慢できる彼氏を探すんじゃなくて、手に入れてそれで終わりの恋愛ごっこをするんじゃなくて。


「やっぱり私、真実の愛を探すことにするわ」

「ええっ! 体調が悪いのですか?」


 決意を込めれば、綱があからさまに驚いた。


「悪くないわよ!」

「変なものでも食べました? 隠れて食べるのは禁止だと」

「食べてない!」

「突然変ですよ」


 使用人の子どもの癖に失礼だな。いや、毒舌は前からだったか。


 確かに私らしくないかもしれない。性格ブスの言うことじゃない。でも、私はやり直したい。また性格ブスだと言われるのは嫌だ。


「色々と考えたの、私なりに」

「それは良いことだと思います」

「でも、変かしら? 私らしくない?」


 今までの自分と違ってるから。


「自分で考えて変わろうと思うのは素敵なことですよ。お嬢様」


 綱が笑った。皮肉でも、呆れでもなく、普通に笑って誉めてくれた。こんな顔、久々に見た。キュンとする。


「は、あ、ありがとう……」


 だって、まだ綱はかわいいのだ。可愛い可愛いショタなのだ。動揺しても仕方がない。

 素直に礼を言えば、綱は目を丸くした。


 確かに、綱に礼なんて言ったことなかったかも。だって、いつもそばにいるのが当たり前だったから。しかし、今の綱は可愛いんだもん!


 かわいい期間は短いのだ。すぐに小生意気になる。今のうちに愛でておかなければ。

 最後に見た綱の何と禍々しかったことか!


 そういえば、今日は綱は一緒に行くのだろうか。前は、ボーイハントに男は邪魔だと置いていったはず。


「綱も一緒に来てくれる?」


 お願いしてみる。今回はボーイハントなんかしない。

 目立ちたくないし、変なことをしそうだったら、綱に嗜めて欲しかった。


 綱が唐突に手を伸ばして、私のおでこを触った。

 ヒンヤリとした手だ。


「熱はありませんよね?」

「無いわよ!」

「本当に大丈夫ですか?」

「大丈夫よ!」

「行きたくなくなったのなら、旦那様に相談しては?」

「……だって、お父様、お忙しいもの。こんなことでお手を煩わせるわけにはいかないわ」


 もう何日も会っていない。私が起きる前に出社して、寝てから帰ってくる。そんな毎日だ。

 一生懸命働くお父様は、尊敬しているけれど、気楽に相談ができる相手ではなかった。


 て、いうか、お父様、これ、過労死レベルじゃないの!? 従業員も同じように働かせてたら、それはマジでブラックだ。

 後で忠告しておかなきゃ! 家が没落するのは困る。私も綱も路頭に迷う。


「綱が一緒なら安心だなって思っただけよ。無理ならいいわ」

「元々は私も行く予定でしたので、仮病を使わなくて済むだけです」


 綱はそういって、さあ、早く準備をなさいませんと、と私をせき立てた。


 朝食の前に敷地内のお稲荷様に詣でた。新しいお水とお菓子をちょっと、花を活けて、何事もありませんようにと祈りをささげる。 


 朝食をとってから、ちょっとしたドレスに着替える。ピンクばかりになりそうなパーティーで目立つために、レモンイエローにしたのだけれど、今さらになって後悔だ。もっと無難な似合わないベビーピンクとかにすれば良かった。

 御用達のヘアメイクがやってきて、子供らしい程度に飾り立てる。その様子を綱は興味深げに見ていた。

 こういうことに興味があるのだろう。良く私の手伝いをしてくれて助かっている。当たり前のように私の執事になると思っていたから関係ないと思っていたが、白山家が没落するなら綱の進路もきちんと考えなくてはいけない。

 進路の時にすすめてみようか、そう思った。



 そうだ。やり直せるならば。


 今度は失敗しない。


 まずは、性格ブスをやめよう。あと、デブも。

 留年しなくて済むように、ちゃんと勉強をしよう。社会に出て困らない一般常識も大切かも。

 そして、お父様の会社が倒産してもどうにかなるように、お金を貯める方法を考えよう。


 後は、お父様の会社がブラックにならないようにアドバイス。


 うん。そうだ。頑張ろう。





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