番外編 4.生駒も大変だよね
「159.高等部一年 遠泳大会 後夜祭」の三峯くん視点です。
遠泳大会、表彰式の帰り道、女子に囲まれ動きがとれない生駒を尻目に、オ
レは宿舎へ戻ろうとする。
「三峯くん! 一緒に花火、しない?」
呼び止めてくる派手な女子は外部からの進学してきた子だ。後ろには友達ら
しい女子たちが、期待のまなざしでオレを見ている。
暗闇でもわかるキラキラした瞳。恥じらいながらふせているまぶたに
は、まつげが二枚重なっている。
高校生で化粧なんてと、賛否両論あるかも知れないが、頑張る女子の姿はオレ
はいじらしいと思う。
「せっかくだから、撮影機材持ってきていい?」
軽い調子で答えると、顔を明るくして頷くする女子たち。
動画編集で遊んでいるオレが撮る【映え写真】を期待しているに違いない。
オレは彼女らに手を振って、宿舎へ戻るべく砂浜を歩いた。
ふとみると砂浜から遊歩道に上がる階段に、人目を引く女の子がひとり座っ
ている。
白山姫奈子ーー中学からの芙蓉へ進学してきた外部生だ。
いつもは明るい白山さんが、珍しく物憂げに海なんかを見ている。
オレは思わず指でフレームを作った。
彼女、ああいうのも絵になるんだな。
そう思い、白山さんにはらしくないとも思う。
チラチラと白山さんの様子をうかがう男子たちの視線に、彼女は気がついて
いないらしい。
周囲の男子はチャンス到来とばかりに、彼女へ声をかけるタイミングを狙っ
ている。
そんな男子の様子は珍しいと思い周囲を見回すと、いつもそばにいる彼がい
ない。
たしかに、今しかないかもね。
オレは思わず肩をすくめ、白山さんに声をかけた。
「白山さんが一人だなんて珍しいね」
顔を上げる白山さんの瞳が、夜のせいなのかか弱く見える。
リーダシップがあり溌剌、気が強くてじゃじゃ馬な彼女の一面。いつもは隠
している危ういところ。
知ってしまうと思うのだ。守ってあげたい。
そう自然と思わせる、彼女は生まれながらのお姫様だ。
勘弁してよ。生駒じゃあるまいし。
そう思い、白山さんの隣に腰掛けた。
サッと引いていく男子の視線。
どうやらオレでも虫除けぐらいにはなるらしい。
「で、どうしたの? お姫様。告白でもされた?」
カマをかけると、白山さんは顔を引きつらせた。
わかりやすくて笑ってしまう。
コロコロ変わる表情は彼女の魅力のひとつだけれど、生駒にすれば悩みの種
だ。
「なんで浮かない顔してるの? 彼氏欲しいんじゃなかったっけ?」
「うん。そうなんだけど。私酷いの」
「酷い?」
「実際、言われてみたらね、初めに『困った』って思っちゃったのよ。乙女として欠陥でもあるのかしら……」
小さくため息なんてつくから、おかしくて笑ってしまう。
あまりにもウブな悩みだ。
「大丈夫だよ。それ普通」
「普通?」
「だって、好きじゃなかったんでしょ? そいつのこと」
「でも、嫌いじゃないし。いい子だって思うわ。たぶん付き合ったら優しくしてくれると思う」
「付き合ったら優しいなんて、当然だけどね」
「そうなの?」
「好きな女には優しくするでしょ? 普通」
小さな恋の悩みに、オレは生駒の心労を思う。
「好きな女には優しくするでしょ? 普通」
生駒を思って口に出した言葉が、白山さんの肩を揺らした。
「そうね。きっとそうだわ」
なぜか白山さんは傷ついた顔で自嘲した。
白山さんは生駒を思いうかべなかったのかな?
オレは少し苦い気持ちだ。
生駒がどれだけ彼女に心を尽くしているか、ハタから見れば一目瞭然だった
からだ。
なんだか、生駒も不憫だな。
大事に大事に守ってきた彼女には、その思いは伝わっていないらしい。
遊歩道から響く足音に顔を向けると、必死な顔で駆けてくる生駒が見え
た。
オレにまで、凶悪な顔を向けるんじゃないよ。
どれだけ余裕がないんだか。
そして背中を向ける彼女の名を呼んだ。
曇り顔が一転して、晴れやかになる白山さん。
かくれんぼして見つけてもらった子どものような笑顔に、こちらまでほのぼ
のとする。
やっぱり、思い合っているように思うんだけどね。
ジレジレとして進まない、友人の恋。
「生駒、このお嬢様、告白されたらしいよ」
グズグズしてたら奪われるかもよ?
そんな警告を込めて、アシストする。
サッと顔色を変えるふたりの反応。
やっぱり両思い、じゃん。
ふたりのやりとりを聞きながら、黒い海を眺めた。
砂浜では花火が光り、弾ける笑い声が響いている。
彼氏を作ってはいけないと攻める生駒に、彼氏を作れないいいわけを告白す
るお嬢様。
痴話げんかなのか、そうではないのか、曖昧にするしかない関係のふたりな
のだ。
こんなに近くにいるのに、踏み込めないなにかが横たわる。
踏み込んでしまえばいい、オレならそうするが、きっとふたりは優しすぎて
身動きがとれないのだろう。
「生駒も大変だよね」
一筋縄では行かなそうなふたりの関係に、思わず笑えば生駒から睨まれた。
はいはい。お邪魔虫は退散します。
オレは立ち上がると、砂を払って階段を上り始めた。
映える動画を撮るためには、それなりの機材がいる。動画配信している手
前、思い出は綺麗に残したい。
花火のシーンは難しいんだよな……。
思いながら振り返ると、くだんのふたりは並びあって、ぼんやりと海を眺め
ていた。
まるでそこだけ音が消えたみたいな。
世界でふたりぼっちみたいな。
息を呑み、思わず指でフレームを作った。
瞬きでシャッターを切る。
作り込んだ画面では得がたい空気がそこにある。
あーあ、オレにはこんな画面、撮れないわ。
悔しさとともに、夏の夜を瞳の奥に焼き付けた。
『神様のドS!! <ループした元悪役令嬢は逆転は望まないので穏やかに暮らしたい>』第四巻(高等部一年編)の各電子書店にて本日配信開始となりました。
記念の番外編を更新します。
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