番外編 1.島津兄弟急襲 上
中二のひな祭りからホワイトデーの間くらいのお話です。
3月の半ば。梅の花が香る夕暮れ。
いつも通り、綱と連れだって校門からでる。
いつも通り迎えに来たのは、いつもの運転手。
しかし、その隣には私の憧れの人がいた。
「光毅さまっ!」
思わずピョンとはね駆け寄った。
「中等部に何か御用があったんですか?」
光毅様の弟、修吾くんはただいま芙蓉学院初等部の六年生だ。ほかに兄弟はいないので驚いたのだ。
「姫奈子ちゃんに用事があってね。ご両親に許可を頂いているから、今日はデートしてくれないかな?」
ニッコリ笑う光毅様に、私は当然ブンブンと頷いた。
憧れの光毅様から! デート! デートですって!! もう死んでもいい~!!
「で、デートですか!?」
運転手がギョッとした顔で光毅様を見た。光毅様はニッコリ笑う。
「もちろん冗談だよ。SBテレビの企画で小中学生の声を聞く会議が今からあるんだけど、急遽キャンセルが出てしまってね。姫奈子ちゃんに協力して欲しかったんだ」
もちろん冗談と言われガッカリしつつ、それでもルンルンは止まらない。理由はなんであれ、光毅様とふたりで出かけられるのだ。
光毅さまとふたり、ふふふ、あーん、どうしよ? ドキドキしちゃう!
「お嬢様、迷惑をかけてはいけませんよ」
綱が窘めるように言う。慌てて綱にコソッと耳打ちする。
「ちょっと! 余計なこと言わないでよ! 光毅さまの前だったら素敵なレディーでいられるんですから!」
「すでに、猫かぶれてないです」
「!!」
思わず綱をギッと睨む。
「鞄は運転手さんに預けても良いかな? 姫奈子ちゃんはオレの車に乗って?」
光毅さまの言葉に慌ててスマホとお財布だけポケットに入れた。
スマートな光毅様のエスコートにクラクラとしてついて行く。
光毅さまが乗ってきた車は、跳ね馬マークの真っ赤なスポーツカーだった。周囲の中学生たちが、物珍しそうにこちらを眺めている。
「きゃー! 素敵! でも、光毅さまが運転してきたんですか?」
確かこの車はツーシーターだ。今日は運転手がいないのか。
「うん。趣味の車でね」
「わぁぁぁ! 一度乗ってみたかったんです!!」
バタフライウイングが開いて、助手席にエスコートされる。
大学生に外車のスポーツカーでお迎えだなんて、芙蓉学院でもそうそうないんじゃない? しかもホワイトデーも近いし、彼氏だなんて誤解されたりして! やだー!
うらやましげな視線に、鼻高々である。
助手席に座れば思った以上に車高が低くてドキマギとする。
腰が深く沈み込み、制服のスカートの丈だとちょっとそわそわしてしまうのだ。
ドアが閉まればそこは密室になる。初めて光毅さまとふたりきりになったと気がついた。いつもは運転手や修吾くんなど、誰かが絶対一緒にいたのだ。
こ、これは、思った以上に……。大人っぽいと言うか、デートっぽいと言うか……やだ、なんか、……ちょっと、息が苦しい……。こ、こわい。
「緊張してる?」
運転席の光毅さまが、おかしそうに笑う。
「こういう車は慣れないとちょっと怖いよね」
思いっきり見透かされてしまっている。
「でも安心して? 安全運転するからね」
光毅さまにそう言われ曖昧に笑う。
怖いのは運転じゃないんだけど……、でも、光毅さまが私なんかに何かするわけないし……。光毅さまならすべてお見通しで、そう言ってくれてる気もする。
チラリと光毅さまを見れば、光毅さまがニッコリと笑った。
その爽やかな笑顔に私はホッとする。
その瞬間、光毅さまがグッと顔を寄せてきて、思わず体がこわばった。
「姫奈子ちゃん、シートベルト、してね?」
光毅さまはそう言うと、私のシートベルトを引っ張ってカチンと音を立てて止めた。
フロントガラスの向こうでは、あっけにとられた綱と運転手。キャーと声を上げる女子学生。
光毅さまは外の様子を見て静かに微笑んだ。
……今の絶対揶揄われた!! でも、でも、かっこいい~!!
私、白山姫奈子は大人の色気に撃沈した。
光毅様はそのまま私をエレナ様御用達のショップへ連れていく。
「制服のままだと目立つからね。ここで好きな服に着替えて?」
「あの! でも!」
「ああ、気にしないで、急な仕事の依頼だし、時給代わりに受け取って」
「そんな」
私がアワアワしているとお店の中から修吾くんが顔を出した。修吾くんも学校帰りだったのだろう。初等部の制服を着ている。
修吾くんは私を見て嬉しそうに微笑んだ。
「姫奈子お姉さん!」
修吾くんはいつ会っても、子どもらしい笑顔を私にむけてくれる。それがとっても可愛らしい。
光毅さまはそんな修吾くんの様子を見て、幸せそうに目を細めた。
「修吾も好きな服を選びなさい」
光毅さまは店員さんに声をかけた。店員さんも上顧客の私を見て満面の笑みになる。
「島津様! それに白山様も!」
「このふたりに何か見繕ってあげて。中学生らしい感じで」
「お似合いのカップルですね」
店員さんが笑う。光毅さまも否定せずに笑う。修吾くんは困ったように顔を赤らめ、私は曖昧に笑う。
「兄がすみません」
修吾くんが小さな声で謝る。
「ううん、そんなことないけれど、服なんて……」
「仕事関係のことはよくわからないから、兄の言うとおりにしたほうがいいとおもいます」
「それもそうね、光毅さまに恥をかかせてもいけないわね」
「そんなこと気にしないでください。それよりここで良かったですか?」
「うん! 大好きなブランドなの!」
「なら良かったです。オレあんまり詳しくないから、お姉さんも一緒に選んでくれませんか?」
「うん、いいわよ!」
修吾くんとふたり連れだって店内を見て歩く。いつもはメンズなど見ないから新鮮だ。今年の春の最新作から数点選ぶ。光毅さまの紹介で「ダサい子が来た」と言われるわけにはいかないのだ。
最新アイテムから選んだからか、少し修吾くんとリンクコーデ風になってしまったが、これはこれで致し方ない。
「じゃ、修吾、企画室41、わかるよな? 姫奈子ちゃんと一緒にそっちに向かって。オレは企画に入らないけど、あとで合流しよう」
光毅さまはそう言うと、スポーツカーで先にテレビ局へ向かってしまった。
私と修吾くんは、修吾くんの乗ってきた島津家の車でテレビ局に向かう。関係者入り口で修吾くんが名乗れば、VIP用のパスカードが渡される。私たちはそれを首に提げ、企画室へ向かった。部屋番号を確認して室内に入る。そこには、今日の企画で集められた小中学生たちがいた。
みんな目一杯のおしゃれをしてあか抜けている。きっと芸能志望の子が多いのだろう。
頭のてっぺんからつま先まで、有名ブランドの最新コーデで決めてきた私たちに、ドヨッとした声が上がり、一気に注目される。
ふふっ。エレナ様御用達、アーンド! 光毅さまが買ってくれたんですからね。いいでしょ~?
ちょっと良い気分になりつつ、用意された席について企画会議に加わった。
企画会議の内容は、最近子どもたちの間で流行っているものの調査で、アプリだとか、動画だとか、食べ物だとか、様々な話題が出る。さりげに白山茶房も話題に出してみた。
ちょっと世間の評価が知りたいな? なーんて?
「たい焼きとかおばあちゃんみたいー。全然流行ってないしー」
出席者の一人が笑い、クスクス笑いが広がる。
全然流行っていないことわかっていたけれど、改めて言われると思わずカチンとする。
確かに流行ってはいないけど、おばあちゃんかもしれないけど、それの何が悪い!
修吾くんが心配そうな顔で私を見るから、余裕の笑顔で微笑んだ。
そもそも私は性格が悪い。この程度でくじけない。
「やだ、まだ知らないの?」
たった一言。たったそれだけ。企画室の笑いは収まった。
流行に敏感だと自負している子たちだ。自分が遅れているとは思われたくないのだろう。
ソロリと窺うように修吾くんが私の顔を見た。
あ……、修吾くんの前で意地悪な本性を見せてしまった……。
取り繕うように付け加える。
「あ、でも、まだ知らない人の方が多いかも! 変な言い方してごめんなさい」
計算が働いたのか、空気が変わった。
他の子は焦り顔で笑いながら答えた。
「知ってたけど、まだいけてなくて」
「私、割引券持ってるけど、いる?」
私はニッコリと笑って、ホワイトデーのお返しにつけようと思っていた割引券付きショップカードをお財布から取りだした。
たまたま持ってて良かった……。これで、意地悪な感じ払拭できた? 修吾くんに幻滅されてない?
チラリと修吾くんを見れば、修吾くんは天使な笑顔で微笑んだ。
「姫奈子お姉さんって優しいんですね」
やっぱり修吾くん、天使過ぎるわ……。
修吾くんのピュアさ加減に、罪悪感を抱く私である。
そんなこんなで、企画会議は無事に終わり、思わぬ営業ができたことで、私はホクホクになった。
活動報告でもお知らせしていますが、
「私が聖女?いいえ、悪役令嬢です!」のコミカライズ配信が3/30に始まります。
また、二巻の刊行も五月に予定しています!
お暇なときに活動報告ものぞいてやってください。







