269.あなたと私とあの子と学院と
学院内はなんだか浮ついている。
大体、みんな進学先は決まっているし、プロムの準備も始まった。
私も一月末に二次試験も終わり、あとは結果待ちということでプロムの準備に加わっている。綱も二次試験を終え、残るは留学先の面接だけとなった。
今日は週に一度の綱と一緒にお昼休みを過ごせる日だ。ふたりで連れ立って温室に向かう。
最近、温室の中にテーブルが密かに設置されたのだ。生物部の彰仁曰く、「冬の庭は寒いから温室にテーブルセットを置いたらどうか実験している」とのことで、被験者として私と綱を指名してくれた。今のところ、ここを知っているのは生物部と園芸部と私たちだけだ。
暖かい温室の緑に囲まれたテーブルセットは人目につかなくてホッとする。いい雰囲気だと彰仁にも伝えてある。それなのに、綱のお弁当がコンビニのもので「あーもう!!」ってなってしまう。やっぱり私が作ってあげたい。そう思ってしまうのだ。
「ねぇ、ちゃんとご飯食べてるの?」
「食べてますよ」
「本当に?」
「本当です」
なんだか信用ならなくて、綱のお弁当を取り上げる。
「私のお弁当と交換して」
「だめですよ」
「市場調査よ、市場調査」
「姫奈のお弁当じゃ小さすぎて足りません」
「私だって綱のを全部は食べられないわよ! 残りは綱が食べなさいよ。今度からそうしましょ? 綱は流行りのコンビニお弁当を買ってきて? 私のお弁当と交換しましょうよ」
必死に言えば綱が笑う。
「仕方がない人ですね」
そうして胸の前で手を合わせて、綱は「いただきます」といって私のお弁当に手を付けた。
しみじみとした声で、おいしいとつぶやくから、嬉しくなってしまう。
「やっぱり姫奈のご飯は美味しいです。ありがとうございます」
「私、けっこう上手なのよ」
「ええ、とても上手です。私が作るご飯はあまりおいしくない」
綱は疲れたようにつぶやいた。だからコンビニ弁当なのか。
「綱、生駒と一緒にご飯食べてる?」
「いいえ。だから余計いい加減になるのかもしれませんね」
やっぱりちゃんと食べていないではないか!
「生駒、帰り遅いのかしら。お父様を注意しなくちゃ!」
「でも、今は期末が近いですし、仕方がないでしょう」
「お父様も遅いものね」
白山茶房の事務も今の時期は忙しい。今年は綱が来ないので、本気で忙しいのだ。店長さんも「綱くんは有能だった」とつぶやいていた。他人から言われれると綱がどれだけ仕事ができたか身に染みてしまう。
お父様は白山茶房を立て直したのは私だと思っているようだけれど、実際は綱がいなくてはできなかった。私が何かするときは、必ず綱が助けてくれたから。
うーん、と考える。生駒が忙しいのは仕方がない。でも、ご飯がおいしくないのは、よろしくない。
食事は生活の基本なのだ。
綱は大事そうに私のお弁当を噛みしめている。
その姿はいじらしくて、とても胸に来るものがあって、ああん、もう、綱かわいい、なんだけど!!
このままじゃいけない。白山家から出たことで、二人が体調を崩したとなったら、それは私の軽率な行動のせいなのだ。
「綱、簡単に作れるレシピ、あげるわ。だから、ご飯、ちゃんと作って?」
綱は私を見て穏やかに笑う。
「姫奈特製ですか?」
「うん。リクエストあったら言って」
「姫奈が作るものはみんな美味しいから迷いますね。唐揚げが好きです。でも、難しいですか? あと、ネギの入った卵焼きも好きです。鮭の南蛮漬けと、麻婆ナスも。筑前煮も好きです、それに」
綱が指折り好きなものあげてくる。綱の好きがたくさんあふれてくる。
胸が苦しくなる。うれしくて泣きそうだ。綱に作ってきたものが、彼の中に積み重なっていた。
「うん。簡単なものから少しずつ渡すわね」
声が少しだけ震えた。綱が怪訝な顔をする。
「姫奈? 変なことを言いましたか?」
「あ、ううん。綱がいろんなメニューを覚えていてびっくりしたの」
「忘れるわけないじゃないですか」
当たり前だと言わんばかりのぶぜんとした表情をした。それがすごくおかしくて思わず笑う。
とりあえず、基本の卵焼きの作り方を書いて渡す。綱はそれを大切そうに受け取って、ありがとうとつぶやいた。
綱が登校日にしか来てないことがだんだんと知れ渡ってきて、私はちょっと肩身が狭い。どうしても、綱への質問は私へとやってくるからだ。来ない理由を問われると胸が痛む。相手が私を責める意図はないとわかっていても、私のせいで綱が来れない事実を突きつけられるから。
バレンタインを前にして女の子たちは焦っているのだ。少しでもお目当ての人にアクションを起こしたい。プロムの約束を取りたいのだろう。
「白山さん」
校舎の陰で桝さんに呼び止められる。ギクリとする。
「最近、い、い、生駒くんがあまり登校してないようですが聞いてますか?」
「あ、うん。あの、まだ受験が残ってるから集中したいみたいで」
「二次は終わったと思いますけど」
「うん。でも、まだちょっと」
歯切れ悪く答えれば、軽蔑したような顔で私を見る。
「彼、ぷ、プロム出るんですか?」
「執行部だから出るとは思うけど……」
私は桝さんから目をそらした。
「まさか、あなた、また何かやったんですか?」
桝さんは正面から切り込んでくる。言葉を失うと、あからさまに私を睨んだ。
息を吸って、口をつぐんで、うつむいて、絞り出す。
桝さんには言わなくてはいけない。
「告白、したの」
桝さんが絶句した。固まった顔のまま私を見つめる。
「……それで、まさか拒否されて来てないんですか?」
桝さんが恐る恐るというように尋ねる。
私は小さくフルフルと頭を振った。
「綱は……受け入れてくれたけど、それがバレて、両親が許してくれなくて」
「馬鹿なの?」
被せてくる桝さんの声。耳と胸に刺さる。
「馬鹿なの、私」
「生駒くんを許さないって、あなたの両親が馬鹿だわ。どう考えたってあなたにはもったいないでしょう!」
桝さんが鼻息荒く憤慨する。
私は黙ってうつむくばかりだ。返す言葉もない。
桝さんはそんな私に呆れたようにため息をついた。
「とりあえず、彼にこれ以上迷惑をかけないでください」
それだけ言い捨てて桝さんは去っていった。
胸に桝さんの言葉がズシリと頭の上に乗ったように重い。
私が綱に告白しなかったら、綱は最後まで学院生活を楽しめたはずなのだ。
気持ちを伝えなければ、お嬢様のおもりとして、ダンスくらい踊ってくれたかもしれない。
そんな高校最後の日々を私が奪ってしまっている。
『迷惑をかけないで』
桝さんの言葉は正論で反論を許さない。
私は隠れてため息をつき、去ってゆく桝さんの背中を見送った。







