268.綱のいない朝
生駒親子が白山家を出て一週間たった。
綱は登校日以外学校へ来なくなった。表向きは受験に集中するためだが、間違いなくうちでの件が原因だ。スマホに連絡しても返事は来ない。
多分、生駒から何か言われているのだろう。ひょっとしたら、スマホは生駒が管理しているのかもと気が付いて、一日一回だけスタンプを送ることにした。
返事がなくてもいい。既読が付くだけでいいのだ。
引っ越し先は私とは路線が違い、登下校も一緒にできない。唯一、話ができるのは登校日の昼休みだけだ。それなのに、お母様は綱にお弁当を作ることを禁止した。ついでに学院外での接触も禁止。どこでどんな風に暮らしているかも教えてはもらえない。
白山茶房に行くときも家の車を使うことになり、綱は白山茶房の出入りが禁止されてしまった。私の塾も二次試験が終わったところで辞めさせられることになった。すべてお母様の一存だ。
お母様と生駒はいまだに綱とのことは大反対なのだ。
お父様はあれから特に何も言わないが、微妙に避けられているだけな感じもする。
以前だったら不安で仕方がなかったと思うけれど、今は不安はない。
両親の前で、綱があれだけはっきりと私との未来を望んでくれたから。
みんなに反対されても、諦めないでいてくれたから。
だから私は綱を信じるのだ。会えないのはさみしいとは思うけれど、今は一人でもきちんとできることを証明するのが私のできる唯一のことだから。
駅までは、今まで通り彰仁と一緒に登校する。
電車の中では一人きりだ。今まで綱と並んで座っていた席に、一人で座る。隣に知らない人が座るのがなんだか不思議で、一週間してもなかなか慣れない。一人きりの通学路で、修学旅行のパリで綱がくれたポストカードの英語版を読んでいる。日本語訳の本はなく、探していたところ詩歌ちゃんが原書を貸してくれたのだ。
「英語の本なんか、本気で読めるの?」
隣に座っていた男子学生に話しかけられる。顔をあげればニヤニヤとした笑顔を向けられた。こんなことは初めてでびっくりする。綱がいないだけで、日常がこんなに変わる。
「難しいです」
素直に答える。
「だよね。いつも一緒にいた彼氏、どうしたの?」
唐突な問いにポカンとする。というか、うれしい。
綱、彼氏に見えてたんだ! キャー!!
無言で歓喜する私に、男の子が続ける。
「別れたなら、俺と付き合ってみない?」
「? え、なんで?」
意味が分からず問い直せば、不愉快そうに睨まれた。
「ブスのくせに気取ってそんな本読んでるからフラれてんじゃねーの?」
なぜか突然嘲笑される。
全然話の流れがわからずにキョトンとなる。
「ブスではないしフラれてもないわ」
綱は私をブスといったことはなかったし、むろんフラれてもいないのだ。事実に反することを否定する。
「ブスだよ、ブース。捨てられたのに気が付いてないんじゃねーの?」
私は思わずムッとする。
確かに私は美人ではない。でも、私をブスだと馬鹿にするのは、私を好きだと言ってくれた綱を馬鹿にしていると同じなのだ。
私を馬鹿にするのはいいが、綱を馬鹿にするのは許しがたい。
「あなたには私がブスに見えるのね? 公共の場で人を悪し様に罵れる方と同じ美意識でなくてよかったわ」
パフォーミングパートナー仕込みの完璧な笑顔で応じる。
私の言葉を聞いて、男の子は顔を真っ赤にした。
「うまいこというわー!」
目の前で様子をうかがっていた女性がパチパチと手をたたいた。
隣に立つ厳つい男性も笑っている。
「好きな子の気を引きたいのはわかるけど、そういうやり方は嫌われるぞ」
そう諭すように男の子に言えば、男の子はさらに顔を真っ赤にした。
話を聞きつけたのか、彰仁が人込みを分けてやってきた。後ろに彰仁の友達もついてきている。
「おま、何やってんだよっ!」
「何もしてないわよ。ただ、隣の方にブスだって言われたから、違いますと答えただけよ」
簡単に説明すれば彰仁は隣に座っていた男の子を睨んだ。
「こいつがブスに見えるなら、その腐った視界に二度と入れるんじゃねーよ」
彰仁が吐き捨てるように言う。男の子が体をビクリと硬直させる。
あらやだ、あっくん。それって遠回しにお姉さま好きって言ってない?
「姫先輩、大丈夫ですか?」
彰仁の友達が口々に心配してくれる。
「大丈夫よ、周りの方が助けてくださいました。ありがとうございます」
手をたたいた女性と、男の子を諭してくれた男性にお礼を言えば、二人もはにかんで笑い返してくれた。
「……芙蓉の、姫?」
隣の男の子が私を見て無礼にも指をさす。
意味が分からずキョトンとする。それを見て彰仁の友達が笑った。
「姫先輩って、芙蓉以外でも有名なんですね」
その言葉を聞いて男の子がガタリと席を立った。そして慌てて電車から降りていく。
「え? なに? 大丈夫かしら、あの子。学校遅れないかしら?」
彰仁は私を見て大きくため息をついた。
「お前さ、今度から俺たちと一緒に行くか?」
「ううん。だって四月からは一人で登校するんだもの。慣れなきゃいけないわ。一人でも大丈夫って、ちゃんと証明するんだから!」
グッと手を握りしめ顔をあげて彰仁を見る。
彰仁はちょっと笑って、私のおでこをデコピンした。
「いったぁい!!」
「まぁ、せいぜい頑張れよ」
彰仁はそう言って手を振って離れていく。
彰仁は口が悪いけど優しいのだ。
それからの通学はなんだか雰囲気が良くなった。
絡んできた男の子は同じ車両で見かけなくなったし、あの時周りにいた人たちと何となく顔見知りになって、名前はお互い知らないけれど挨拶するような関係になったのだ。おかげで変な人に絡まれるようなことはなくなった。
◆ お知らせ ◆
先日書籍化のご報告をさせていただきました
【Web版】『私、転生悪役令嬢なので、メリバエンドは阻止させていただきます!!』ですが、
日本語書籍版に続き、英語翻訳版で電子書籍化されることが決定いたしました!
タイトルは『As The Villainess, I Reject These Happy-Bad Endings!』です。
詳しくは活動報告にてお知らせしています。
https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/1299506/blogkey/2665287/
発売はまだ先ですが、素敵なイラストを公開していますので見ていただけると嬉しいです。







