264.高等部三年 クリスマスパーティー 2
パーティー会場を抜けてしばらく歩いてから、ふと氷川くんが立ち止まる。
「あ、その、姫奈子さんはどこが見たい? 教会やスイートルーム、貸衣装の部屋もある」
「本当は厨房の見学ができたらうれしいんですけど、今日はお忙しいですものね」
「いや、大丈夫」
氷川くんが否定するから笑ってしまう。
「大丈夫じゃないです。絶対迷惑です。帽子や手袋に着替えないといけないと思いますし」
「そうか。なら、厨房は平日の休み時間に案内する!」
「何かの機会があったらよろしくお願いします」
「だったら、ロビーギャラリーはどうだ。ラウンジも兼ねているが今の時間は空いているだろうし、スタッフには声をかけないようにすれば迷惑にはならない」
「そうですね」
氷川くんと連れ立って、一階のロビーギャラリーへ行く。ロビー脇にある待ち合わせに便利なラウンジだ。日本を代表する陶器や、書、絵画が飾られている。海外のお客様を招待するにはうってつけで、中央には大きな生け花が活けられている。
「最近は浅間さんも手伝いに来ているようだ」
花を見て氷川くんが言った。
「お花はいいですよね」
「ああ、海外からのお客様も一様に喜ばれる。氷川グループのホテルには欠かせないものだな。最近では浅間さんの案で、ギャラリーの作品にゆかりのある花などを活けてくれているらしい。話題作りの一助になると好評だ」
満足げに語る氷川くん。前世も彼はそうだった。正当に評価すべきは評価し褒めた。婚約者の前で別の女性を褒める氷川くんを、当時の私は無神経だと憤っていた。不出来な私にあてつけているのだと、恨みすらした。
しかし、それは人を素直に褒められるという氷川くんの長所なのだと今では思える。
やっぱり詩歌ちゃんとお似合いなのにな。一条くんには申し訳ないが、詩歌ちゃんはモテモテなので頑張ってもらうしかない。
氷川くんの先導でギャラリーを案内してもらい、そのまま外へ出る。
ドレス姿では肌寒く思わず腕をさすれば、氷川くんがジャケットを肩にかけてくれた。
「冬空に済まない。少しだけ我慢してくれ」
そう言って芝生の庭を横断し、大きな池へと案内される。赤く塗られた太鼓橋の両脇には行燈が並び道を照らす。黒々とした池の水に行燈の光が映り幻想的だ。
その奥には神楽のできそうな舞台があり、舞台の突き当りは金塗の板に立派な松が描かれている。舞台の周囲には提灯がぶら下がっており、ほの明るく輝いている。凍えるような十二月の風が舞台を吹き抜け、神聖な雰囲気を醸し出す。ホテルの中の一施設とは思えない荘厳さがあった。
「ここは神前式用の神殿だ。氷川家所縁の神社から勧請されている。主に結婚式用だが、外国人観光客向けに公開もしている。あとはキリスト教式のチャペルと、人前式用のホールもある」
「とても立派なものですね」
「ああ、神前式用の会場では氷川グループの中で随一だ。父も祖父もここで挙げた」
「氷川くんもここで挙げる予定ですか?」
思わず尋ねれば、氷川くんがギクシャクと笑う。
「い、いずれ、そうできたらいいなと……」
恋愛に関する話になるとしどろもどろになる氷川くんをほほえましく思ってしまう。
「ひ、姫奈子さんは、その、神前式でも構わないか?」
氷川くんの問いに、綱を思い小首をかしげる。
うん、綱のはかま姿も見てみたい。タキシードやフロックコートも見てみたいと思うけれど、洋装なら披露宴でもいいだろう。
「そうですね。和装も素敵だと思います」
「そうか! 姉はチャペルだったから心配していたんだ」
「たしかにチャペルも素敵ですよね」
バージンロードの先で待ち構える綱を妄想してニマニマしてしまう。
でも、お父様、バージンロード歩いてくれるかしら? 目立つのが嫌いだから無理よね、きっと。そうなるとやっぱり神前式かしらね。
そんな幸せな妄想をしていれば、ビュウと風が横殴る。思わず、くしゃみが一つ出た。
「すまない。寒かったな。中へ戻ろう」
「はい」
ホテルの中に戻り、ジャケットを氷川くんに返す。氷川くんはそのままジャケットを羽織りなおした。バックヤードを歩きながら上の階を目指す。
有名オペラ歌手のサインが残る音楽室、ホテル内とは思えない茶室、プールサイドにスポーツジム、衣裳部屋まで案内してくれる。
最後にたどり着いたのはスイートルームだ。
「一番豪華な部屋だ。海外の賓客をもてなすことが多いな」
広い部屋の中には、アップライトピアノに螺旋階段まであって二階部分まで含めてスイートルームらしい。
広いリビングに大きなテレビ、書斎にベッドルームは二部屋ある。
「すごい! 豪華なキッチン!!」
思わず興奮して駆け寄った。きれいな最新式の家電がそろったキッチンである。
「ルームサービスを使うことが多いから、あまり使われてはいないようだが」
「もったいない!!」
思わず食い気味に答えれば氷川くんが目を細めて笑う。
「冷蔵庫、開けてもいいですか?」
「ああ、棚も自由に。使いたいものがあれば使って構わない」
「なら、コーヒーを入れましょうか? 私にジャケットを貸してしまって、氷川くん、寒かったでしょう?」
尋ねれば、氷川くんはちょっと面食らった顔をして、そして嬉しそうにクシャリと笑った。
「お願いしてもいいか?」
「これくらいお安い御用です」
カプセルタイプのコーヒーメーカーがあったので、カプセルを入れるだけだ。
二人分のコーヒーを用意して、豪華なソファーセットに腰掛ける。
ルームサービスのメニューを見ながら歓談する。
「け、結婚したら毎朝、こんな風に過ごせるのかな」
「氷川くんのお父様とお母様はこんな感じですか? うちの父は朝から仕事ムードで全然そんな雰囲気ないですけど」
「そうか。確かに、うちの両親もそうだな」
がっかりしたような声に思わず笑う。
「でも、両親と一緒でなくてもいいですものね」
そう答えて妄想する。
綱とだったら、コーヒーより緑茶よね。それもどうなのかしら? 綱とは縁側でお茶をのむイメージしかわかないけど、それって新婚ではないわね? すでに老後? っていうか、ちゃっかり老後まで一緒にいるとか勝手に想像しちゃって、やだ私! 照れちゃう!
思わず顔が熱くなり頬を押さえる。変な顔に気づかれたかと、ソロソロと氷川くんを見れば氷川くんも赤い顔をしていて驚いた。
「氷川くん、顔赤いですよ?」
「え? あ、」
「もしかして熱っぽいですか?」
そっとおでこに手を伸ばす。手が冷たすぎたのか、ビクリと氷川くんが後ずさった。
固いおでこはほんのりと温かく、熱とも思えない。でも、氷川くんは耳から首まで真っ赤である。見るからに尋常ではない。
自分の指が冷たいために、氷川くんのおでこが熱いのがよくわからないのかもしれない。怪訝に思って自分のおでこを触って、氷川くんのおでこと比べてみる。
少し私よりは熱い気がするが、はっきり熱だとはわからない。
「私がジャケットを借りてしまったから、風邪をひいてしまったのかしら。すみません」
「いや、大丈夫だ。そんなんじゃない」
「でも、少し休んだほうがいいのかも。ベッドをお借りしてもいいのかしら?」
「べ、べ、ベッドぉぉっ!?」
氷川くんを見れば半分ソファーからずり落ちて、呆けたような顔をしている。やっぱり変だ。調子が悪いのだろう。
「あの、本当に大丈夫ですか? フロントに連絡すればお医者様を呼んでもらえるかしら? 奥様はお忙しいでしょうし、執事の方は……」
オロオロとして立ち上がる。とりあえずフロントへ電話してみよう。
「大丈夫だ。何でもない! 何でもない! とりあえず会場へ戻ろう!!」
氷川くんが声を張り上げて、しゃっきりと立った。
コホンと咳払いをして、鏡の前にツカツカと歩いていく。
ギュッとネクタイを確認して、ジャケットの胸のあたりを軽くはたいた。
スッと一度目を閉じてから、静かに深呼吸、
次に瞼をあげたときには、もういつもの氷川くんだった。
「さあ、行くか」
私に背中を向けてドアへ向かう。
私はそれに安心して、その背中についていった。
【書籍化決定!】
「私、転生悪役令嬢なので、メリバエンドは阻止させていただきます!!」
ベリーズファンタジー様より、2020年11月5日発売予定です。
応援くださった皆さまのおかげです!
詳しいことは随時お知らせできたらなと思います。
これからもよろしくお願いいたします。







