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【5巻電子書籍&POD化】神様のドS!!~試練だらけのやり直しライフは今日もお嬢様に手厳しい~  作者: 藍上イオタ@完全無欠の悪女です2月下旬発売
高等部三年

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261.打ち解け優り


「そう。どうしても、行くのね」


 言葉に出したら、涙がにじんだ。

 絶対泣きたくなんてない。

 涙を使って綱を引き留めたくはない。罪悪感を持たせたくない。


 泣くのを我慢するのは得意だ。

 だから私は我慢できる。

 歯を噛みしめて、唇を横に引く。


 一番近くにいたい、一瞬だって離れたくない、綱がいなくちゃ生きていけない。だけどこのままじゃいけないのだ。一人で歩き出そうとしている綱に寄りかかって足を引っ張ってはいけない。だから私も一人で歩かなきゃいけないのだ。


 笑え。覚悟を決めろ。


「頑張って。応援しているわ」


 私の言葉に、綱は痛ましいものを見るように眉間にしわを寄せた。


「つな、へんなかお、してるわ」


 喉の奥がつかえる。これ以上は嗚咽になってしまいそうだ。

 言葉をしまって、唇を閉じて、習ったように美しく、笑え。

 

 綱が親指で私の頬に触れた。そして、呆然としたようにその指を見て、しばし考えてから手のひらに親指を握りこんだ。

 そして長いため息を吐く。


 綱は酷い。見て見ぬふりをして欲しかった。

 綱がいるから私は泣きたくないのに涙があふれる。

 こんなことで泣いて、きっと面倒な子だと思われた。


 怖くなって慌てて俯く。これ以上嫌われたくない。


 綱の手が私の顎に触れた。そっと顎を上にあげる。オズオズと綱を見れば、黒い瞳が戸惑いに揺れている。

 怒ってないことに安心し、ホッとして肩の力が抜ける。

 綱が小さく息を飲んだ。


「……目を閉じて」


 かすれた声が少しおかしくて思わず笑ってしまう。


 きっといつものように頬の涙を拭いてくれるのだ。


 素直に目を閉じる。


「すみません」


 なんで、謝るの?


 ふと綱の体温が近づいて、まぶたに柔らかいものが触れる。

 涙の痕をたどるように頬を下がっていく熱。


 あと少しで、唇に。 


 その意味に気が付いて、息を飲む。

 ギュッと瞳を固く閉じ、綱のベストを握りこむ。胸に抱いていた鞄が足元に落ちる。二人の足を鞄がかすめ、綱の唇が頬から離れる。


「いたっ!」

「大丈夫ですか!?」

「大丈夫、綱は?」

「私は平気です」


 思わず顔を見合わせて、二人で吹き出した。カッコ悪い。


「ごめんなさい」


 今度はそう言って、綱の硬い額を私のオデコにくっつけた。


「好きです。どうしようもなく好きで。大切にしなきゃと思うんです。でも」


 いつも傷つけてしまう、綱はそう言葉をこぼした。


「ばかな綱。綱にだったら傷つけられてもいいのよ、私」


 綱は驚いたように目を見開き、次いで困ったように目を逸らす。真っ赤な顔を隠すように、私を抱き込み肩に額を押し付ける。


「お願いです。これ以上煽らないで」

「? なあに?」


 意味がわからず問う私の、首筋に軽く押し当てられた綱の唇。恥ずかしくてこそばゆくて、頭の中が沸騰しそうだ。

 そのまま綱の声が首筋から体の中を振動させる。


「姫奈が好きです。それなのに我慢ばかりさせてすみません。でも、留学は夢をかなえるために絶対必要なんです。連絡は必ずします。休みには帰ってきます。できるだけ早く戻ってきます。だから、待っていてください」

「うん。待つわ。夢をかなえて帰ってきてね」


 ワシワシと綱の頭を撫でる。柔らかく、サラサラで指から零れ落ちてしまう髪。私の髪とは正反対の、とらえどころのない美しい黒髪。掴みたくても捕まえきれない、でもそれが狂おしいほど愛おしい。


 首筋にリップ音。その先に期待して、ギュッと綱の背中を掴む。バクバクと心臓の音が煩くて、苦しくて、もうどうにかなってしまいそうだ。

 綱が顔をあげて、私の顔を覗き込む。


 ああ、瞳は甘いチョコレート。その唇はきっとストロベリー。


 顔をあげて、目を閉じて、綱が降ってくるのを待つ。


 本当は離れたくない、綱が絞り出すような声で囁いた。


 と、その瞬間、扉の向こうに足音が聞こえて、二人で慌てて距離を取る。

 きっと下校時間を知らせる鐘を鳴らしに来たのだ。

 扉を押す怪訝な声。


「あれ、扉の前になんかある?」


 綱の鞄が扉の前で邪魔をしているのだ。


「すみません」


 綱はいつものポーカーフェイスで鞄を拾い上げ、扉を開く。

 突然現れた上級生に、下級生が緊張した目を向けたのがわかる。


「鐘の当番ですか? お疲れ様です」


 綱はニッコリと微笑んで、悠然と下級生の横をすり抜けていく。

 私は真っ赤になった顔を隠すように俯いて、そそくさと同じようにすり抜けつつ、小さな声でごきげんようと言う。

 下級生はあっけにとられたように、ただ、ハイと答えただけだった。


 扉が閉まって、踊り場が暗くなる。

 明るい屋上から一転して、目が慣れなくてクラクラする。

 胸がドンドンと早鐘を打つ。


「ほら、危ないですよ」


 綱が手を差し伸べた。まるで当たり前のように。ずっと昔からしていたみたいに。


 嘘でしょ!? あんな、あんな、あんな後に。どうして、そんなにケロッとして。


 言葉を失って綱を見れば、とろけるようなチョコレート色の瞳が薄暗い踊り場で煌めいた。


「三階まで、だけ」


 指を絡ませ、手を引く人。

 

 背中では下校を告げる鐘が鳴りだした。





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