255.すきっぷ
勝手に顔が緩んで仕方がない。
我慢しなければ、グフグフと声に出してしまいそうなくらいだ。鼻歌だってかってに漏れるし、足の裏なんて地面についてない。
朝、目が覚めるだけで嬉しい。
だって、綱に会えるから。
だって、綱が好きだから。
だって、綱が私を好きだから!!
信じられない嘘みたい。もうもう生きてるって最高だ。
ご機嫌で朝食へ向かえば、すでに綱が座っている。
それだけで嬉しくて笑いかければ、彰仁が汚物でも見るような顔で私を見た。
「気味悪いな、オマエ」
綱は無表情で頷いて彰仁に同意を示す。
嘘でしょ? 信じられない! 私のこと好きなんでしょ!?
「シャンとなさってください。お嬢様」
冷たく綱に突き放されて、ムッとしながら席につく。
両手を合わせて、いただきます。白山家の朝ご飯はいつだって美味しい。
電車を降りて学院への道を綱をチラチラと見ながら歩く。
彰仁は友達グループとだいぶ前を歩いている。
だって、ほら、付き合ってる子たちって手を繋いでたりするじゃない?
だから、ほら、ちょっとくらい。
チラリと綱を見れば、綱は長ーく長ーくため息をついた。
そしてまっすぐ前を向きながら独り言のように言う。
「あなたはわかってないんですか。バレたらいけないんですよ?」
綱に言われてギクリとする。
「……わ、わかってるわよ」
「だったら気を付けてください」
ツンと言われてがっかりする。
だってこれじゃ以前と何も変わりがないではないか。
ちぇーっと思いつつ学院に向かって歩いて行く。そんな不満を抱えながらも、通学路はキラキラに見えるから、恋って素晴らしいと思う。
・・・・・・
ガタゴトと電車が揺れている。気持ちが通じ合ってから、何度目かの塾へいく電車の中だ。
車窓越しに夕焼けが綱の横顔を撫でていく。
塾へ行くこの時は綱と二人でゆっくりとできる数少ない時間だ。
制服から私服に着替え、二人で横並びに座る。
私服だから周りの目はあまり気にならない。ただ、塾帰りに変な人に絡まれたくないから地味な格好をしているので、それがちょっと残念だ。せっかく綱と二人だから、もっとかわいい格好がしたい。少しでもいいから可愛いと思われたい。
チラチラと横目で綱をうかがう。
もう何度もタイミングをうかがっているのだ。でも結局勇気が出ずに今日まで来た。
今日だって、もう塾まで残り二駅。
もう、塾についてしまう。
綱の右手は膝のカバンを押さえて、左手は無造作に座席の上に置かれてる。
家からは何駅も離れた。
学校からも離れている。
私たちを知っている人はもういない。
だから、今がチャンス、なのだけど。
そっと息を凝らして、綱の左手の小指に私の右手の小指で触れた。触れたか触れないかわからないくらい、そっと。
偶然のふりをして。でも、そうでもなければ触れられないから。
綱は今まで平然と手を差し出してくれたけど、何にも感じてなかったのかしら?
スルリ、綱の小指が私から逃れる。
やっぱり、と思いつつ、ちょっとガッカリしてしまう。
家では仲良くできないし、学院だってそうだ。
だから、二人きりの時ぐらい、そう思ってしまうのは私だけ。
逃げたはずの綱の小指が、薬指と小指の間に挟まる。そこからクルリと小指を搦めとるから、ヒュンと心臓が跳ねた。
耳まで火照る。恥ずかしい。
私が綱に触れるのはいいけれど、触れられるのは恥ずかしいのだ。
でも、何と言って良いかわからずに、恐る恐る綱を見る。
綱は私を見て笑った。
車窓から伸びた影が、ゼブラになって綱の顔を浚う。
夕焼け色と、黒い影。なぜか滲んで見えてくる。
「なんで泣きそうな顔してるんです? あなたが望んだことでしょう?」
もう息なんて忘れてしまう。俯いて顔を隠す。
「違いましたか?」
綱の小指が緩まるから、逃さないようにと小指に力を籠める。
フルフルと頭を振って、ようやっと息を吐き出す。
「……違わない、けど」
私、泣きそうな顔してるの?
私の精一杯の答えに、綱が体を強張らせる。
「指を、離して」
綱の答えに本当に泣きたくなって、力なく綱の小指を開放する。
綱のカバンが二人の間に押し込まれた。
そんなに嫌がらなくてもいいじゃない。
そう思った瞬間に、右手の上に綱の左手が乗った。
「私の方が欲深いんです」
指と指の間に、温かい綱の指。
鞄の陰に隠れて結ばれた指と指。私が望んだものよりも、ずっと深く絡まる指。
「私の望みを叶えてください」
綱が照れたように微笑んで、私は小さく頷いた。







