251.高等部三年 学園祭 1
そして迎えた学園祭当日。
午前中は開会式や来賓の案内など、執行部役員の仕事が目白押しだった。
芙蓉会の三年生は、芙蓉会OBのお偉い方さんや、スポンサー企業などを案内して歩くのだ。
淡島夫妻(仮)は、芙蓉会OBとして他の古参OBをつれてやってきて、二階堂夫妻(仮)に案内をさせている。
私と綱はCDショップの店長さんとその奥さんを招待し案内をした。
昨年の綱のアイデアから、芙蓉学院とCDショップの間で良い関係が結べたのだ。今日のBGMにも協力をしてもらっている。
毎年協力金のお礼に招待状と無料チケットなどを送っていたのだが、土日開催だったため来たことはなかったらしい。今回は店番を他の人に任せて、初めて来てくれたのだ。
綱と二人でせっせと案内して歩く。放送部にも立ち寄って挨拶をした。
吹奏楽部に合唱部、軽音部やダンス部に演劇部など、特に縁の多いところを案内して歩く。
お昼は綱のクラスのうどん屋さんへ立ち寄った。『キツネとタヌキのうどん屋』と看板が出ている。
うどんは原価率が良いのだ。売り上げをあげたいなら良いチョイスである。流石、三峯くんと綱である。いや、明香ちゃんかもしれない。
店内はキツネの耳とキツネの尻尾、タヌキの耳とタヌキの尻尾を付けた店員たちがうどんを運んでいる。目元には釣り目とたれ目のアイラインを引かれ、鼻先は黒くチョコンと塗ってある。ほっぺには髭を模した三本線が引かれていた。
これは綱の姿を見たかった。
思わず綱を見れば、なんです、と冷たい一言。
「綱はキツネなの? タヌキなの?」
私の質問を綱は完全無視した。
ち、つれない。いつものことだけど。
「うどんはキツネとタヌキの二種類です。どちらにしますか?」
綱が店長さんたちに希望を聞き伝えに行く。
「生駒くんのクラスなんだ。芙蓉の子でもこんなことするんだねぇ!」
CDショップの店長さんと奥さんは、微笑ましいもの見るようにお店の中をぐるりと見る。
「もっと早く来ればよかったな」
店長さんはそう言って、眩しげな顔をして笑った。
うどんを食べて案内を終えて、午後からはフォトスポットの手伝いに行ったり、事務局を手伝ったり。初日はクラスのことはほとんどできずに、芙蓉会として働いた。
そして、二日目である。
朝から私たちは人力ジェットコースターを動かしていた。
体力のない子は受付や、呼び込みなどをする。
力の弱い女子は、子供や女性など比較的軽いお客さんを担当し、力自慢の子たちは重いお客さんを担当だ。
人力なので、小さな子にはゆっくりと優しく声をかけながら、ふざけた男子などはちょっとふざけて激しく揺すったりと、臨機応変にしてジェットコースターを動かす。
ちょっとした坂には手作りのトンネルをつけたり、出口では霧吹きで水を吹き付けてスプラッシュ気分だ。ジェットコースターの途中では、希望者のみフォトスポット代わりに写真撮影もしている。
「あーっもう汗だく!!」
朝から子供の乗ったジェットコースターをガンガン運んでいるのだ。もちろん、学校ジャージにひっつめ髪、なんなら首にタオルまで巻いている。
何時から私はこういうキャラになってしまったのか。
詩歌ちゃんほどではないにしても、そこそこのお嬢様だったはずなのに。
大体は二階堂くんのせいだと思う。
しかし、カゴに乗った子供たちがキャーキャーと燥げば嬉しくなってしまう。そんなわけで、何往復もしているところだ。
桜庭の友達たちは芙蓉の男子と仲良くなったらしく、人力ジェットコースターは冷やかしに来ただけで乗っていかなかった。
きどっちゃってさ、「ジェットコースターなんてこわぃ」とかいっちゃってさ。くそう。僻んでなんかないもん!
お昼休みは交代で休憩だ。
詩歌ちゃんと二人で彰仁の模擬店を見学がてら見に行くのだ。
智ちゃんから内緒で予約チケットを貰っていた。
もちろん、彰仁は「来るな!」とキーキー言っていたが、そんなものは無視する。
だって、だって、だって、一年一組の模擬店は「エンジェルカフェ」なのである!
私のマイエンジェルあっくんが、エンジェルとかエンジェルとか、絶対写真を撮る案件である。
「姫先輩!」
入り口で迎え入れてくれたのは智ちゃんである。
真っ白のワンピースは膝よりちょっと短めで、パニエでふくらみを持たせてある。レースで作られた羽根に、天使の輪は銀色のキラキラモールだ。これは男子も期待できるデザインだ。
対する私たちはジャージである。
「智ちゃんかわいいー!! 写真撮って良い?」
「ありがとうございます! 後で一緒に撮ってください」
智ちゃんは二階堂くんの妹とは思えないほど素直でカワイイ。
智ちゃんに案内してもらって席へ着く。
メニューは肉まん系各種と綿菓子である。
少し苦し紛れ感があるが、きっと天国の雲をイメージしているのだろう。学園祭で出せる食事は限られているから苦肉の策といったところか。
「ゲぇ!」
食事を運んできたのは彰仁だ。
その彰仁を見て私はとってもがっかりする。
白い筒状の脹脛丈の袖なしワンピースを制服の上からかぶり、ウエストを金色の綱で縛っている。天使の輪と羽根は女子と同じものだったが、女子に比べて「雑!!」の一言である。天使というより、神様とか仙人とかそんな感じだ。
「……あー……つまんなぁーい……。フリフリのシャツに半ズボン期待してたのに……」
思わずぼやけば、ギャンギャンと彰仁が吠え掛かる。
「来るなって言っただろ!」
「そうだったかしら? ここが彰仁のクラスだと気が付かなくって」
ツンとして答えれば、詩歌ちゃんが困ったように笑う。
「早く喰って帰れよ!」
「天使様はそんなこと言わないわよ?」
「そもそもここが天国なら、姫奈子なんか立ち入り禁止だ!」
相変わらずの言いようである。
「姫奈子先輩。飲み物はこちらになります」
修吾くんが飲み物を運んできた。
同じ格好をしても修吾くんは天使なのである。
先日のことがあってちょっと気まずくはあるが、彰仁に気づかれないよう平静を装う。
「修吾くんも良く似合ってるわ」
「本当ですか? あまりうれしくないですけど」
修吾くんは苦笑いをする。
その笑いはいつものもので、私はホッとした。
「写真撮ってもいい?」
「い・や・だ・ね!! 俺と修吾は断る!!」
彰仁が修吾くんの前に立つ。
「ふーんだ、いいもん! 智ちゃん一緒に撮ろうね?」
「はい!」
「じゃ、スマホ貸してください。撮りますよ」
修吾くんが申し出てくれて智ちゃんを詩歌ちゃんと二人で挟んで写真を撮った。ジャージの先輩に挟まれる天使の智ちゃん。なかなかにシュールである。
アツアツの肉まんをハフハフと食べて、綿菓子を食べ、他の模擬店も見に行く。ホットドッグやアメリカンドッグなどの軽食が中心だ。
詩歌ちゃんを連れていることもあって、行く先々でオマケをもらって思った以上にお腹いっぱいになった。
綱のお店はこっそりのぞきに行った。事前には来なくていいと断られていたからだ。隙間からそっと覗いていれば、体育着の襟を掴まれた。
「ちょっと!」
怒って振り向けば綱である。
耳は……ついてない。メイクももちろんしていない。
「なぁぁんだ」
思わずガッカリすれば、ながーくため息をつかれた。
「なんだじゃありません。覗き見なんて淑女のすることではありませんよ。サッサとクラスに戻りなさい」
偉そうに窘める。
「はぁぁぁぁい」
そう答えて、詩歌ちゃんを連れてクラスへと帰る。
ちょっとだけ先に進んで、それでもそっと振り返った。
すると綱の後姿。
タヌキの尻尾が付いている。
やだ、かわいい!
キュンとする。
「あとでゆかちゃんとさやちゃんに写真貰いましょうね」
詩歌ちゃんがそう言って、私は無言でコクコクと頷いた。







