246.高等部三年 八坂くんと夏休み
夏休みの後半では、八坂くんたちと一緒にワイナリー見学に行った。
白山フードサービスでは、昨年の夏をきっかけにレオのシャトーからワインを輸入している。そのワインを白山のレストランで飲んでみないかと日本へ招待したのだ。もちろん、エレナさまも一緒にだ。
いえ、別に、エレナさまが目当てではないですよ?
一応誘った理由の七割くらいはレオで、六割くらいがエレナさまです。計算が合わないとか、そこ言わない!
食事だけではつまらないだろうということで、早乙女さんの知り合いのワイナリーを見学させてもらい、ついでにその周辺を観光する。トンネルをワインの貯蔵庫にしたところや、境内でワインが飲めるお寺など、ワインにまつわる珍しいものを紹介して歩くのだ。
そう企画提案したら、なぜだか八坂晏司もついてくることになった。
なにやら、エレナさまとレオと八坂くんの小旅行を撮影したいとレオの事務所が言いだしたらしく、ロケ隊までついてきた。どうやらレオのブログに載せるらしい。
こちらは生駒と彰仁と私である。八坂くんが「仕事に同級生はNG」と言ったため、綱はお留守番だ。お店のオーナーの代理人として彰仁と、旅行の案内役としての生駒、私はそもそも招待した本人なので同級生でもOKらしい。っていうか、別に八坂くんは招待していない。
レオを見る生駒の圧が強い気がするが、初対面なのだ。気のせいだろう。仕事中の生駒は結構怖いのかもしれない。
まずはワインの貯蔵庫になっているトンネルへ向かう。
中の説明を英語でしながら見学をする。
絵になるということで、モデル陣はポージングして撮影に余念がない。
古いレンガ造りの建物が三人にとても似合う。
そのあとはワインの飲めるお寺に行く。
ちょうど、秘仏の御開帳に当たったので絶対連れていきたいと思っていたのだ。
山門をくぐり、長い石段を登って、重厚な本堂を目指す。関東で最も古いと言われる木造建築の一つなのだが、このお寺ではワインを作っているのだ。歴史あるお寺でありながら、革新的でそのギャップが面白い。
目的の秘仏の薬師如来はブドウを手に持っていて思った以上に可愛らしかった。
エレナさまにブドウのついたお守りをお土産としてプレゼントした。これもお守りにしては可愛らしいのだ。でも、エレナさまにだけあげるのは恥ずかしいから、素知らぬ顔して全員に配った。こっそりお揃いなのを独りで楽しむ。
拝観したあとはお寺の庫裡でワインを頂く。
私たち未成年はおとなしく抹茶である。
和風の庭園を眺めながら、畳の部屋で正座をしながらいただくワインは物珍しかったようで、レオもエレナさまも楽しそうだ。
ロケ隊も興奮気味で良い場所を案内できてよかったと思う。
これも早乙女さんのアドバイスのおかげである。
そのあとはワイナリーの見学だ。
しかし、まぁ、八坂くんがこの暑いのに無駄に近い。ずっと近い。
私はせっかくのエレナさまを堪能したいのに、エレナさまにはレオが引っ付いていてなかなか距離が詰められないのだ。
しかも、エレナさまに近づこうとレオを踏み台にしようとすれば、生駒が間に入るのである。
彰仁は彰仁で酵母の話で、ワイナリーのご主人と盛り上がっている。
何なのよ……。
思わずふくれっ面になる。
「ご機嫌斜めだね? お姫様」
八坂くんがキラキラとした喜び満面の笑顔でのぞき込んでくる。
なんで私が不機嫌だとわかっているのに、ご機嫌なのか。詳しく問いただしたいところだ。
「だって、エレナさま……」
指をくわえてエレナさまを見る。エレナさまは、あざとく甘えるレオに日本語を通訳しているのだ。
「レオもあんまり会えないみたいだから大目に見てやってよ」
「……私のほうがあえない」
「姫奈ちゃんには僕がいるでしょ? 顔同じだからいいじゃない」
キュルンとほほ笑む八坂くんの顔をまじまじと観察する。
「違うもん。八坂くんには泣きボクロないし、八坂くんのほうがなんていうか……」
「なんていうか?」
「生っぽい?」
「なまっぽい……」
八坂くんがポカーンとする。
「エレナさまは乾いた八つ橋みたいな感じなの。でも、八坂くんは生八つ橋みたいな?」
「意味わかんないよ、姫奈ちゃん」
「うーんと、なんていえば伝わるのかしら? 同じ形でもね、エレナさまは焼きあがった陶磁器なの。固くてつるっと艶やかで。でも八坂くんは、なんかしっとりしてる?」
答えたら、八坂くんがフハっと盛大に噴き出した。
「エレナは完成品で僕は未熟って話? エレナの下位互換?」
「違うわ! そうじゃなくて! だからやっぱり八つ橋なのよ! どっちもおいしいけど好みでしょ?」
「うんうん」
「エレナさまはね、お話ししていてもポートレートの中の人って感じだけど、八坂くんは生きてる感じがするの」
ころころ変わる表情や、優しいけどちょっと意地悪だったりと、モデルというより同級生の八坂くんのイメージが強いのだろう。
「うーん、やっぱり僕、姫奈ちゃんが好きなんだよね」
八坂くんがそういって、生駒が目をむく。
「はいはい、ファンサは私には不要です」
答えれば生駒が納得したかのようにホッと息をついた。
そんな生駒を見て八坂くんが小さく笑う。
耳元に顔を近づけて、こっそりと耳打ちする。
「生駒サンと生駒ってよく似てるよね?」
それに反論はしないけど、顔が近い顔が近い。いいにおいするからやめて欲しい。なんで暑いのに汗かかないの! 私が汗臭いのバレるでしょ?
当然のように肩を抱くのは止めて欲しい。
絶対生駒の反応を面白がっているだけだ。
「ここは日本ですからね? 撮影中でもないのにやめてください」
思いっきり八坂くんの顔を押し返す。
「顔は止めてよ、姫奈ちゃーん!」
「いい顔が過ぎるからこれくらい大丈夫です!!」
「やだ、姫奈ちゃん、僕の顔好き?」
「好きですよ? 顔は、ですけど!」
「ひっどいー!!」
けらけらと八坂くんが笑い、生駒が何とも言えない顔で私を見る。
『言葉はわからないけど、アンジがあしらわれてるのって痛快でいいね』
レオがニヤニヤと笑いながら距離を詰めたら、八坂くんが私の手を引いてレオの前に立つ。
『僕の姫奈ちゃんに不用意に近づかないでくれる? エレナはそっちにあげるから』
八坂くんが英語で睨んで、エレナさまが噴き出した。
『エレナさまはあげちゃダメです! 絶対にダメです。宇宙の至宝です!!』
私が咄嗟に答えれば、エレナさまはお腹を抱えて座り込み笑った。
笑い上戸姉弟か!
『おーい! 自家製ワインの試飲させてくれるって!』
彰仁の声に振り向けば、一升瓶を振り回している。
「しかも販売ルートにのらないやつ!」
「それって密造酒……」
思わず言えば、生駒が笑う。
「ここはワイン特区で許されているそうです。でも、彰仁様は未成年なのでいけません」
生駒がピシャリと言って、彰仁が不満ブーブーだ。
「彰仁くんには藤実のジュースがあるから、そー、怒っちょし」
ワイナリーの主人が笑う。
八月と言えばブドウの旬で、いろいろな種類が食べられる。
ここのワイナリーでは自家農園があり、生食用のブドウも栽培してるのだ。
野外に置かれた長いテーブルにパイプ椅子。
テーブルの上には透明の大きなボールに、様々なブドウが一粒づつバラバラにされて氷水に浮かんでいる。
淡い紫、濃い紫、緑に黄緑の長いものはシャインマスカットだろうか。
「わぁ! 綺麗、お祭りのスーパーボールみたいね!」
「こうしとけばいろんな味ちょっとづつ喰えるら? 一房てーとデカすぎで町の人は喰いきれんからさ」
大人には丸い湯飲みが配られて一升瓶からなみなみとワインが注がれる。
その様子に圧倒され、エレナさまもレオも何も言えない。八坂くんが可笑し気に湯飲みを持つ二人を写真に撮っている。
テーブルには白菜の漬物と、田舎っぽい衣の厚い天ぷら。そして巨峰のレーズンが並んでいる。
恐る恐るといった体でレオが湯飲みに口をつける。
とたん、キラキラとした目をワイナリーの主人に向けた。
ワイナリーの主人は、鼻を膨らませて見せる。
「うめーら? これん、漬物に合うだ」
エレナさまがキョトンとして私を見た。
ワイナリーのご主人は観光用説明をやめたとたん方言がきつくなったのだ。
私はかわりに英訳する。
それを聞いて、薦められるままに楊枝で白菜をつつくレオ。
「この土地の酵母使ってるからかね。相性良いずらな」
その言葉も伝えれば、レオは納得したように頷いた。
ワインを雑に扱いすぎだと、怒られるかもしれないと冷や冷やしたけれどそんなこともなくて安心した。
「すごいね、姫奈ちゃん、方言も通訳できるんだ!」
八坂くんに言われて照れる。
「別に褒めてはねーだろ?」
彰仁に突っ込まれてムッとすれば、八坂くんが笑う。
「褒めてるんだよ。彰仁くん」
そのキラキラしい笑顔に彰仁はウッと言葉を詰まらせた。
うん。わかる。(わかる)
東京へ戻ってきて、ディナーは『シェ シラヤマ』へ行くことになっていた。
レオのシャトーから輸入しているワインを出しているお店だ。フレンチと和食を融合した創作フレンチのお店で、少し料金設定は高めになっている。小さいけれどワインセラーを持っていて、専属のソムリエもいる。大人の店なので私も滅多に来ることはない。
蔦の絡まる一軒家で小さいけれど庭もあり、貸し切りで小さなパーティーや結婚式にも対応できるお店だ。
少しドレスアップをしてからお店に集まった。小旅行の案内役だった生駒はロケ隊をつれて居酒屋を案内しているのだ。
光り輝くモデル三人と、ちんまりした私たち姉弟というなんの罰ゲームだ状態で入店すれば、当然のごとくザワツク店内。引きつる彰仁。
「素敵なお店だね」
エレナさまの言葉に天にも昇る気持ちになる。
「ありがとうございます。二階の個室を用意していますので」
そう言って二階へ案内する。絨毯ばりの小さな階段を上る。壁には小さな絵がたくさん飾ってある。
コースは苦手なものを聞いたうえでお任せした。
たっぷりの料理と、レオのワイン(私たちはジュースだけど)を味わって、私たちは満足した。
最後にコーヒーと共にプティフールをいただく。
『日本に来てよかったよ』
レオがしみじみという。
『正直、日本のワインなんてって思ってたけど、案外やるね』
『楽しめたなら良かったです』
『薄いガラスのグラスに、完璧に温度管理されたここのワインは最高! 家のワインが日本でこんなに大切にされてるって感動もの』
その目は我が子を愛しむような眼で、レオもワインが好きなのだとわかる。
『あと、ツケモノとユノミはビックリしたけど、気取らないで飲まれてるって意外だった。日本ならではのワイン文化があるんだなって、あれはいいね』
レオが笑った。
『文化のマリアージュだね』
エレナさまが言って、私はその言葉にうっとりとする。
「エレナってキザ」
八坂くんが日本語で突っ込むから、キッと睨めばエレナさまが笑った。
「どこの家でも弟は生意気だよね、姫奈子ちゃん」
「は、はぃぃ」
エレナさまのほほ笑みと共感に胸撃ち抜かれる私である。
八坂くんと彰仁は変な顔をして弟同士の共感をわけあっているようだ。
ふと八坂くんがこちらを向いて目が合った。
ビックリしたように目を見開いて、それからゆっくりと微笑む。
蜂蜜がトロリと光るように瞳が揺れて、唇だけで名前を呼ばれたような気がした。思わず息を飲む。
そして八坂くんは彰仁を見た。
「彰仁くんの苦労がわかる気がするよ。いつでも相談においで?」
優しく微笑む八坂くんに彰仁がボッと顔を赤らめる。
「は、はい!」
「ちょっと彰仁! 相談することなんか何もないでしょ!? それに八坂くん! そういう冗談はやめてください! カッコいい先輩にそういうこと言われたら後輩なんかイチコロなんですからね!」
言えばレオがキョトンとした。日本語のやり取りについていけないからだ。
『意味わかんないけど、ヒナコって強いよね』
しみじみと言われて、私は顔を真っ赤にし、彰仁は呆れて大きく溜息をついた。
『強い女はカッコイイでしょ』
エレナさまがパチンとウインクをして見せるから、もう私とレオは天国行きだ。
八坂くんはそれを見て「やっぱり彰仁とは気が合いそう」と笑いながらつぶやいた。







