238.高等部三年 八坂くんファンクラブ
三年ではクラス替えがない。
今年のクラス委員は、昨年の学園祭の時に中心になってくれたおシャレな外部生たちが立候補してくれ、満場一致で彼らに決まった。
私も二階堂くんもベストになり、詩歌ちゃんも文化部長になったためクラス役員ができなかったのだ。しかし、文化祭以降団結力の強くなった私たちのクラスなら問題ない。
五月の中間テストが終わり、三者面談も受けた。今の成績のままであれば、第一志望の芙蓉学院大学部の希望学部に進学できそうだ。これで一安心だ。
お母様は塾を辞めてもいいんじゃない?と言われたが、このまま続けることにした。万が一、没落した場合に備えて国立大学を受験しておこうと思っているのだ。
これから先だって人生何があるかはわからない。経験者だけに実感がある。準備をしておいて損はない。
綱は当然進学については問題ない。第一志望にも手が届いているらしい。ただ、学院や塾からも難関校の受験をする様に促されているようで、複数校受けるのだという。受けるからには受かりたい、綱はシレっと言っていた。
今日は放課後クラスに残って八坂くん誕生日会の相談にのっていた。
前々からだが、私は学院内では八坂くんのマネージャーのようになっている。その関係もあって、誕生日会の準備には私も関わるようになっていたのだ。
今年は八坂くんのプレゼン用パワーポイントを作りたいのだという。
私が氷川くんの選挙の時に作ったパワポが好評で、同じようなものをファンクラブで作りたいとのことだった。
作り方を教えながら初めは一緒に作ることにしたのだ。
もちろん八坂くんの事務所には許可を取った。ついでに使用してもいい写真をお借りした。最終チェックはマネージャーさんがしてくれることになっている。
さらに、写真部からすでに校内での掲載許可が下りているものを貸してもらった。一応、ファンクラブに見せる前に内容を確認する。
中等部の写真部にも協力を得て届けてもらった写真をみて懐かしく思う。
あの体育祭でのゴリラ事件の私がブサイクな写真はそっとはずさせてもらった。せっかく、バナナで定着しているのに、今更ゴリラを思い出してほしくない。
マネージャーさんから借りた写真を広げ、慌てて一旦まとめ直した。マネージャさんの方はノーチェックだったのだが、ファンの子に見せたらまずいだろうと思うものが混じっていた。
デビュタントで踊る八坂くんと私の写真である。プロ仕様のその写真は、映画の中の一コマかと思わせるような出来栄えになっている。
な? いつ撮ってたの? プロ凄いわね? いや、写真はすごくいいと思うけど、ファンは見たくないでしょ? 好きなモデルが素人と密着してる写真!! マネージャーさん仕事しろ!
「あー、変な写真が混ざってたから、一回チェックするわね」
ヘラヘラと笑いながら、マネージャーさんから借りてきた写真をチェックする。中にある私の写真をすべて除いてからテーブルの上に広げた。
「わー! 晏司くんがいっぱい!」
「きゃぁ! かっこいい!」
晏司くんファンクラブの三年生の代表と二年生の代表が、頬を染めてはしゃぐ。
気持ちはとても良くわかる。写真になった晏司くんはとてつもなく美しいのだ。特に当時は全く気が付かなかったが、中等部の頃の晏司くんなどは本当に大天使で、同じ生物とは思いたくない。
最近の晏司くんは、いわゆるイケメン王子様だ。無表情も良し、笑顔も良し、ちょっと物憂い感じはさらに良し、どの角度からどう切り取っても完璧で、さすがエレナさまの弟なのである。
しかし、動くと残念というのはどうしてなのかしら? そう言えば、八坂くんはあんまりテレビに出ないわよね。動画は事務所NGなのかしら?
八坂くんはCMなどには出演するが、バラエティー番組には出ていないらしい。
「わぁ! これってデビュタントの写真ですよね!」
マネージャーさんが用意してくれた写真の一枚を手にとってファンクラブの子が歓声を上げる。
「本当に王子様みたい~」
ハートがブンブン飛んでくる。
「さっき、避けた写真も見せてください!」
目ざとく言われる。
「え? あの、あんまりいい写真じゃないわよ?」
「でも、事務所が許可おろしたんですよね?」
圧のある笑顔ですごまれる。どんな晏司くんも見逃したくない、そういう気迫だ。
「それにどんな晏司くんでも推せる自信があります!」
いやだからね、見せたくないんです。
「晏司くんの写真に悪い写真があるとは思えないです!」
そうね、晏司くんは完璧だと思うのよ。でもね? それ以外の要素がね?
「「お願いします!!」」
二人に頭を下げられて、オズオズと写真を出す。
「あのね、これ、深い意味はないのよ。主催が決めたことだし。八坂くんは悪くないの。見ても八坂くんを嫌わないでね」
「「きゃぁぁぁぁぁ!! デビュタントのワルツの写真!!」」
ハモる声にビクリと身を縮める。不機嫌になることを覚悟して、ギュッと心を堅くする。
「すてき! すてき! すてき!」
「あーん! お相手はやっぱり白山さんだったのね」
「童話の中の王子様とお姫様みたいです!」
「あの顔も、この顔も、白山さんだから……」
「「ありがとうございます!」」
逆に感謝されて驚いた。理解できずに目をパチクリさせる。
「どういたしまして?」
「この、この写真の顔のアップ、晏司くんの会報に載ってたんです!」
八坂くんが私の手の甲に鼻先を寄せている写真である。ワルツの始まりのワンシーンだ。
もともとの写真は私も映っている写真だったのだが、公式ファンクラブの会報では八坂くんの顔の部分だけ切り抜いて使ったのだろう。
たしかにデビュタントでは、たくさんのカメラマンが撮影していた。日本ではそれほど注目を浴びていないデビュタントだが、海外では大きな話題なのだ。
今年のドキュメントを撮影したり、エレナさまと八坂くんのワルツは海外のCMにも使われたらしい。
四人で撮った写真は、数ある写真の中の一枚ではあるが海外のファッション雑誌に今年のセレブの様子として掲載されていた。日本語版でチラリと確認したが良く撮れていた。
いろいろな用途で撮影されていたのだ。
「ああ~! 全体像が見れるなんて幸せ!」
キャイキャイと嬉しそうな二人を見てホッとする。
やっぱり八坂くんのファンはいい子ばっかり。流石よね。
しみじみと感心する。私だったら心穏やかでいられない案件だ。綱が他の子の腰を抱いて踊るだなんて、絶対に見たくない。
「でも、これは使わないでいただきたいの」
「なんでですか! すてきなのに!」
「だって、お二人はお優しいから受け入れられるかもしれないけれど、他の皆さんが快く思えるとは限らないじゃない? せっかくの八坂くんの誕生日に水を差すのは嫌だわ」
そう答えると、二人は顔を見合わせて笑った。
「わかりました」
「そういう白山先輩だから晏司くんに信頼されるんですね」
フフフと意味深に笑われて、キョトンとする。
「それにしても、この写真に許可が下りたってことは、事務所も公認ってことですね」
なんて恐ろしいことを!
「違います! 手違いです! 私はあくまで校内マネージャーです!」
両手を振って否定すれば、二人はクスクスと笑った。
「マネージャーは認めるんですね」
「ええ、もういいわ。全力でマネージャーするって決めてるのよ」
「白山さんがマネージャーになってくれて本当に良かったと思ってるわ。あのままだったらゾッとするもの」
三年生の代表が言った。彼女は大黒さんとのトラブルを知っているのだ。
私は思わず苦笑いする。
「八坂くんが学院で伸び伸び過ごせるのって、ファンの皆さんのマナーのおかげだとおもうの。これからも八坂くんの学院生活を皆さんで守ってくれたら嬉しいわ」
そう言えば、二人は静かに微笑んだ。
その後、八坂くんの誕生日パーティーは例年通り行われ、彼女たち主導で作ったパワーポイントは大反響。誕生日は大成功だったらしい。
後日、八坂くんにごきげんに報告されて私もちょっと嬉しかった。







