237.高等部三年 新歓パーティー
今日は芙蓉会主催の新歓パーティーである。
氷川くんを中心に頑張って企画してきたパーティーだ。
芙蓉会OBを招待し、食事を手配、会場を整え、いざ当日である。
きっと一年生たちは、緊張した面持ちで高等部芙蓉館の入り口に並んでいるだろう。
私もついこの間のように思い出せる。
大きなドアの内側には高等部芙蓉会並びにOBたちが並んで入場を待っている。新しい仲間を迎え入れる方は余裕もあり、楽しみでもあった。
修吾くんと彰仁がホールのドアを開けて、一年生の先頭に立ち入ってくる。
目があったら軽く会釈された。
修吾くんは無事高等部に進学してきたようで、私も一安心だ。
テニス界で邁進している彼にとっては、芙蓉学院高等部へ進学する必要はないかもしれないのに、律儀に私との約束を守ってくれたのだ。
緊張と昂揚でキョロキョロとする一年生たち。それがなんともほほえましい。パチパチと拍手で迎える。
今年の祝辞は氷川財閥総裁、要するに氷川くんのお父様だ。
乾杯の音頭を取るのは、SBテレビの島津社長、修吾くんのお父様である。
実はダメもとで島津社長にアポイントメントを取ったのは私である。
なかなか保護者として学院に現れない島津社長にも、修吾くんの生活も見てほしいと思ったのだ。入学式にも来ないとか、本当に頭にくる。
しかし、芙蓉会からの依頼であれば断らないと踏んだのだが予想通りだった。
今年ももちろん紙コップでの乾杯で、私はワクワクとしていた。
そう、一年生を嵌めるのである!
芙蓉会の新歓コンパでは、毎年新一年生に対してパーティーでの注意点を啓もうしている。
高等部にもなると、大人のパーティーへの準備が始まるのだ。飲酒を伴う不特定多数のパーティーでは、子供だけの場合とは違った危険もある。端的に実感できるよう、薬物に見立てたゼリービーンズを飲み物に入れ、注意を促すのだ。
私も何度か紙コップにゼリービーンズを入れる練習をしてきたのだが、どうにもうまくいかなくて、私は囮役を拝命された。
新一年生に話しかけ、注意をこちらに向かせるのだ。私と話に夢中になっているうちに、ほかの人が新一年生のコップにゼリービーンズを入れるという作戦である。
私や詩歌ちゃん、氷川くんや八坂くんなどは囮役として一年生の注意を引く。
詩歌ちゃんと二人で一年生に話しかけて歩く。綱は三峯くんと一緒だ。三峯くんはド派手なベストで目立っている。
キラキラした目で話を聞いてくれる一年生には申し訳ないと思いつつ、囮として会話を弾ませる。盛り上がっていれば、投入役の桝さんがそっとコップにゼリービーンズを入れていく。あまりにも呆気なくゼリービーンズを入れられてしまうのが面白い。
人は夢中になっているとこんなにも無防備なのかと、身が引き締まる思いだ。
彰仁と修吾くんも見かけたので、声をかけに行く。詩歌ちゃんはお花の関係者を見つけたようで、そこで別れた。
修吾くんは有名人だけあって、プロデューサーのP氏と話をしていた。
その内歌手デビューとかしちゃうのかしら? 歌は聞いたことないけれどダンスは上手そうよね。顔はもちろんいいし、性格は天使だし。
なんて、ミーハー丸出しで思う。
話が終わるまで待っていようとそばで様子をうかがっていれば、P氏が私を見て微笑んだ。
P氏は最近水谷千代子もプロデュースしたのだ。水谷千代子の名前を隠し、動画配信でヒットさせ、ヒット後に歌手名を公表し、若者層に水谷千代子を浸透させた。相当のやり手である。演歌歌手ではない水谷千代子の一面が見れて私も嬉しかった。
「白山姫奈子さん、ひーちゃん?」
初対面なのにそう呼ばれビックリする。
「はい」
「水谷さんから聞いてるよ」
「ちょこちゃんから!」
「可愛い子がいるんだって。うん、本当に可愛いね」
ビジネス用の顔で笑われて委縮する。
「ありがとうございます……」
「あと、晏司くんと仲良しなんだってね」
「はぁ」
返答に困れば、P氏は名刺を取り出した。
「芸能界に興味があったら連絡ちょうだい。君なら絶対に売れるよ!」
私も自分の名刺を出して交換する。
「白山茶房もよろしくお願いします」
「ああ、水谷さんがよく持ってくるやつだ」
P氏はそう笑って、ではまた今度と言いながら去っていた。
私は思わず長い息を吐き出す。なんだか疲れる人だ。
「姫奈子先輩は芸能界に興味があるんですか?」
修吾くんに聞かれる。
「ないわね」
即答すれば苦笑いされた。
「修吾くんは?」
「今はテニスに集中してます。仕事上必要なものだけ兄が厳選して持ってくるので、それだけは出ますけど」
「その辺は光毅さまに任せておけば安心よね。でも、修吾くんのCM、笑顔がとっても素敵だから、もっと見たい気もするわ」
「ありがとうございます! カメラの向こうに姫奈子先輩がいると思って撮りました!」
修吾くんは全開笑顔を向けてくる。
修吾くん、だいぶ大人っぽくなったのに、それはズルいわ……。
天使が天使のまま大きくなってしまった。
こんなに素直な子、簡単に薬物を入れられて、拉致されてしまうのでは……。
私の心配をよそに、彰仁と二人リラックスした様子で新一年生の話などをしてくれる。
ほら、話に夢中になるから、彰仁ともども簡単にゼリービーンズを入れられてしまっている。
「姫奈子先輩、どうかしました?」
修吾くんに問われてギクリとする。
「いいえ、なんでも」
にっこり笑えば、修吾くんもにっこり笑い返してくれて、心がちょっと痛んだ。
そうこう話をしていれば、島津社長までやってきた。
修吾くんは一瞬微妙な顔をした。彰仁は心配げに修吾くんを見る。
「白山姫奈子さん、どうだね。うちの修吾はお眼鏡にかなっているかい?」
意味深な笑顔で尋ねてくる。
「はい。期待以上の成果です!」
にっこりと答える。
正直、修吾くんのスポンサーにはなったが、それで利益を増やそうとは考えていなかった。多すぎる収益を吸収できればいいと思っていたのだが、思った以上に効果が出ている。
若い女の子を中心に、修吾くんのユニフォームと同じロゴ目当てに瓶詰めアラレの売れ行きが好調で、おじいちゃんおばあちゃん世代には孫を応援している気分になるのだろう、試合の前後でたい焼の売り上げが伸びるのだ。
「それはよかった」
島津社長はそういうと、修吾くんの頭をポンと叩いた。
「頑張ってるな」
そういうと颯爽と去っていく。
修吾くんは驚いた表情でポケッと自分の父の背中を見ていた。
「良かったな、修吾」
彰仁がボソッと言って、修吾くんは困ったように唇を噛み俯いた。
「うん」
私は言葉少な気な二人のやり取りを見て、少し羨ましくなった。言葉のいらない男同士の友情って、良いものだと思う。
私が言葉を挟むのは無粋な気がして、紙コップのジュースを一口飲む。
……甘い。
誰かが私のコップにもゼリービーンズを入れたらしい。でも、ネタ晴らしはまだだ。ちょっと眉をしかめれば、彰仁の後ろで一条くんが笑った。
ちゃっかり詩歌ちゃんと談笑なんかしちゃって。犯人め、覚えておれ。
そう思って思わず睨めば、一条くんの隣にいた綱が肩をすくめる。
あれはきっとお小言が待っている。緊張感が足りないと絶対に言われるやつだ。
ちょうどそこで、ネタ晴らしが始まって、修吾くんと彰仁が驚きあう。
「姫奈子! 嵌めたな⁉」
彰仁が憤慨する。
「あらぁ? なんのこと?」
ニヤニヤ笑えば、修吾くんが笑った。
「犯人が姫奈子先輩なら逆に嬉しいですよね」
「!!」
さわやか笑顔で繰り出してくるとは思えない爆弾に、彰仁とともに被弾した。
「ほんとーに! 変な人に誘拐されないように気を付けて!」
真面目な顔で、修吾くんを注意すれば修吾くんは素直にハイと頷いた。







