236.高等部三年 彰仁の入学式
今日は彰仁の入学式だ。
私と綱は生徒会執行役員ということもあり、少し早めに家を出た。
今年から執行役員のため制服の着用ベストは自由になる。初日の今日は襟もとに白いラインの入った芥子色のVネックのベストだ。ダイヤ柄の網目模様が中央に入っている。お父様からのお祝いである。
私がベストに入ることが決まった時、白山家は大喜びだった。中等部執行部だった彰仁と私、姉弟二人とも芙蓉学院で生徒会執行部とは白山家にすれば大快挙である。
ちなみに、ベストへのお祝いだと言って氷川くんからはバナナの織りの入ったベストを、八坂くんからは自分がモデルをしているブランドのベストを貰った。
執行部のベストは派手でかまわない。逆に他の生徒と違いが分かるように派手目の物を選ぶのが伝統なのだ。権利を得るためには責任をもて、という意味もあるし、生徒会を目指してもらうための仕掛けでもある。
綱も新しいベストを着ている。これもお父様から送られたものだ。私と色違いのメンズで、白いラインに紺の生地で綱らしい。
新しいベスト、首元には葵先輩のネクタイ、胸には淡島先輩の芙蓉の花のポケットチーフ。
背筋がシャンと伸びる。責任と同時にベストになれた自分に誇りを感じる。
昔は芙蓉会も執行部も面倒としか思えなかったけど、これで少しは綱に釣り合うかしら。
淡島先輩から、「芙蓉会をよろしく」と渡されたポケットチーフは私に自信を与えてくれた。紫ちゃんのオマケではなく、私が芙蓉会として認められたのだと、淡島先輩からベストを任されたのだと思えるようになったのだ。
がっかりさせないように頑張らなくてはいけない。
高校最後の一年、芙蓉会に恥ずかしくない、そして綱に振り向いてもらえるような人間になりたいと思った。
入学式が始まった。
在校生を代表して氷川くんが挨拶をして、新入生代表として修吾くんが挨拶をした。
修吾くんはテニスの好成績もあって、今や日本で人気のアスリートだ。芙蓉学院としては宣伝として使いたくても当然だ。
無事に入学式を終え、家族で写真撮影をする。
私の入学式の時も大騒ぎだったが、今回はさらにひどい。お母様が大興奮だ。
先ずは彰仁一人の写真を撮ってから、私たちに声をかける。
「ほらほら、彰仁ちゃんとして。姫奈子はこっち、反対側に綱守くん。綱守くん、ごめんなさいね。ちょっと付き合って欲しいの」
「私も彰仁さまと一緒に写りたいので光栄です」
「まぁ! 嬉しいわぁ! 彰仁、良い姉と幼馴染を持ったわね」
彰仁を中心に、綱と二人で立つ。ベストに挟まれた彰仁は周りからチラチラとみられ気まずそうだ。三人で写真を撮り、そこへ両親が入り写真を撮る。
光毅さまと修吾くんがやってきて、修吾くんとも一緒に写真を撮った。
何しろジャパンオープン準優勝、新入生代表の島津修吾である。注目が痛い痛い。
その上、そこに八坂くんと氷川くんまでやってくる。
「姫奈ちゃん、僕の贈ったベストじゃなーい! 今日おソロになるかと思ってたのに!」
確かに八坂くんは私に贈ってくれたベストのメンズ物を着ている。相当お気に入りのベストを贈ってくれたようだ。
「晏司も贈ったのか!」
「も、って和親も? なになに~?」
八坂くんが意地悪に茶化す。
「お、俺は、初めてベストで協力してもらえるからだな」
「収賄のようですね」
修吾くんがチクリと口をはさんで、氷川くんが言葉を失う。光毅さまが噴出した。
八坂くんは聞こえなかったかのようにすべてスルーだ。
「しかも生駒とイロチ!」
八坂くんが綱を見る。綱は澄ました顔で答える。
「旦那様が記念に私たちにくださったのです」
「ああー、なら仕方がないよね。彰仁の入学式だし。彰仁おめでとう!」
八坂くんはそういうと彰仁の背中をポンポンと叩く。
「ありがとうございます!」
彰仁は昂揚した顔で頭を下げる。
「彰仁、俺も楽しみにしているぞ」
「ありがとうございます!!」
氷川くんの言葉に、彰仁が体育会系挨拶のように声を張り上げガバリと頭を下げる。
彰仁ってば大袈裟よねー、と思いながらお母様を見れば、目頭をハンカチで押さえていてギョッとした。
遠巻きに見ている人の数も増えている。
「な、なんか、恐ろしいことになってない?」
こそっと綱に耳打ちする。
「本当ですよね。氷川くんや八坂くんには自重してもらいたいものです」
綱も小さくため息をついた。
三年になっての登校は彰仁と綱の三人で一緒である。
途中の駅から彰仁の友人が乗ってくるので、彰仁はそちらに合流する。
やはり姉と一緒に登校というのは高校生男子としては気まずいらしい。
帰りは友達と帰ると言われた。
フンフンと鼻歌交じりで駅のホームで朝の電車を待っていれば、彰仁が嫌そーな顔で私を一瞥した。
「ごきげんできもちわりー」
相変わらずな言いようである。
「機嫌が悪いより良いでしょ?」
答えれば無視された。反抗期そろそろ終わってもいいんじゃないの?
フンと顔を背ければ、丁度電車が入ってきた。
雪崩出る人混みを見送って、電車に乗り込む。
彰仁が私に席を譲ってくれたから、大人しく席に座る。口は悪くても案外優しいのだ。
目の前に彰仁、彰仁の横に綱。二人のカバンを預かって膝に置く。
最近は自然とこうなることが多い。
いつの間にか彰仁にも背を越されてしまったな、そう思いながら彰仁を見れば、彰仁にチッと舌打ちされた。
「なによ」
「姫奈子、あんまり人、見過ぎんなよな」
「なんで?」
彰仁は言い淀み助けを求めるように綱を見た。
綱は長く息を吐く。
「私たちは慣れているからいいですが、他の男性にすると好意があるのではと勘違いするかもしれません」
「そうだぞ! 間違っても新入生とかにするなよな! そうでなくても姫奈子はさぁ……」
「なによ」
「なんか、俺、姫奈子の弟で羨ましいとか言われてんだぜ? 信じられるか? ムカツクから『あんなのどこがいい』って聞いたら、女子から大ブーイングされたんだけど!」
「それは、あっくんが悪いんじゃない? お姉さまにそういう態度はよろしくないわ?」
ニヤニヤと答えれば、ギンと睨まれた。
「学院内でそう呼んだら口きかねーからな!」
「彰仁の怒りんぼ」
「でも、言っていることは正しいですよ。気をつけた方がいいと思います」
ツンとして綱が言う。お説教モードである。
「へっ! ザマァ!」
そう言って彰仁は私から自分のカバンを奪い取った。
丁度友達が乗り込んでくる駅についたのだ。
彰仁は友人たちと合流していく。私はその背中を見送った。
「しかたないけど、ちょっと寂しいわ」
同じ車両にいながら、男友達とワイワイ楽しむ彰仁を見ながら思わずぼやけば綱が笑った。
それを見てハタと気が付く。
「もしかして綱もそうだった? 友達と一緒に登校したかった?」
オズオズと窺い見れば、綱が肩をすくめて笑う。
「そんなことないです。姫奈と一緒が楽しいです」
何気ない一言に、ズキュンと胸が撃ち抜かれる。
だって、綱はもしかしたら、私の気持ちに気付いているかもしれない。
進路の話をすれば、当然のように一緒の未来を口にする綱。気持ちを知った上でそう言うのなら、期待してしまいたくなる。
だけど、綱はそれ以上は踏み込まない。
一緒にいれば楽しいと言ってくれる、ご飯は美味しいと言ってくれる、でも、それだけ。それ以上はない。
もう一歩、そう手を伸ばそうとすると、手を伸ばせないように表情を隠す。多分、ワザとそうするのだと思う。長い付き合いでわかってしまうのが少し悲しい。
迷惑なのかな。でも、楽しいという笑顔は嘘だと思えないんだけど。
私は小さく息を吐き、物憂げな気分で綱を窺い見る。少しでも綱の気持ちが知りたい。
「そういうのは自重したほうがいいですよ。さっきの話を聞いてましたか?」
憎々し気に吐き出す声。
「綱と彰仁にはいいって話だったじゃない」
「どうしてそういう理解になるんです」
綱はムッとした顔をしてオデコを人差し指でついた。
痛い。でも、触れられて嬉しい。ニヘラと頬が緩んでしまい、表情を隠すように悪態をつく。
「綱の意地悪」
唇を尖らせてみせれば、綱なんて飄々としている。
「ほら、もう降りますよ」
電車が緩やかに止まって、ワラワラと人々が立ち上がる。
私も立ち上がれば、綱もいつもと同じようにスルリと自然に後ろに立った。
やっぱり綱の気持ちはわからない。
ため息をつきながら人の波に流される。
そっと首筋に触れる声。
「もしかして誤解させたいんですか?」
ゾクリとして首筋を押さえる。綱の声の触れた場所から、どんどん熱が上がってくる。
「あ、や、……」
振り向けない。答えられない。
「どうしました? 行きますよ?」
横に並んだ綱の横顔を覗き見る。
悪戯が成功したかのように薄く笑う笑顔に、恐いと思いつつ見惚れてしまう。
私、ヤバい人、好きになっちゃったのかしら?







