233.高等部二年 修学旅行 2
今日は朝からパリ市内観光だ。バスの中から凱旋門を見学し、シャンゼリゼ通りとコンコルド広場を通る。
エッフェル塔ではバスから降りてみんなで記念撮影だ。そのあとは、ルーブル美術館の見学である。映画で見かけたガラス張りのピラミッドに大興奮だ。解説員付きの見学で、ルーブル美術館の有名作品を見学する。知っているものばかりなので興味をもちやすい。
記憶していたイメージと違ったり、意外なサイズ感だったりと実物を見ることの大切さを実感する。
昼食はレストランでフレンチを食べ、午後からはベルサイユ宮殿へ観光である。
ベルサイユ宮殿はひたすらに大きかった。イヤフォンガイドをつけ、順番に見て歩く。
ブルボン王朝と言われてもお菓子しか想像できない貧弱な想像力の私でも、当時の宮廷生活がいかに豪奢であったかよくわかる。鏡の回廊の豪華絢爛さと言ったら、言葉も出ないほどだ。高い天井、煌めくシャンデリア、600枚の鏡が反射して、今にも鏡の世界に吸い込まれてしまいそうだ。
エレナさまのたたずむ姿を見てみたい。今風のカジュアルな服装でも格好いいだろうし、マリー・アントワネットのような豪華なドレスも見てみたい。いや、意外にフェルゼンな男装も捨てがたいかも。
「姫奈ちゃん?」
詩歌ちゃんに不思議そうな尋ねられ、ハタと気づく。
「うーちゃんのドレスもいいわね?」
「? 何のこと?」
「ここで、エレナさまとうーちゃんが踊ったら素敵ね、って思ったの」
「私は姫奈ちゃんとがいいわ」
詩歌ちゃんが笑ってキュンとする。何この子、恐ろしいほどかわいい。
宮殿の中を見学したら、庭園の見学だ。三月のフランスはまだとても寒い。庭もまだまだ殺風景で、少し寂しくおもう。計算し尽くされた人工的な庭園は、王の権力を象徴し圧巻だ。
「整いすぎていてちょっと息苦しいわ」
広大な庭を前にして詩歌ちゃんが言った。私には全然ピンとこないけれど、きっと詩歌ちゃんには思うところがあるのだろう。
「お花がいっぱい咲く時期に来たかったわね」
そういえば詩歌ちゃんがコクリと頷いた。
翌日はパリ市内を自由行動する。各有名観光スポットには先生がいて、チェックを受けることになっていた。シテ島のコンシェルジュリーは全員必須のチェックポイントである。
まずは、パッサージュと呼ばれる屋根付きの商店街へ行ってみる。私と詩歌ちゃんが向かったのは、オペラ・ガルニエ宮の近くにある「ギャルリー・ヴィヴィエンヌ」だ。綱たちは行動が別なので、各々お土産を持ち寄る約束になっていた。
ガラス天井から差し込む日の光が、冬だからか一段と暖かく感じる。
美しい彫刻の施された入り口の両側にはオープンカフェ。モザイク模様の床に、凝った装飾。レトロで贅沢な空気を肌で感じる。おもちゃ屋さんや、古本屋さん、カフェやブティックなどディスプレイも様々で、ウインドーショッピングするだけでも楽しい。
詩歌ちゃんが行きたいと言っていた、『花の彫刻家』と呼ばれる人のアトリエ兼お店に入ってみる。生花に見間違えるほどの造花を手掛けているそうだ。
詩歌ちゃんは、キラキラとした目でお店の中をくまなく見ている。造花とポプリを組み合わせた花瓶のセットなど香りも華やかだ。
「もう買っちゃったら持って歩くの大変よね?」
あきらめようとしているのか、ポプリの入った花瓶を見ながら詩歌ちゃんがつぶやいた。
「こっちのアロマホルダーはどう? これなら多少揺れても平気じゃない?」
私が詩歌ちゃんに薦めたのは丸いガラスに造花が閉じ込められたキャンドルスタンドだ。決して大きいサイズではないし、造花が折れたりポプリがこぼれる心配もない。
それにこれなら、無精者の私でも枯らすことはないし、ガラスを拭くぐらいなら私にだってできる。
詩歌ちゃんはそれを見てパァァと顔を明るくした。
「うん、そうするわ!」
詩歌ちゃんは黄色いプリマローズ、私はピンクのプリマローズのアロマホルダーをお土産に買う。
「どこかでアロマキャンドルも探したいわね」
私が言えば、詩歌ちゃんが「マルシェにあるかしら」なんて言って、二人でワキャワキャとはしゃいだ。
雑貨屋さんでは、アクセサリーや文房具を買って、紫ちゃんや明香ちゃんのお土産にする。
電車に乗ってバスティーユ広場へ向かい、マルシェで軽食。塩バターとチョコレートとジャム、とにかくいろいろなものを見て歩く。旅行中のおやつにだとか、綱にわけてあげるんだとか、言い訳しながらいろいろ買った。
そのあと、電車でシテ島へ向かう。シテ駅から出て振り返る。狭い入り口を入っていき、ビニールハウスの花市を覗けば、詩歌ちゃんが瞳をキラキラと輝かせた。植木鉢がたくさん並び、素朴な花々が置かれている。三月だからか、花は少なめだが緑があふれている。
花と一緒に小動物も売られているので、小鳥の鳴き声が響き、ここだけまるで小さな森のようだ。
「町でこんなにお花が売られているのがうれしいわ」
詩歌ちゃんが楽しそうに見て歩く。売られている花は、その場所その場所で特色があるらしく、そういうものを見て歩くのも楽しいのだそうだ。
「季節によっても違うし、場所によっても違って、ここではこんなお花が愛されてるんだなって、そういうのが楽しいの」
私は楽しそうな詩歌ちゃんを見ているだけで幸せである。花の少ない植木鉢は、私にとっては草にしか見えないけれど、詩歌ちゃんに聞けばどんな花が咲くのか教えてくれる。
花市を見てから、シテ島の観光だ。コンシェルジュリーがチェックポイントなのでとりあえずそこへ向かう。入り口の先生にチェックをしてもらい、中を観光する。牢獄をチェックポイントにする先生たちのセンス、ちょっと謎だ。
コンシェルジュリーを観光してから、同じ敷地内のサント・シャペルへ向かう。ゴシック建築の教会堂は、荘厳で立派だ。パリ最古のステンドグラスが有名で、私もこれは見てみたかった。
列に並んで、入場を待つ。まずは下層礼拝堂から見学だ。青い天井には星のような模様があり、夜のように落ち着く。これが身分の低いもの専用の礼拝堂とは、当時の文化の成熟度と豊かさを想像してしまう。
次に螺旋階段を上って、王侯貴族専用の上層礼拝堂へ向かう。やっと中に入ったところで、人ごみの中に綱を見つけた。
ギュゥゥゥと胸が締め付けられる。
ステンドグラスを見ているのだろう。上を向いた綱の髪にキラキラと色鮮やかな光のシャワーが降り注ぐ。綱の黒髪が七色に光っている。
「カラスの濡れ羽色ってきっとこんな色ね」
思わずつぶやく。
こんなにたくさん人がいて、それでも見つけてしまう。ここにいるなんて知らなくても、それでも見つけてしまう。
うれしくて。でも切ない。人ごみの中、駆け出すわけにはいかない。それに、綱はきっと気が付かない。同じ場所にいてもすれ違ってしまう。私だけが知ってる。
同じ制服を着た女の子が、綱に話しかける。綱はそれにこたえるように、そっと視線を下ろした。
その瞬間、綱と目があった。
綱があられもなく破顔した。
それがあまりにも意外過ぎて、胸がバクバクと音を立てる。ステンドグラスのあふれる光が万華鏡のように散らばって、くらくらとする。
気が付いた? でも、なんで、あんな。あんな、嬉しそうに笑うの。そんな顔、私に会えて喜んでるみたいな。私のこと、好きみたいな。
なぜだか泣きたくなって詩歌ちゃんをすがるように見た。詩歌ちゃんは小さく笑って、綱のほうに目線をおくる。私もつられてもう一度綱を見れば、綱の後ろにいた三峯くんが手を振った。
私と詩歌ちゃんもそれに手を振り返す。
三峯くんと綱は見学が終わり、礼拝堂から出て行ってしまった。
「会えちゃった!」
思わず顔を押さえる。この先の遅い昼食でご飯を一緒にする約束はしていたのだ。でも、不意に会えたことが、思った以上にうれしかった。
「運命みたいね」
詩歌ちゃんがいたずらっぽく笑う。
「ぇ、えぇぇ?」
困惑する私の背中を詩歌ちゃんが優しく押す。
「ほら、アダムとイブよ」
詩歌ちゃんはそう言ってステンドグラスを指さした。細かいステンドグラスのいったいどこにアダムとイブがいるのかわからない。光の洪水に、高すぎる天井に、圧倒されて言葉もない。
「エデンから追放されても、二人だったら幸せだったと思うの」
詩歌ちゃんが言った。
「そうね。私もそう思う」
私は、難しいことはよくわからない。
そうだったらいいと願うだけだ。







