232.高等部二年 修学旅行 1
修学旅行の前日。ホワイトデーのお返しを配り終わったところだ。
綱はもう少し時間がかかりそうなので、私はスンとした目でそれを見ている。
私たちのグループはホワイトデーを修学旅行中に迎えるため、事前にお返しを配るのだ。氷川くんや八坂くんも同じグループだから、学園がわざと日程を当てたのかもしれないと思うのは勘繰りすぎだろうか。
桝さんが綱の背中を見てふと足を止めた。
むしゃくしゃするから、八つ当たりに行ってみる。
「桝さんは修学旅行、中国なんでしょ?」
「はい」
「お土産、月餅でいいわよ」
「わかりました」
素直に答えるから拍子抜けする。
「そのかわり、い、い、い、生駒くんにもあげてください」
「なんで私が」
「断るなら、直接渡しますけどいいんですね」
「もっといやよ!」
即答すれば桝さんが小さく笑う。
なんだか私のほうが揶揄われている感じだ。おかしい。
「……私も何か買ってくるわよ。何がいい?」
「あ、あ、あなたがおいしいと思うものがいいです」
そんな風に言われて、なんだかうれしくなってしまう。私の選んだものがいいなんて。
「なんでそんなに素直なのよ」
「私もいろいろ学んだんです。あなたもいい加減大人になったらどうですか」
軽くあしらわれ、ウッとなる。
なによ、彰仁に続いて桝さんまで、大人になろうっていうの? そんなの許さないんだから。
「桝さん。月餅が欲しいの。買ってきてください」
「だから、いいって言いました」
「月餅でも」と「月餅が」では、私の中では違うのだ。だって桝さんはちゃんと言った。
「メーカーはメモ渡すわね」
「面倒なのはお断りです。空港で平積みされたのを適当に買ってきます」
「綱にもあげるんでしょ?」
いえば、桝さんは忌々しそうな顔をして思いっきり私をにらんだ。
「……今メモください」
「ちょっとまってよ」
慌ててメモ帳を取り出して、桝さんに書いて渡す。連絡先を教えるほど私たちは仲良くない。でも、こういう人なんだなと、少しずつ分かってきた。
「気を付けて行ってきてください」
桝さんが言うからびっくりした。
「そう、生駒くんに伝えてください」
つづけられた言葉に、少し笑えた。
「桝さんも気を付けて」
私が言えば、桝さんは小さく頷いた。
そして、本日のお昼休み。
ちょっと、ちょっとだけ私は期待した。
そう、綱からお返しがあるんじゃないかなー、なんて、ちょっとだけ思った。だから芙蓉館で弁当を食べることにしたのだけれど、見事に空振りだ。
夕方、修吾くんはわざわざお返しを届けてくれたのに、だ!
綱にはバレンタインをあげてないことになってるわけだし、期待するのが筋違いだといえば筋違いだ。でも去年はくれたのに、なんだかしょんぼりしてしまう。
夕飯後に彰仁と二人で駄菓子のお返しはしてくれた。
だけど、それは義理チョコへのお返しなのだ。これで忘れていないことがはっきりした。ホワイトデーだと知っていて、今年はお返しがないのである。
本命だと言わない私が悪い? ええそうよ! でも、だって、本命だったら受け取らないって、綱が言ってるんだもん。仕方ないじゃない……。
半べそをかきながら、引き出しの中のお守りを見る。綱の名前が私の字で書いてある。
綱の幸せを願っているのは嘘じゃない。
だけどがっかりしてしまう。
「綱のばか」
ぼそりとつぶやいて引き出しをピシャリと閉めた。
修学旅行が始まった。
フランス組は二班に分かれ、一日ずらしての出発だ。
氷川くん、八坂くん、三峯くん、詩歌ちゃんと綱と私は同じB班で後半組。エコノミークラスでの機内泊で四泊六日の強行軍である。
プライベートジェットを持つ氷川くん、耐えられるのだろうか。
パリに到着してすぐに、シャルトル大聖堂へ向かう。全員で見学と記念撮影をして、その後はモンサンミッシェルで宿泊だ。翌日は朝からモンサンミッシェルを観光し、その後パリに戻ることになっている。
朝食バイキングのパンのおいしさに満足しつつ、時差ボケで眠い目をこする。
今日は楽しみにしていたモンサンミッシェル修道院だ。午前中は全員で修道院を見学し、その後は城内のメイン通りのグランド・リュで少しの自由行動がある。
昼食は再度集合しみんなで食べる。その昼食が有名なオムレツ店なのだ。なんといってもふっわふっわのオムレツなのである。ふっわふっわなんである。
眠い目をこすりながら修道院を目指し坂道を歩いていく。急な階段を登りきり入り口の門へつく。うっかり振り返ってみれば怖くなるほどの傾斜だ。すぐ後ろに立っていた綱と目が合って、クラリとする。
「気を付けてください。「ル・グフ」は奈落という意味らしいですよ」
綱の何気ない言葉に、恋の奈落に落ちてしまいそうだ。
悔しい、ホワイトデーくれなかったのに! 私ばっかり好きだとか、本当に腹が立つ。
「お手をどうぞ、お姫様?」
前にいた八坂くんがキラキラと振り返る。
「朝からまぶしいです八坂くん。あと大丈夫ですので前向いて」
目を細めて答えれば、ちぇーなんて唇を尖らせる。
修道院では専門のガイドが日本語で詳しく説明をしながら、中を案内してくれる。
大階段を上り展示室を見学する。
テラスから見る景色はなんだか不思議だ。美しく開けた世界は晴れやかなのに、なぜだか少し物悲しい。監獄だった過去を知っているからなのだろうか。難攻不落というのは心強いようでいて、結構孤独だとも思う。
頂上にある大きな教会のファサードに圧倒される。建築様式の入り混じった建物は歴史の古さを実感させる。
修道院の回廊では、氷川くんが丁寧に建築方法などを説明してくれた。柱がずれているのはデザインではなく強度を上げるためだとか、勉強になる。
礼拝堂を通り、納骨堂にある大車輪をみる。巨大な車輪には囚人が六人入って回していたと説明されたけれど、うまく想像ができない。
ハムスターが数珠つなぎに六匹つながって、押し合いへし合い車輪を押している姿を想像して、思わず頬が緩んだ。少し不謹慎だと自分でも思って頭を振れば、三峯くんがスッと横に立った。
「納骨堂とは名目ばかりで下に死体を捨てていたらしいよ」
思わずヒエッと床から足を上げた。
「どうしてそういう、なんか微妙な情報を教えてくれるわけ?」
「いや、なんか楽しそうだったから緊張感が必要かなって」
にやにや笑う三峯くんにムッとしつつ反論できない自分である。
騎士の遊歩道で私と詩歌ちゃんはパワースポットだという岩の露出した壁に触ってみる。ひんやりとした冷たさが手のひらから伝わって、背中がシャンとする気分だ。この岩はずっと昔から、ここの歴史を見続けてきた。
騎士の間の円形の窓から差し込む光が、天井を見上げる氷川くんを照らし出す。
八坂くんと二人でそうやって立ち並ぶ姿を女子たちがチラチラとみている。多分、騎士姿の二人を想像してるのだろう。
私も想像してみたが、なんだかコスプレチックな想像しかできなくて、ちょっと微妙だった。うん、想像力貧弱。
修道院での見学が終われば、しばしの自由時間である。グランド・リュと呼ばれる石畳の狭い道の両側には、お土産屋さんや食べ物屋さんがひしめき合っていた。
「キャラメルと、塩と、クッキーを買うのよね?」
詩歌ちゃんが笑う。
「そうそう! それでね、テイクアウトのガレット!」
二人でキャーッとはしゃぎガレットのお店へ向かう。列に並びながらこの先の予定を決めて、食べ歩きながら小道を歩く。途中で三峯くんにカメラを向けられたから、詩歌ちゃんと二人でバイバイと手を振った。三峯くんは配信用の素材を集めているのか動画撮影に熱心だ。
同じ芙蓉生に途中ですれ違い、お互いにお店の情報を交換したり。八坂くんを見かけなかったか聞かれたり、氷川くんがどこにいただとか教えられたり、そんな些細なこともなんだかおかしかった。
町歩きを楽しんで、少し遅いお昼に集合だ。
有名なオムレツ店では入り口で作っている様子を見ることができる。ふわっふわにホイップされたメレンゲをかまどで焼く。シンプルなオムレツにしては強気な価格だ。
観光地ってこともあるけど、ブランド強化って重要なのね。あと、この特別なイベント感っていうのもいいのかも。
職人の技を目に焼き付けようとジーと観察する。手作業でのメレンゲ作りってつらいのよねぇ、筋肉痛になりそう。強気価格でも当然か、などと思いながら足を止めていれば、コツンと頭を小突かれた。
こんなことするのは綱くらい。
そう思ってドキドキしながら振り返れば、やっぱり綱だ。
こんなに簡単に触れないでほしい。ホワイトデーくれなかったくせに!
思わずふくれっ面を向ければ、綱は不思議そうな顔をする。
「熱心なのは良いですが、そろそろ席につかないと」
綱の声にハッとなる。
「そうよ! 味だって覚えて帰らなくちゃね」
「再現するおつもりですか?」
「当り前じゃない。綱にも味見してもらうんだから、ちゃんと覚えてきて頂戴ね」
いえば綱が珍しく素直な感じでほほ笑んだ。
やだ、ちょっと、かわいいじゃない? 修学旅行で綱まで浮かれてるのかしら?
バクバクしながら席に着き、オムレツのコース料理をランチに食べる。ソースのかかっていないシンプルなオムレツだ。たっぷりとバターが香る。
「やっぱりバターはケチっちゃだめよね」
そう言ってパクつく私をみて、詩歌ちゃんが小さく笑った。
モンサンミッシェルでの観光の後は、そのままバスでパリのホテルに向かう。
長い移動の間にゆっくり休んで、英気を養う。
明日からはパリでの見学が待っているのだ。







