228.バレンタインの準備です
時は二月の初め。場所は芙蓉館の調理室。お揃いのエプロン姿の葵先輩と紫ちゃんに思わずニッコリしてしまう。うん、乙女。
「去年、紫が手作りチョコレートを贈ったって聞いたの」
ある放課後のことだった。
赤い顔、いつもの堂々とした姿からは想像できないキョロキョロした目の葵先輩に、淡島先輩でなくとも鼻の下を伸ばしてしまう。
「でも、私、実はあまり料理が得意ではなくて……」
小さくなっていく声に、キューンと胸が高鳴ってしまう。
ああ、葵先輩がカワイイ。完全無欠の淑女でも苦手なことがあるなんて。
「おまかせください!」
思わず力こぶしを作ってしまう。
というわけで、今日は葵先輩と紫ちゃんとバレンタインのプレゼント作りだ。
「今日はキッシュを作りたいと思います!」
コピーしてきた手描きのオリジナルレシピを二人に配る。
「キッシュ? チョコレートじゃなくて?」
紫ちゃんがキョトンとした。
「うん。淡島先輩、甘いものあまり好きじゃなかったでしょう?」
そう答えれば、葵先輩が少しだけ眉をひそめた。あなたに言われたくないわ、というところだろうか。わかりやすくて可愛らしい。
しかし、突くのは怖いので気が付かなかったふりをする。
「なので、甘くないものにしてみました」
「……そう……」
葵先輩は何やら気分が乗らないらしい。ふむ、と考える。
定番はお菓子。葵先輩が作ったものなら甘いチョコレートでも淡島先輩は美味しいって言って食べてくれるとは思うのよ。
でもね。
「折角食べてもらうなら美味しいと思って欲しいと思って。苦手なものは避けた方が良いと思ったんですけど、チョコレートが良かったですか?」
「……いいえ。あまりバレンタインっぽくないと思っただけよ」
「大丈夫ですよ。ちゃーんとバレンタイン仕様になります! しかも簡単なのに難しそうに見えます!」
誰にでも作れる簡単なレシピを用意したのだ。
市販のプチタルトのカップを使うから生地を作る必要はない。しかもハート型なのでこれを使うだけでバレンタイン仕様だ。
「ほうれん草を洗って切ります」
恐々とほうれん草を切る葵先輩。こちらの方が怖くなる。それでも口を出さないよう、我慢我慢だ。彰仁に教える時、口を出し過ぎて怒られたことがあるからだ。
「あと、ベーコンをサイコロ状に切ってください」
厚切りベーコンを紫ちゃんに切ってもらう。今回の材料は奮発した。別荘地にあるお気に入りのチーズ屋さんから取り寄せたチーズと生クリーム、同じく別荘地のベーコン。それに自然飼育で育てられた鶏から生まれた卵と、白山グループの契約農場で育てられた有機栽培のほうれん草。素材さえよければ、大抵おいしくできるものだ。
「ほうれん草とベーコンを軽く炒めて……生地が甘いので塩コショウを少し多めに振ります」
取っ手の外せるフライパンに、取っ手を二つつけてしまう。一つは葵先輩に持ってもらい、片方は私が持つ。芙蓉館はIHだから、そうそう火事の心配はないけれど、火傷でもさせたものなら淡島先輩に大目玉を食らいそうだ。
「卵を溶いて牛乳と生クリーム、チーズを入れてよく混ぜます」
「混ぜる時は、好き好き、っていうのよね?」
紫ちゃんが悪戯っぽく笑う。
「ちょっと、紫!」
葵先輩が顔を真っ赤にする。
「去年、姫奈ちゃんに教わったの。秘密のお呪いなのよ?」
「そうです。秘密のお呪いです。美味しくしたいなら唱えてください」
紫ちゃんと二人でニヒニヒ笑えば、葵先輩はゴニョゴニョと口の中で唱えながら卵液を混ぜた。
「プチタルトのカップにほうれん草とベーコンを入れて、上から卵液をかけて、後はトースターで焼き目が付くまで焼きます」
チンと音を立てて焼き上がる。
出来上がったハートの縁を、ケチャップで赤くなぞれば赤と黄色のハートの出来上がりだ。
「こ、これを、私が風雅にあげるの……?」
赤く縁どられたハートに戸惑う葵先輩がかわいい。
「喜ぶと思いますよ」
私が言えば、紫ちゃんもウンウンと頷く。
「とりあえず、試食しましょうか」
三人で出来上がったキッシュを食べてみる。
自信のチーズとベーコンと卵である。ちゃんと美味しい。
「甘じょっぱくて美味しい!」
紫ちゃんが燥ぐ。
「具をコーンとツナにすれば缶詰開けるだけで出来ちゃうの」
私が答える。
「これなら私も頑張れそうね」
葵先輩が満足げに笑った。
「結果報告をお待ちしてます」
そう言えば、葵先輩は恥じらうように「頑張るわ」と笑った。







