224.高等部二年 お正月 2
キッチンで彰仁と二人、飲み物を用意する。
「レモネードを二つに、緑茶と……水羊羹と。彰仁も水羊羹食べる?」
「食べる」
「水羊羹ぶん緑茶も用意しておこうかしら?」
「ああ、いいんじゃねーの」
彰仁が脱力した声で答えた。
「なぁ、姫奈子。お前クラスでうまくやってるんだよな?」
「特にトラブルはないけど」
「氷川先輩と八坂先輩って怒らせてないよな?」
「怒らせてないわよ……多分」
「なんか、姫奈子といる時いっつも怖い気がするんだけど」
「え!? 嘘でしょ?」
「俺一人で話す時の方が優しい」
「それ本当? 何? 私のこともしかして嫌ってるの?」
「わかんない。嫌ってたらうちになんか来ないと思うんだけどなぁ」
「そうよね? 二人とも忙しいでしょうし」
「そうなんだよ。忙しいのに何でうちに正月から来てるんだ?」
「彰仁に会いに来てるんじゃない?」
「そんなに仲良くねーよっ!」
「そうなの? なら変なの」
二人で、うーんと頭をひねる。当然答えは出ない。
「まぁ、考えてもわかりっこないわ。そういうことは基本私は無視の方向です」
「……おま……」
「嫌なら帰るでしょ。それとも今聞く?」
「今聞くな!!」
答えれば、彰仁が慌てる。そうして私を恨みがましい目で見てから、それはそれは大仰にため息をついた。
「本当に上手くやってくれよ? 俺はクラスまで助けに行けないんだからな? 綱に迷惑かけるなよ?」
「はいはいはーい。わかってまーす」
「絶対わかってねーよ、おまえ」
「だって今聞かないんでしょ? だったら、とりあえず、彰仁は水羊羹を配って。お客様を待たせるなんてよくないわ」
「……ああ」
彰仁は力なく答え、がっくりと肩を落とした。
みんなの前に水羊羹を配る。
「わぁ! お正月っぽい!」
八坂くんが水羊羹を見て喜ぶ。
詩歌ちゃんの家からわけてもらった竹筒に水羊羹流し込んで作ったのだ。ついでに竹で出来たスプーンを添えてある。竹の香りのする水羊羹は、暖房の聞いたリビングではのど越しを涼やかにするだろう。
氷川くんが躊躇なく口に運ぶ。人が作ったものを食べたがらなかったなんて嘘みたいだ。華子様の墓前で報告したらきっと喜ぶだろう、なんておばあちゃんの気分で氷川くんを見てしまう。
「美味いな。香りが爽やかだ」
氷川くんが言う。
「本当に美味しいです。うちでは手作りのお菓子なんて出ないから、姫奈子先輩のうちに来るのが楽しみなんです」
修吾くんがそう笑う。キュンとしてしまう。この子は親の愛情から少し遠い。だから私が代わりに構ってあげたくなってしまうのだ。
「何でも作ってあげるわ! 好きなもの教えて!」
思わず腕まくりする。
「姫奈子先輩の唐揚げが好きです。運動会のバナナロールも美味しかったです。去年の栗きんとんも! 和菓子も作れるなんて知りませんでした。素敵です!」
「修吾くんありがとう! 私が作った伊達巻き一本あるの! お家にもって帰って光毅さまと食べて?」
さり気に光毅さまにも食べてもらおう。
修吾くんはゆったりとほほ笑みを深めた。
「ありがとうございます。姫奈子先輩の優しいところが好きです」
「修吾くんたら! 照れちゃうわ!」
思わぬ言葉にテンションが上がり、顔を押さえればなぜか部屋の空気が寒くなった気がした。
思わずバイオエタノールの暖炉を見る。火力が落ちているわけではない。隙間風? そんな馬鹿な。
「アメリカに行って来たの?」
テーブルの上に出されていたアメリカンなスナックをみて、八坂くんがちょっと低い声で問う。
「ううん。大黒さんが送ってきたの」
名前を言えば八坂くんが眉をしかめる。
「大黒典佳?」
「そう。文通してるの」
「そうなんだ……」
八坂くんが何か言いたそうで、でも言葉を探しあぐねているようだった。きっと色々あったから心配してくれているのだろう。
「アメリカで彼氏できたみたいよ」
最新情報を伝えれば、八坂くんは目をぱちくりさせて驚いた。
「惜しいこと、したんじゃない?」
冷やかすようにイシシと笑えば、八坂くんはホッとしたように笑った。
「やだな、僕は姫奈ちゃん一筋だって知ってるでしょ?」
「はいはい、このグミあげますね」
カラフルな棒状のグミの一つを八坂くんのお皿にのせる。
「嫌いな味押し付けたでしょ?」
「いえいえ、そんな」
大黒さんは美味しいお菓子の間に、シレっと個性的なお菓子を混ぜて送ってくるのだ。このグミは、まあまあ日本人にすると独特の味がするグミだった。彼氏と一緒に選んでいるんだとか何とか、わざわざお店での写真をスマホに送ってくるところが嫌味だ。その彼氏とやらが八坂くんに似たイケメンモデル風で、大黒さんの面食いは一貫していると清々しいくらいだ。
まぁ、でも、自分だけイケメン彼氏作るとか腹立つから、あとで八坂くんにグミを食べさせたと連絡してやろう。
「俺にもグミをくれ!」
唐突に氷川くんがお皿を突き出した。
「あの? あんまりおいしくはないですよ?」
「やっぱり不味いの押し付けたー!」
八坂くんがブーたれる。
「味ではなく! ……晏司だけ……なんというか……」
シーンと静まり返る室内。
うん、理解した。八坂くんと私の小競り合いを見て、私と八坂くんが仲違いをしていると、その仲裁に入ってくれたのだ。喧嘩などしないであろう氷川くんがビックリしてしまってもしかたがない。
「あ、氷川くん、すいません。別に八坂くんとケンカしているわけじゃないんです。心配しないでも大丈夫ですよ?」
答えれば、八坂くんが盛大に笑いだした。
修吾くんも力ない目で私を見ている。彰仁などキョロキョロと皆の顔を見比べている。
あっくんは全然理解してないのね、お姉さまにはわかりますよ。
八坂くんがヒイヒイ笑いながら答える。
「そうそう、和親、僕と姫奈ちゃんは仲良しだから心配しないで……っ。あーおかしい!」
お腹を抱え込んで笑い転げる八坂晏司。笑い上戸が過ぎるだろう八坂晏司。さすがに私に失礼じゃない? 八坂晏司よ!
「違う! 俺もそれくらい気安くしてほしいと思ってだ!」
氷川くんがブスッとしていった。顔が真っ赤である。
「あ、そちらでしたか? でもほら、八坂くんは失礼ですけど、氷川くんはそんなことないので、つい」
でも、八坂くんと同じ扱いにして欲しいって、氷川くん案外Mっ気あるのだろうか? 割と八坂くんに対しては酷い扱いをしている自覚はある。
そこで氷川くんのお家から、所在確認の電話が来て、氷川くんは八坂くんを連れてイチャイチャと帰っていった。
修吾くんは去年と同じく、彰仁とゲームを楽しんで、夕食を一緒に食べてから帰宅した。
翌日には修吾くんから「兄も喜んでいました」と伊達巻のお礼の連絡がきた。修吾くんはマメである。







