222.高等部二年 クリスマスパーティー 2
「姫奈子先輩!」
修吾くんだ。後ろには光毅さまと美幸さまもいた。思わず立ち上がって挨拶をする。
「久しぶりだね。エレナ。姫奈子ちゃんをモデルにでもするつもり?」
光毅さまは当然エレナさまと知り合いだったらしく、眉一つ動かさずにエレナさまに問いかける。この美の化身を見ても表情が変わらない光毅さまにもしびれてしまう。
「まさか。完全にプライベートだよ」
「へえ? プライベートで八坂姉弟で一人の子を挟み込んでるなんて、すごい牽制だね?」
光毅さまが目を細め薄っすら笑う。
ああん、キツネ顔かっこいいですぅ。
エレナさまはそれに小さく笑っただけだった。
「エレナ公認ってわけ?」
「べつにそんなつもりないよ。私のお友達ってだけ、ね? 姫奈子ちゃん?」
エレナさまにニッコリ微笑まれて魂が抜けそうだ。
「はぃぃ」
裏返る声で返事をすれば、八坂くんが盛大にため息をつく。
「エレナのお友達宣言をされたら迂闊なことはできないな」
「光毅さん、大袈裟。私そういうの苦手だし」
エレナさまが笑いながら肩をすくめた。
「まだ日本で活動する気はないんだ?」
「面倒だからね」
「でも、やる気になったらまずこっちに連絡を」
「まぁ、やるきになったらね」
やる気なんてなさそうな顔で、エレナさまが答えて、仕事のやり取りをする大人な二人がもうもうもうもう、ひたすらにかっこいい。
「さて、姫奈子ちゃんを借りて行ってもいいかな? 修吾の仕事を助けて欲しいんだ」
「ああ! 気が付かなくてごめん。姫奈子ちゃん、美味しかったよ」
エレナさまが軽く手を振る。その言葉に、小躍りしたくなる。好みのものが選べてよかった。
「さあ、行こうか」
光毅さまが手を差し出してくれる。憧れの人なのだ。キュンとする。そっと、美幸さまを見れば、微笑んで頷いた。余裕のほほ笑みである。
それを確認して、私は光毅さまの手を取った。
光毅さまは流れるように、私を修吾くんの隣にエスコートした。
「お楽しみのところ、悪かったね」
光毅さまが詫びる。
「いえ、修吾くんには今日一年分の営業を頑張ってもらわないといけないですから」
「姫奈子先輩よろしくお願いします」
修吾くんがそう言って頭を軽く下げた。
「もう、本当は営業なんていらないくらいよね? すごい良い成績だもの!」
「ありがとうございます! 姫奈子先輩のおかげです」
「そんなことないわ。修吾くんの実力よ」
修吾くんの営業を終わらせて、二人で写真を撮っていたら、氷川くんがやってきた。修吾くんは氷川くんを見て、目礼をする。氷川くんもそれに答えた。
「少し向こうで話がしたい」
氷川くんが窓に向かって作られたバーカウンター指して、ぶっきらぼうに言った。ハイと答えて修吾くんに別れを告げる。
バーカウンターへ向かう途中、氷川くんに尋ねられる。
「島津修吾のスポンサーだったな」
「ええ。応援しています。今日も色々な方に紹介できたので良かったです。招待ありがとうございました」
「そうか、役に立ったならいい」
「初めにエレナさまとお話しできたので、その後ファッション関係の方からも興味を示していただけました」
「ああ、そう言えば、その、ネックレスは……晏司からか? 晏司も同じチェーンラペルをしていた」
氷川くんが胸元のネックレスを見て問う。
「え? 八坂くんも同じだったんですか? だったらきっとレオから貰ったんだわ。エレナさまも同じピアスをしてましたよ。私はレオから夏の謝罪の印としていただいたんです。選んだのはエレナさまだと聞いたので、今日着けてきました」
「レオ……」
氷川くんがグッと眉の間の皺を深めた。
「そんな顔しないでください。今では彼にいろいろと便宜を図ってもらってるんです」
「そうか」
氷川くんがホッとしたように笑った。
「それは星か?」
「本当は雪の結晶なんです。でも、星に見立ててみました」
「そうか。綺麗だ」
氷川くんが眩しそうに目を細めた。私はペンダントトップをもって揺らしてみせる。光が乱反射してキラキラだ。
「本当に綺麗ですよね」
バーカウンターの席に着く。バーカウンターと窓の間が少し開いており、そこでバーテンダーが給仕をしている。
バーテンダーの後ろには夜景が広がっていた。クリスマスシーズンだから、いつもよりずっと華やかだ。
背が背もたれのない椅子は座り慣れていないので緊張してしまいワタワタとする。
「大丈夫か?」
「大丈夫です」
心配そうに氷川くんが声をかけてくれるから、ちょっぴり情けない気分だ。もう少し、こういう場にも慣れておきたいと思う。
バーテンダーが氷川くんを見て、氷川くんが軽く目配せをした。
ふいに、バーカウンターの照明が切り替わり下からの間接照明になる。音楽が変わる。
何事かと思えば、バーカウンターと窓の間に雪が舞い降りてきた。
「雪っ!」
まるでここだけホワイトクリスマスのような演出に、驚き嬉しくなる。今年の冬はまだ雪が降っていないのだ。
「綺麗ですね!」
思わず声をあげれば、氷川くんが笑って頷いた。
「こういう演出方法もあるんですね。勉強になります」
初めて見た演出にワクワクして、雪を見上げる。
「どういう仕組みになっているんですか? 実際に凍らせてるんですか?」
「……いや、そこまでは把握していない。すまない」
思わず尋ねれば、氷川くんは戸惑った顔をした。
「こちらこそ変な質問でした」
そんな会話をしていれば、目の前にフルートグラスがおかれた。そこには真珠なのだろうか。苺の入ったピンク色の液体に、一粒の白い宝石が泡を立てながら沈んでいる。
一瞬戸惑って氷川くんを見れば、氷川くんの前にも同じものが置かれていた。
「もちろんアルコールではないぞ」
氷川くんが何故か照れたように言った。
違う。そうじゃない。
「えっと、これって真珠ですか?」
「ああ。クレオパトラも真珠入りのワインビネガーを飲んだらしい。姫奈子さんに相応しいだろう?」
まって、何が相応しいの? 意味がわからない。相変わらず氷川くんの文脈が読み取れない。
「クレオパトラはカルシウム不足だったのかしら」
混乱したまま呟けば、氷川くんは困ったような顔をして、バーテンダーは小さく笑った。氷川くんが窘めるようにバーテンダーを見る。
バーテンダーがスッと表情を整えて、私を見る。
「この真珠は飲み終わった後、ご希望のアクセサリーにしてお届けいたします。クレオパトラのように美しいお嬢様と、氷川様に幸あらんことを」
は? アクセサリー? クレオパトラ? 突っ込みどころが満載でどこから何を突っ込んでいいのかわからない。
しかし、氷川くんが有無を言わせないような真面目な顔でグラスを持ち上げ傾けた。
「乾杯」
氷川くんが言う。
私も慌ててグラスをもつ。
「乾杯」
私もそう言って、二人でグラスを合わせる。小さくグラスが音を立てて、真珠の泡もふわりと揺れた。
口に運ぼうとした瞬間、グラスの上に手が覆いかぶさる。手首には茶色いムラーノクリスタルのカフスボタン。
綱だ。
「怪しいものを飲んではいけません」
シレっと言う。
「怪しくなんかないわよ。氷川くんよ?」
「そうだ。イチゴ味のビネガードリンクだ」
氷川くんが憮然として答える。
綱が無言で真珠を見れば、氷川くんが気まずそうに目を逸らした。
「和親、雪なんてすごいねー!」
八坂くんもやってきて氷川くんの肩を抱く。仲良しか。
詩歌ちゃんや紫ちゃん、明香ちゃんもやってきて、折角大人な雰囲気のバーカウンターなのに、すっかり子供に占拠されてしまった。
バーテンダーが苦笑いする。
「ちょっと場所を変えましょう?」
明香ちゃんが言って、グラスを持って移動した。みんなで乾杯を仕切り直す。
いつも通りワイワイと盛り上がる。
ふとバーカウンターを見れば、光毅さまと美幸さまが寄り添っていた。また、雪が降っている。それなのに雪など見ず、美幸さまを見つめる光毅さまの目が、見たこともないほど優しくて幸せな気分になる。
あんな大人になりたいと、静かに願う聖夜だった。







