219.二巡目の未来
あんなに心配したけれど、朝には、パッチリクッキリ目が覚めた。
慌てて時計を確認する。時計の日付けは十一月二十三日。ちゃんと高校二年の氷川くんの誕生日の翌日だ。カレンダーも巻き戻ってない。
でも、いつの高二なの?
やり直す前なのか、やり直した後なのか。
恐る恐るベッドから出て姿見を確認する。
写っていたのは昨日までと変わらない姿の私。
デブってない!! よし!
思わずガッツポーズをする。あれだけ頑張って体型も成績も維持したのに、全てが水の泡になっていたら流石に悲しすぎる。
机の引き出しから、生駒に貰ったチョコレートの缶を取り出して中の宝物を確認する。
綱から貰ったヘアアクセサリーや、ムラーノガラスのペンダントも入っている。これらは前世では持っていなかった宝物だ。
「……良かったぁぁぁぁ……」
失われずに済んだ綱との思い出をギュッと抱きしめて、大きく息を吐き出した。
安心しすぎて泣き出しそうだ。
だって神様は何も言わなかった。
やり直しができたらいったいどうなるのかだとか、失敗したらどうなるのかも。
それにしたって、神様は酷い。
許してくれたなら、一言お告げがあってもいいじゃないか!
夢の中で「お前はよく頑張った。前世の罪は許してしんぜよう」とか厳かに言ってくれれば、土下座して感謝もできるのに。
はっ! もしやまだ許していないってことですか?
いやいや、さすがにそれはないよね? 許してないなら罰を当てるでしょ?
それとも私を安心させないための仕様ですか? これまでは許されたとしても、今後私が同じ過ちをしないかどうか、まだ見ているよ、そういうこと?
……そんな気もする。
やっぱり神様はドS……。嘘嘘嘘です! 本当はとても優しいって知ってる。
ドSだ、なんだと不平は漏らしながらも、神様にはとても感謝しているのだ。
こうやってやり直すチャンスをくれた。
おかげで、生まれつきすべてを持っているように見える人たちも、努力していることを知った。それぞれの悩みや事情も知って、私以外の人間も同じように悩み苦しんでいることも知った。
自分の至らなさは、努力のできる伸びしろだとも思える。他人の失敗だって少しは大目に見られるようになった。だって、あんな私が許されているんだから。
流されるままに、母の幸せの尺度で生きてきた私だったが、自分の夢も見つけることもできた。
本当の友達や、心から好きな人だって見つけることができた。
神様には感謝してもしきれないのだ
やり直させてくれた神様に感謝して、庭のお稲荷さんには特別仕様のお菓子を用意することにした。
今日は勤労感謝の日でお休みなのだ。手作りの栗おこわと、練り切りでキツネを作ってみよう。
栗を剥くのは大変だ。慣れたと思っていた包丁も滑ってしまうし、灰汁で爪は黒く汚れる。おこわを炊いている間に、練りきりのお菓子を作る。
白いキツネの顔のつもりだが、若干微妙な感じもする。彰仁にはウサギかと問われ、そう言われれば顔の尖ったウサギにも見える。
まあ、いい。こういうのは気持ちが大切。誠意が大切!
離れの庭のお稲荷様にお参りをする。
栗おこわと練りきりをお供えし、パンパンと盛大に手を叩く。
なんだかとてもスッキリした。新しく生まれ直した気分だ。神様に怒られなくなったとしても、ちゃんと生きていこうと思う。
今後ともなにとぞ何卒よろしくお願いしますとお祈りすれば、背後から足音がした。
振り向けばサンダル姿の綱だ。縁側には珍しく生駒もでてきた。私服姿の生駒は少し珍しくて、綱のパパなんだなと思う。私の家にいる時の生駒はいつでも仕事モードでスーツ姿なのだ。
「今日は豪勢なんですね」
綱が珍しそうに言った。
お供えはいつも市販の和菓子が二つと決まっているからだ。
「お休みだったから張り切っちゃったわ」
「これは、ウサギですか?」
「キツネですっ!!」
お供えした練りきりのキツネをみて綱が真面目に問う。
茶色いキツネにしておけばよかった。
縁側で生駒がクスクスと笑うから、綱をほっぽりだして生駒の隣に座った。
「ねぇ、生駒。今日のお昼は栗おこわを作ったの。今日はどっちで食べる? お休みだからこっちで食べるなら、持ってくるわ。私、せいろで蒸してみたの」
「本邸にお邪魔してもよいですか?」
「もちろん! 嬉しいわ」
「ありがとうございます。お嬢様はどんどん料理が上手になりますね」
「生駒、まだ食べてないのにそれは変だわ」
「食べなくってもわかります。なぁ、綱守?」
生駒が綱に話しかければ、綱はバカにしたような笑いを私に向けただけだ。家にいる時の綱は、学院にいる時よりもそっけない。そういう冷たいところも好きだけど。だからかえって学院で優しい時、戸惑いドキドキして、期待してしまうのだ。
「綱にはわからないみたいよ?」
ふくれっ面を生駒に向ければ、生駒は私の手を見て困ったように笑った。しまった、爪の間の灰汁が綺麗にとり切れていなかった。
「こんなになるまで栗を剥いてくれたのでしょう? 栗を剥くなんてなかなか難しいことです。包丁さばきが上手になった証拠でしょう?」
生駒はいつもよく見てくれている。出来るようになったことを認めてくれるから、とても嬉しい。
「確かに難しかったわ」
「栗など料理人が剥いてくれるでしょう? 汚れ仕事など綱守にさせれば良かったのです」
「だめよ、それはいけないの。お稲荷さまに感謝するのは私なんだから自分でするの。それに綱は私の使用人じゃないわ」
当たり前のことを答えれば、生駒は驚いたように私を見た。
前の私はわかっていなかった。ずっと小さいころから綱に面倒ごとを押し付けて何の不思議にも思っていなかったのだ。
自分のものは綱のもの。綱のものも私のもの。まるで自分の一部みたいに、私がしたいことは綱もするのだと思っていたのだ。芙蓉への進学もそうだ。もしかしたら、綱は望んでなかったのかもしれないのに、そんな想像すらできなかった。
使用人だと思っていたわけではないけれど、綱を一人の人間として尊重していたかと問われれば、違っていたかもしれない。
曖昧になっていた二人の境界線をハッキリしなくてはいけない。
「綱守が何か失礼なことをしましたか?」
「ううん。逆よ。いつも良くしてくれて感謝しているの。生駒、お父様の我儘につき合わせて綱を芙蓉に入れてくれてありがとう。でもね、生駒はお父様の部下かもしれないけれど、綱は私の部下じゃない。だから生駒、綱にあんまり無理を言わないで」
生駒が困惑した顔で私を見る。
「綱には綱の夢を叶えて欲しいの。私のせいで夢を諦めることはさせたくないわ」
「……旦那様も以前そう仰ってくださいました。そうですね」
そして、おもむろに目頭を押さえる。
「どうしたの? 生駒」
「父は年を取って涙腺が弱いのです」
綱が生駒を挟んで反対側に腰を掛ける。
「綱守……」
生駒が綱を軽く睨む。綱は生駒を軽く無視して、まるで怒っているかのような目で私を見た。
ギクリと身をすくめる。
「お嬢様にこれだけは申し上げておきます。私が芙蓉を目指したのはお嬢様のためではありません。自分で選んでここにいます。チャンスをくれた旦那様に感謝こそすれ、迷惑に感じたことなどありません」
予想外の言葉に呆気にとられ、マジマジと綱の顔を見たら、不機嫌丸出しだ。
思わずおかしくて笑ってしまう。
「なんです?」
綱は不可解そうな顔だ。
「ううん。なら良かったわ」
「そんなふうに思われていたのなら心外です。そもそも、嫌なことは嫌だと言い、駄目なことは駄目だと言ってきたつもりですが?」
「そうね、そうよ、綱はそうだわ」
おかしくて笑いが止まらない。
「綱はいつだって失礼だものね」
「失礼ではありませんよ」
「失礼よ。キツネをウサギとかいうし」
「それは私の問題ですか?」
「えーえー、私が不器用なだけですっ!」
二人で言いあっていれば、生駒が笑う。
「見た目より味が重要ですよ、お嬢様」
「そうよね! 今下げてくるから食べてみて! 生駒」
急いでお稲荷様から練りきりのキツネを下げ、生駒と綱の手にのせる。
生駒が「もったいないですね」なんて言いながら、惜しむようにそれを食む。
「美味しいですよ、お嬢様」
ニッコリと微笑む生駒。
「生駒、大好き!」
そう言えば、生駒は嬉しそうに微笑んで、綱は呆れたように肩をすくめた。







