210.高等部二年 二学期が始まります
二学期が始まった。
サマースクールを終えてから、私は真剣に考えた。エレナさまの言葉がまだ胸に輝いている。
『両方諦めない方法だってあるでしょ。そのために努力しな』
八坂くんに送られた言葉だったが、その言葉は私にとっても希望だった。
綱の未来を考えたら、好きだと言ってはいけないと思っていた。
諦めたい、諦めさせて欲しいと思っていたけれど、はなから綱を望むのは無理だと自分で諦めてはいなかっただろうか。
諦めるのにはまだ早いのかもしれない。
私が綱の足を引っ張らない存在になれたら。
魅力のある女性になれたら。
没落しても、ただの私に価値があったら。
もしかしたら、振り向いてくれるかも。
選んでもらえないかもしれないけれど、でも選ばれる努力をしないのは逃げじゃないのか。
だから決めた。
綱のことはまだ諦めない。
でも、綱には迷惑をかけない。
この二つは両立できるはずだ。
ちゃんと、白山の力ではなくて、自分の力で綱に選ばれるようになる努力をしてみよう。没落した私でも側にいてもらえるように。
諦めるのはフラれてからでも遅くない、そう思えるようになった。
……フラれるのは嫌だけど。
というわけで、先ほど進路指導室で相談をしてきたところだ。二年生になって進路指導も本格的になってきたのだ。
進路はやっぱり栄養関係に進むことに決めた。
なんといっても料理は好きだし、家が没落しても手に職をつけて生きていけると思ったからだ。
没落に備えて、進路先は複数考えた。
何事もなければ定番の芙蓉学院大学部。
あとは、国公立の栄養学が勉強できる大学。
そして、専門学校だ。
専門学校への入学金と学費ぐらいなら自分の貯蓄がある。
もう少し頑張ってお金をためれば国公立の大学へ行けるかもしれない。
働きながら勉強して学費が稼げればいい。
家の没落の程度にもよるが、前回ほどの大没落にはならないのではないかと望みをかけている。
私の知っているところでは、お父さまが無茶をしている様子はないし、氷川グループと縁を切られてもやっていける小さなお店もいくつかある。
白山茶房はその典型で、没落したら白山茶房からやり直せばいいのだ。
使用人たちには迷惑をかけてしまうのが心苦しいが、あのお屋敷を処分すれば退職金ぐらいはどうにかできるだろう。
東京の家賃が高いなら早乙女さんの周辺の空き家を借りて、農業のお手伝いをさせてもらえればありがたい。
最近、彰仁は有機栽培だとかそんなことにも目を向けていて、お父様と農場経営なんかも考えているようだから。あちらの大学には酵母に関する科もある。
没落に綱を巻き込む気はない。生駒は優秀だから、きっと引く手あまただろう。綱も優秀だから、白山家が没落してもどこでも進学できるに違いない。
あとは自分自身の問題だ。
今回は氷川くんと婚約をしていないので、破棄されることはあり得ないが、だからと言って何もないとは言い切れない。
どこかで誰かの地雷を踏んで、生徒会による粛清的なもの(あるのかは知らない)の可能性がないとは言えない。
とにかく私は人の地雷を踏みやすいのだ。
相談を終えてから綱と合流する。
綱も相談を終えたところだった。
「綱はどこを受験するの? 芙蓉?」
「学院からも塾からも複数大学を受験するように言われています」
「そうなの!?」
「特待生なので、どちらも合格者実績に貢献しなければいけません」
「……なんだか、そういう大人の問題があるのね?」
「ただより怖いものはないのですよ」
「確かにそうね」
綱と私では進学相談のレベルがこんなに違う。
綱は受かった大学から好きなところを選べばいいのだ。
なかなか振り向かせるには手ごわい相手だが、仕方がない。
「っていうことは、芙蓉じゃない可能性もあるのね?」
「そうですね、有名なところは日程が合う限り受けるようにします」
進学先が別れてしまいそうで寂しいと思いつつ、そもそも自分が芙蓉に行けるかわからないのだから色々言えるものでもない。
でも、一応確認したい。
「京都は受けるの?」
「受けるとしても進学することはないかと思います」
それを聞いて安心する。私のいないところで桝さんとキャッキャと京都ライフをされるのは嫌だ。
綱は「もうない」とはっきり言っていたけれど、うっかり大学で四年も一緒にすごせば気持ちだって変わるかもしれない。
それに最近の桝さんは、以前に比べてはっきりしてきて、ちょっと、ちょっとだけだけど、まぁまぁ可愛い時なんかもあるし。相変わらずムカつくけど。
「姫奈は?」
「やっぱり栄養系にしようと思うの」
「良いと思いますよ。旦那様も修行されて現場を知っておられますし、そういう方のお話には説得力がありますから」
「そんなもの?」
「そんなものです。税務や経営は私が勉強しますから安心してください」
綱がニッコリ笑って言葉を失った。
―― だから、それって、実質プロポースに聞こえるんだってば!
耳まで火照ってしまう。綱は何でもないような顔をして、前を向いて歩いて行く。
「ほんと、罪づくりなんだから……」
綱に聞こえないように私は小さく悪態をついた。







