207.サマースクール 4
あっという間のサマースクールは明日が最終日となった。今日はお別れ会を兼ねたレクリエーションである。
オリヴィエ学園の校舎と庭を使っての「金の卵」探しだ。ヒントがところどころに隠されており、時間制限内に金の卵を探すのだ。生徒間での協力は禁止。ヒントはオリヴィエ学園の講師やボランティアからも聞くことができる。
要するに、最終日までにどれだけボランティアたちとコミュニケーションが取れるようになっていたかで勝敗は決まるのだ。
活動的な服装でということで、皆パンツスタイルだ。髪は綱が片側に寄せた一つの緩いフィッシュボーンに編んでくれた。フィッシュボーンは綱も習得が難しく、中等部の時に何度も練習したものだ。今でも少し時間がかかるが上手になった。フィッシュボーンの先は、ホワイトデーに綱がくれた星形のヘアゴムで留めてある。そのヘアゴムを見て、持って来たんですかと驚いて笑った。
今日はお別れ会と言うことで、エレナさまも顔を出してくれた。もちろんレオも来ていて、エレナさまを見て表情を柔らかく変えた。
「エレナさま~!」
久々のエレナさまに狂喜乱舞で駆け寄れば、笑顔でハグしてくれるエレナさま好き。
「エレナさまもヒントをご存知ですか?」
「うん。でも、姫奈子ちゃんでも贔屓はしないから、英語で質問して?」
「ええー」
「金の卵の中には、オリヴィエ学園の学生のバッチが入ってるからね。本来ならサマースクール生では手に入らないものだから、みんな必死なんだよ」
穏やかに笑われる。ああ、カッコイイ、キュンとしちゃう。
エレナさまに下手な英語では恥ずかしいと思いつつ、それでも英語で質問をしてなんとか英語でヒントをもらう。
鳥小屋の中にヒントの紙を見つけて、さらにヒントを集める。
途中でレオに会ったので、レオにもヒントを尋ねる。
「じゃあ、連れてってあげる」
レオはストレートの金髪をなびかせて優雅に笑った。
「え? それは大丈夫なんですか?」
「うん。もちろん卵のありかは教えないよ。でも、ヒントの用紙がある場所まで案内してあげるのは問題ないんだ。それにオレの知っているヒントは案内しないとわからない場所にあるから」
「よろしくお願いします!」
ペコリと頭を下げて素直にレオについていく。レオは迷いなくズンズン歩く。足の長い彼についていくのは大変で、小走りで追いかける。いくら涼しいスイスの夏でも、うっすらと汗をかいてきた。
レオが案内してくれたのは学校の裏口だった。薄暗い日陰の寒さに一瞬怯むと、レオが振り返った。
「裏口からじゃないと入れないんだ」
「これは案内がないと無理ね」
「そうでしょう?」
なぜかレオが手を差し伸べてくれたけれど、私は軽く頭を振って断った。レオは少し意外そうな顔をした。
「うーん。なかなか……」
「なんですか?」
「いいえ、なんでも? ついてきて」
レオはニッコリと笑い裏口のドアを開ける。古い木のドアがギシリと音を立てた。中は昼間でも薄暗い。
「ヒナコはエレナと仲が良いよね」
「お友達になってくださいってお願いしたばかりで。本当はエレナさまのことをただただ崇拝しているだけなんです」
「ああ、エレナは素敵だよね」
「レオはエレナさまとよくお仕事するんですか?」
「……昔はまぁまぁ多かったけどね。アンジが出てくる前は、エレナとオレとセットで専属してたこともあるし」
「わぁ! それは華やかでしょうね」
エレナさまの子供時代を夢想する。少しウエーブのかかった髪は短かったのだろうか? それとも今とは違って長かったのだろうか。サラサラの金髪のレオと並べば対照的でお互いをお互いが引き立てたに違いない。
エレナさまの仕事仲間としてのレオには嫉妬を感じないのが不思議だ。それより、エレナさまの仕事の様子を聞けることが嬉しい。
「ああ、エレナは子供の頃からすごかったよ」
「八坂くんに頼んで昔のエレナさまを見せてもらおうかしら」
「エレナに言えばいいんじゃない? 友達でしょ?」
「まだそんなに仲良くはないんです」
顔の前で、ナイナイナイと手を振る。
「ヒナコはモデル志望なの? 事務所、紹介してあげようか?」
「いいえ。将来は飲食系に行きたいんです。」
「ああ、だからワイナリーなんだね」
「ええ」
「じゃあ、昔の厨房も見て行こうか」
「ありがとうございます!」
レオは親切に厨房を案内してくれた。ずいぶん昔に使われていたのだろう。古い石積みのオーブンなどがある。火の気のない厨房は少し物悲しかった。
「ヒントはこっちだよ」
私は言葉に従って、レオについていく。
厨房の横の食品庫の隣のドアをレオが開いた。ついでにパチリとレオが部屋の電気をつける。
薄暗い部屋の中には樽が何個かあった。
「ワインセラー?」
「そう、もう使ってないけどね」
レオの声が背中の方から帰ってくる。
「一度ワインの醸造も見てみたいの。きっと彰仁も好きだから」
「そう」
「彰仁……弟なんだけど、発酵に興味があるんですって。きっとここを見たら、何とか菌がいるって興奮しそうだわ!」
「……そう。ねぇアソコみた?」
レオの指さす樽の上を見る。その上に封筒が一枚置いてある。きっとヒントだ。
私はそこへ駆け寄って、封筒を開けた。
中身は真っ白だ。
「え? 真っ白……。あぶり出しとか? それとも白がヒントなの?」
振り返ってレオに尋ねる。彼は静かに笑っていた。
「それには簡単に答えられないなぁ……」
「それって、ボランティアに何かの条件があるってこと? クイズとか? それとも一芸?」
「うーん、どうでしょう?」
「えええ? 教えてはくれないの?」
困惑して、白い紙を電球の明かりに向かって透かして見る。間違いなくオリヴィエ学園の紋章の入ったヒント用の白い紙である。
「ヒナコ」
レオの声と同時に、ドアが閉められた。後ろ手で鍵を閉めたのか、カチリと冷たい音がする。
私は驚いて、慌てて後ろに下がる。トンと樽に背がぶつかる。埃っぽい匂いがした。
「ねぇ、オレと付き合わない?」
唐突にいわれて、とても驚いた。
「付き合わないわ」
「どうして?」
「だって、レオは私のこと好きじゃないじゃない。私もレオを好きじゃない。付き合う理由がないもの」
簡単なことだ。
「そんなことないよ。オレはヒナコが好きだよ?」
眩しい笑顔でにっこり笑うけれど。
「嘘よ。営業の笑顔は八坂くんで見慣れてるの。レオのも営業用よ。わかるわ」
優しい笑顔。優しい言葉。でも、この建物に入る前、一度だって振り向かなかった。そういうのは知っている。前世でさんざん氷川くんの背中を追ってきたのだ。私に関心がないから、ついてきているのか気にならないのだ。
そんな人が私を好きなわけがない。
レオは忌々し気に顔を歪めた。
「……アンジ……ね」
「?」
「まぁ、いいや」
ギュッと両手を掴まれて慌てる。
「なに? 離して?」
「好きって、言ってよ」
「は?」
「レオが好き、愛してる、そう言えば離すよ」
「なんでそんな嘘が聞きたいの?」
「嘘でもいいから聞きたいよ」
それはそれは綺麗な綺麗な作り笑顔だった。ハリウッド映画の俳優みたいに甘い笑顔に甘い声。
でも。
「だって、レオが好きなのはエレナさまだわ」
言えば、レオは作った笑顔を歪に壊した。唇を噛む。
「ズケズケ入ってくるなよ、オマエ。無神経だな」
掴んだ両手を横に振られ、引き倒される。
慌てて床に手をついて立ち上がる。ドアノブに右手をかければ、背後から手ごとドアノブを掴まれた。ドアを押そうとした左手をレオの左手が抑え込んだ。
「言わなきゃ酷いことをするよ」
怒りを含んだレオの声が頭の上から降ってくる。酷いことって何。殺されたりはしないと思うけれど、痛いのだって怖いのだって嫌だ。
「何を言ってるの?」
「嘘でも何でもいいんだよ。早く言えよ。オレに酷いことをさせないで?」
怒っているくせに、優しく言い含めるような言い方にゾッとする。
「嫌よ、やめて! 助けて!! 綱!!」
レオの左手を振り払って、ドンドンとドアを叩いて声をあげれば、鼻で嗤われ、もう一度左手を抑え込まれる。強い力だ。
「大袈裟。早く言っちゃえば何もしないよ。別にそんな嘘ぐらい、どうってことないでしょ? ただのセリフだよ。オレだって気持なんかいらないし」
嘲笑しながらそう言われる。そうなのだけれど、強制されるのはひたすら癪だ。でも、怖い。この力の差では逃げられない。ゴクリと喉が鳴った。
「……まって、時間をちょうだい……」
「言う気になった?」
「ええ、でも、心の準備をさせて」
「心の準備?」
「だって、そんなこと……嘘でなんて言ったらダメなのに……」
額をドアにつけ俯き、唇を噛みしめる。
綱には言いたくても言ってはいけないのに。どうして、言いたくもない言葉を言わなければならないの。嘘なんかで言って良い言葉じゃないはずなのに、それでも自分の安全の方が大事だと思ってしまう。
前世で使っていた時も、今使っているときも、意味は違うかもしれないけれど、その好きに嘘はなかった。
それなのに今、誰の心にもない言葉をここで使うのが悔しい。
「あー……そういうところか……。……いいよ。待ってあげる」
そう言って笑うレオは手を放そうとはしなかった。
「……英語で良いの?」
「日本語の方がいいかな」
「意味わからないじゃない」
「『スキ』くらいわかるよ」
「……そう……」
悔しい。悔しくて仕方がない。
「ちょっと手を放して。逃げられないのがわかるでしょ」
力なく言えば、レオは軽くオーケーなんて言うからなおさらムカツク。
せめてもと思って、振り返ってドアに背をつけレオを睨みつける。睨んでいることで気持ちがないことがはっきり伝わればいい。せめて表情だけでも嫌いだと伝えたい。
レオが驚いた顔をして、おかしそうに笑った。それは営業ではない顔で、こんな時に初めてこの人の本心が見える。
レオは余裕な仕草で左手をドアに置き、右手でスマホをだした。顎だけで言葉を言うように急かした。録音でもするつもりなのだろう。もうしているのかもしれない。
大きく息を吸って、吐いて。震える唇。力に屈するのが悔しい。
「……レオが……」
声にだしたら嬉しそうに目を細めるのはなぜ?
「なぁに? ヒナコ」
優しげな声に、胸の奥が凍る。
もう一度息を吸って。
「あ……、レオの……ことが……」
「うん。頑張って言ってごらん?」
ゾワゾワと沸き上がる嫌悪感に、吐き出しそうになる。言葉が詰まって声が出ない。唇を噛んで、もう一度息を吸う。
その時背中のドア越しに、「姫奈」と呼ぶ綱の声が聞こえた。
慌てて踵でドアをガンガンと蹴る。
「綱! 綱! 綱! 鍵を開けて!! レオが!」
「姫奈! そこにいるんですね! 待っていてください!」
駆け出す綱の足音が遠ざかる。
「ツナ、ね」
吐き捨てるような声がして驚く。スマホと共にレオの唇が近づいてきて、慌てて顔を背ければ綱のくれた髪飾りがレオの顔を叩いた。
星型の先がレオの頬にピンクの線を描いた。
「って」
レオが怯んで声を上げる。慌てて片手で自分の唇を覆う。酷いことって、まさか、そういう意味だったのか。
「まって! まって! 言ったら酷いことしないって言ったわ!!」
「うん、でもね、……もうタイムオーバーかな?」
「ごめんなさい! まって、でも待って! ちゃんと言うから!」
「まって、まってって何でも我儘が通ると思わない方がいいんじゃない? そんなに無理言ってないでしょ? 言えないならオレは写真でもいいんだよ?」
「……写真?」
「君とオレがキスしてる写真だよ」
「私が好きじゃないくせに、なんでそんなものが欲しいのよ……」
意味がわからない。それに何の価値があるのか。
「アンジもシューゴもショックだと思うよ」
「そんなわけないわ」
「シューゴの女神がシューゴを加護しなければ、シューゴは勝てないだろ?」
「レオは修吾くんに負けて欲しいの?」
「消えて欲しいよ、二人とも」
ズンと沈み込むような声。もう笑ってはいないレオ。スマホの光がやけに冷たく眩しい。理由がわからずにレオを見る。
「わからない? アイツら、後から来たくせにオレの場所を奪うから奪い返してやるんだ」
レオはそう言うと、スマホを左手に持ち替えて、右手で私の口元を覆う手をはがそうとした。
「嫌だってば! 意味ないわよ! そんなこと意味ないんだから!」
両手で唇を死守しつつ、レオの足を蹴る。
「痛いよ」
痛くなさそうに笑うけど、そんなこと知らない。
背中のドアがガタガタと音を立てる。
綱が来た!
Twitterに、『神様のドS!!』の名刺SSでホワイトデー修吾くん目線のお話載せました!
https://twitter.com/AIUE_Iota/status/1238579394953674752







