206.サマースクール 3
サマースクールも後半戦になって来た。途中の休日の自由時間には、芙蓉会の仲間たちとジュネーブへ遊びに行った。八坂くんを中心にしてチョコレート屋さんめぐりと観光だ。
氷川くんが欧州原子核研究機構へ行きたいというから、まずはそちらを見学した。何だか良くわからないけれど、すごいことは良くわかる。紫ちゃんにも見せてあげたいなとちょっと思った。
氷川くんは行きたいと言っていただけあって、丁寧に教えてくれた。彼は乙女だと思っていたけれど、こういうところを見ると男の子だなぁと思う。
その後は、八坂くんの案内でジュネーブ旧市街地を観光しつつお昼を食べた。そうして第一目的のチョコレートをいっぱい買った。日本で買うより安いのだ。ついつい一つ余分にと思ってしまう。
「時計を見に行かないか?」
氷川くんが言い出して、有名な高級時計店に入る。確かにスイスの時計を記念に一つぐらいもっていてもいいかもしれない。
ショーケースに入れられた眩しい時計を見て歩く。どれもとても高価なものだ。
ペアになった限定品の時計は、文字盤を埋め尽くすほどダイヤモンドがふんだんにあしらわれ、中でも高価な品物だった。ネジにはピンクダイヤが付いている。
詩歌ちゃんと二人で歓声を上げる。
「わぁぁ! 綺麗ねぇ!」
「本当! 可愛い!」
キャイキャイと女の子同士ではしゃいでいれば、氷川くんが隣に立った。
「姫奈子さんはその時計が気に入ったのか?」
「ええ、可愛いですよね!」
「そ、そうか。なら、記念に買ってやる。日本では手に入らないからな」
突然そんなことを言うから驚いた。
婚約者同士だった前世なら、疑いもなく喜んでもらったと思うけれど、今は違う。それに、前世では値段など考えたことがなかったけれど、今ではこれがどれだけ高価なものなのかわかる。
とてもただの友達が貰っていい代物ではない。婚約者でも貰えない。
詩歌ちゃんと顔を見合わせる。さすがの詩歌ちゃんですら苦笑いだ。
「い、いえ! そういう意味での可愛いではないので! 自動巻きは私には難しいです!」
私は慌てて断った。自動巻式時計のその時計は、美しいけれどメンテナンスもしなければならない。正直私の手には余るのだ。使いたいとは思えない。
氷川くんはあからさまにションボリとした。
「そうか……」
なんだか少し気の毒な気もしたが、だからと言って買ってもらうわけにはいかない。
「和親、重ーい」
八坂くんが氷川くんの後ろから茶化すように言った。
―― そう、それよ! 重いのよ!! 八坂くんよく言った!
氷川くんはカッと顔を赤らめた。
「そんなんじゃない!」
まぁ、氷川くんにしたら大した額ではないのかもしれないけれど、貰うには重すぎる。
「私はもう少し手ごろなお店が見たいです」
綱が言えば、八坂くんが別のお店を案内してくれた。
八坂くんが案内してくれたお店は、若者向けの時計を扱うお店だった。スタイリッシュで種類も多く、コラボ商品も豊富だ。リーズナブルだからコレクションしている人も多いブランドなのだ。電池式もあるし、ここなら気負わず買い物が出来そうだ。
色とりどりでポップなものから、シンプルで飽きのこないものまで色々あって目移りしてしまう。
綱が真剣な顔で悩んでいるからそっと側に寄ってみる。
「綱は何か買うの?」
「受験用に一つ買おうかと」
「受験用?」
「試験中スマホは見れないでしょう?」
「そうね。私も買おうかしら?」
さり気ないふりをして便乗する。
「綱はどれにするの?」
「飽きのこないものにしようと思っています」
綱が答えれば、八坂くんがピョコンと顔を出した。
「えー、つまんなくない? 派手なのにしたら? こっちの限定品とか!」
スイスの国旗をイメージした、真っ赤でカジュアルなものを薦めてくる。
「私はモデルでもないですし、テストで気が散ります」
綱がすげなく答えれば、
「真面目なんだから」
八坂くんが笑う。仲良しか!
「私はお花の柄を記念に買おうかしら?」
詩歌ちゃんが文字盤からベルトまで花柄のカラフルな時計をもって笑う。
うん、ぜんぜん似合わない。
「こっちの方がうーちゃんぽいわ! お花が四葉のクローバーみたい」
私は淡いピンクのベルトに白い小花がワンポイントで刺繍されたシンプルな時計を指さした。文字盤にも同じように花が彫られているのだが四葉のクローバーにも見えた。
「あ! 本当! 可愛いわね! 幸運を運んできそう!」
うーちゃんも気に入ってくれたようだ。
「姫奈ちゃんはどれが好き?」
「うーん……」
さっきから綱はクロノグラフを気にしているようだった。できれば同じタイプが良いな、なんて。
「これ……変かしら?」
ステンレス素材のベルトに、白い文字盤のクロノグラフだ。一応防水らしい。針の一つが黄色でちょっと雪だるまの顔みたいだ。レディース用だからメンズほどの存在感はない。
「そんなことないわ。実用的でも可愛らしいもの」
詩歌ちゃんが言えば、八坂くんが覗き込む。
「意外にボーイッシュなんだね」
「そうかしら?」
なんだか気恥ずかしくて曖昧に笑う。
「では、それを買ってやろう!」
氷川くんが言うから恐縮する。
「大丈夫です! これなら自分で買えます! それに自分で買うから記念になるので!!」
氷川くんの買いたがりにも困ったものだ。そんなに私はお金に困っているように見えるのだろうか? 確かに氷川財閥の足もとにも及ばないが、困ってはいないのだ。
「氷川くん、ダメですよ? 友達だからって何でも買ってあげるなんて言っては。お金目当ての人が群がりますよ?」
母心で思わず注意する。
「いや、そんな、べつに……」
氷川くんがたじろいでモゴモゴ言えば、八坂くんが苦笑いをした。
「だーかーらー、和親、それじゃ、ダメだよ」
「……うるさい」
氷川くんはボソリと拗ねたように答える。
そうだ八坂くん、しっかり氷川くんの手綱を握ってくれ。私に対してこんななら、本命ちゃんとデートになったら恐ろしいことをしでかしそうである。車一台、うっかりすれば家一軒ぐらい買ってしまいそうだ。
「で、綱は決まった?」
「私はこれにしようかと」
綱はステンレスベルトに黒い文字盤の大きなクロノグラフだった。秒針の黄色が効いている。ちょっと意外に思ったが、やっぱりクロノグラフを選んでいて、心の中で小さく喜ぶ。
「ちょっと意外。もう少しシンプルなものを選ぶと思った」
八坂くんのコメントに、私も小さく頷く。
「そうですね。少し悩みました」
綱ははにかむように答えた。
八坂くんは限定品でド派手なタイプを買っていた。現代アートとのコラボ商品らしく真っ黄色である。これを着こなすモデル力、すごすぎる。
氷川くんも流されるようにシルバーのクロノグラフを買っていた。微妙に綱とお揃い感が出ているが良いのだろうか?
男の子は、こういう機械ものに弱いのだろう。本当は彰仁にもお土産で買ってあげればいいとは思うけど、彰仁と綱がお揃いだとか癪なのでやめた。
詩歌ちゃんのリクエストで花時計を見に行って、定番の教会も見学した。
有名なチョコレート屋さんでチョコレートクロワッサンを食べ、ホットチョコレートも飲んだ。絶対美容には悪いけれど、こんな機会そうそうないのだ。神様お許しください。メチャメチャ美味しいのだ。許してください。
最後に明香ちゃんに自慢するために、国際連合ジュネーヴ事務局でずらっと並んだ万国旗の前で記念写真を撮ってみた。中に入るのは時間がかかりそうだったのであきらめた。
他にも、サマースクールで小旅行もあった。登山鉄道に乗って高山植物を学びながらのハイキングをした。少し肌寒さを感じる中で、咲き誇る花々はとても綺麗だった。山歩きはあまりしたことがなかったけれど、澄んだ空気の中で珍しい花を見て歩くのはとても楽しかった。詩歌ちゃんはたくさんの人に囲まれて、臨時のガイドさんの様に花の説明をしていた。
感心していれば、事前に調べてきたのだと笑うから、やっぱり詩歌ちゃんはすごいのだ。予定をしっかりチェックして、予習してくる。こういう先を見通し準備するところなど、見習えたらいいななんて思った。







