205.サマースクール 2
授業は毎日8時半から始まり、午前はRPアクセント英語での座学が行われる。指導をしてくれるのは、その授業の専門家とレオのような卒業生のボランティアだ。卒業生のボランティアといっても、その世界で働いている人らしい。
午後は校外学習やスポーツアクティビティなど体験が中心になる。日本人教師は引率するだけで指導を行わない。なにか困ったときには英語で現地の教師かボランティアに相談しなければならない。
一日の終わりには英語でレポートを作成し提出することになっていた。
学生寮は古い質素なもので、シャワーなどは共有だ。スマホやパソコン、ゲーム機など電子機器は持ち込み禁止。
古い建物のあちこちにエレナさまの学生時代を感じて、ちょっと隠れてクンクン匂いを嗅いでみたりする。エレナさまが触れたかと思えば、ドアノブ一つだって特別なものだ。水の出が悪くなるシャワーだって、エレナさまもこんな苦労を……と思えば愛おしいのだ。
部屋にはテレビもないため、自然と談話室に集まるようになる。
談話室にはテレビやボードゲーム、カードゲームなどがあり、自由に使うことができた。食事はビュッフェスタイルである。
消灯時間も決まっており、寮母さんもいる。引率の先生などの指導は入らないため、シャワーやテレビの順番など、生徒たちだけで自主的に行動していかなければならないのだ。
部屋は二人部屋だ。部屋割りは同じ学校同士にならないように配慮されているようだった。ぎこちない英語で様子をうかがいながら、談話室でカードゲームやボードゲームをして遊んだ。いろいろな国の人たちとゲームを通じて遊ぶのは楽しい。これは寮母さんには内緒なのだが、各自が持ち込んだお菓子をかけてポーカーなどしたりするのは盛り上がるのだ。
あとはやっぱり男の子の話。各国の有名アイドルだとか、ハリウッドのイケメン俳優の話は必然的に盛り上がる。映画はたくさん見ておいた方がいいかななんて思ったりする。
もちろんレオや八坂くんの話も出た。子供の頃は二人ペアでの仕事をしていたらしい。それであの気の置けない感じなのかと納得だ。
氷川くんや綱の話も聞かれたりして、それには詩歌ちゃんと当り障りなく答えた。綱はエキゾチックでミステリアスで格好良いらしい。
結構みんなはっきりと気になった人を明言していて、日本と違って積極的なんだなぁなんて不安になったりもした。なにしろ、「恋人がいたって奪っちゃえばいいのよ」なんて肉食発言がサラッと出るのだ。タジタジである。
就寝時間一時間前には談話室は閉まるので、自室に戻り英語のレポートを書く。毎日書きたいことがいっぱいだが、同室の子には日本語が通じないので微妙なニュアンスの質問はできないし、スマホで気軽に調べられないため大変ではあった。
今日は午前中に日本の文化についてプレゼンし、午後からは芙蓉学院の生徒がお茶を点てることになっていた。先日はイギリス流のティータイムを楽しんだところだ。
こういった文化系の授業やスポーツアクティビティにはレオがボランティアにやってくる。
レオが来る日は女の子が華やぐ。親切なのだが距離感が近いレオに私はちょっと気押され気味なので、できるだけ近寄らないようにしていた。
八坂くんや氷川くんなど前から知っている男子はともかく、まだよく知らない男の子に近寄られるのは怖いのだ。
日本から持ってきた浴衣に着替え、テーブルを使って野点である。サマースクール前に、みんなで浴衣の着付けと茶道の練習をしてきた。とはいっても、きちんとしたお点前というよりは、気分を味わってもらうためなので、正式なものではない。お茶会の中心になるのは詩歌ちゃんだ。
お茶菓子は私が選んだカラフルな葛菓子である。葛と和三盆糖を使った伝統的な干菓子で、日本的な桜や菊などの花を模している。見た目は固いが口の中でトロリと融ける。日持ちもするし、運びやすいのでちょうど良いと思ったのだ。
学校内の芝生エリアでお茶を点てる。八坂くんの浴衣姿は珍しいので、女の子たちが群がっている。
私の浴衣は黒地にカラフルな水風船柄で、帯は芥子色にした。ホワイトデーに綱から貰った髪飾りが飴玉みたいで可愛いので、それをつけるためにあわせたのだ。
綱は墨色の絣の浴衣で、帯は芥子色の縞模様だ。シンプルで定番ではあるけれど、綱の黒い髪にとても似合って、スイスの夏の芝生の中、キラキラと光って見える。
実は華子様の馴染みの呉服屋に二人で一緒に誂えたのだ。せっかくだから二人で花火大会に行きたいな、なんて夢は見るけれど、二人きりでは無理だろう。
「姫奈、少し襟が……」
綱が着付けの甘かった襟元を直してくれる。ドキドキとして目を泳がせていれば、不愉快そうな顔をして氷川くんがやって来た。
「生駒、それはどうかと思うぞ」
「乱れている方が問題です。それに私が姫奈の服装を整えるのは当たり前です」
綱は無表情に答えた。
「当たり前では、ない」
氷川くんの憮然とした答えに、ハラハラとしてとりあえず話題を変えようと思った。
氷川くんの浴衣は藍色の地に白い縞模様、淡い水色の帯には白と黄色の柄が入っている。
「氷川くんの浴衣は不思議な縞模様ですね」
無難に話を振れば、氷川くんは微笑んだ。
「ああ、竹縞というそうだ」
竹を割ったような性格の氷川くんらしい浴衣である。
「キリリとした雰囲気がとても氷川くんに似合っています」
「そうか! ありがとう!」
嬉しそうに全開笑顔をくれるものだから、こちらまで嬉しくなってしまう。素直に感謝の気持ちを向けられるのは、気持ちが良いものだ。
「姫奈子さんも、その……とても可愛いと思う!」
氷川くんに言われて面食らう。そう言えば、気持ちを口にする訓練をしているのだったと思い出した。
「ありがとうございます。うれしいです」
私も素直に答えることにする。綱がジト目で私を見るけど、この浴衣はとても可愛らしいのだ。褒められていい気分になる。
「いいじゃない。だって、可愛いでしょ? この浴衣」
不満げな顔の綱に向かって袖を広げて見せれば、綱は少し驚いた顔をした。
「姫奈はどこまでも姫奈ですね」
そして、ため息とともに何とも言えない笑顔を氷川くんと交わし合う。なんだ、なんだ、仲良しか。
他の子たちも集まり出して、午後の授業の始まりだ。簡単な説明を詩歌ちゃんと氷川くんがして、実際にやって見せる。それを他の留学生たちが学んでから、実際のお点前だ。こうやって二人が並んで何かをするたびに、やはりお似合いだと思うのだ。まぁ、一条くんも悪くないけど。……別に詩歌ちゃんがとられるみたいでいやだとか、そんなんじゃないし!! ちゃんと応援するし!
数カ所のテーブルに別れ、順番にお茶をたてお菓子を食べた。爽やかな風の中、ワイワイガヤガヤと楽しめばどんどん距離が縮まっていく気がした。
干菓子の精巧さにも驚いたようで、伝統菓子だと言えばアメージングだと驚かれた。台湾やマカオにも同じようなものがあるのだと教えてもらう。帰国したらお互いに交換しようと約束をした。
そうでなくても日本のお菓子は人気なのだ。夕食後での談話室では、日本のお菓子のプレゼンをしている私なのである。
「たのしそうですね」
綱も楽しそうに笑っている。
「ええ。食べ物話は幸せしかないもの」
「由々しき論争もありますよ?」
「ああ、きのこ・たけのこ……。どちらにしても幸せな議論だわ」
話していれば、レオがやって来た。私は思わず身構える。距離が近いというのもあるし、エレナさまのファンな上、綱狙いかもと思うと警戒してしまう。
「もう飲みましたか?」
綱が一歩前に出て話しかけた。ちょっと珍しい。
え? 綱も興味ある感じ、なの? 正直動揺する。
「まだー。苦いの苦手なんだー」
人懐っこい笑顔でレオが笑う。また営業用の笑顔だと感じる。
「薄くして飲んでみますか?」
「そういうのもいいの?」
「今日は正式なものではないですし、いいのではないでしょうか?」
「えー、じゃあ、お願いしようかな?」
綱とレオが話している。悶々として二人を見ていれば、レオとバチリと目が合った。
「ヒナコ、淹れてくれる?」
「ええ」
レオに言われて私は疑いをますます深めた。
私にお茶を淹れさせているあいだ、二人で話したいに違いない。でも八坂くんが言っていた。レオは軽いのだ。そうだ、エレナさまが好きな癖に、綱にまで色目をつかうとはどういうことだ。そんな二股みたいなのは良くない。
私も同じ? ぜんぜん違う! 私は綱に色目なんか使えないからいいのだ! むろんエレナさまにだって使えない! お話しできるだけでいっぱいいっぱいだ。
私は色目を使いたくても使えないのにレオはやっぱり許しがたい!!
「綱! 気を付けてよ!」
思わず指をさせば、綱とレオはきょとんとした顔をした。
くぅ! なによ、その顔、綱ったら可愛いじゃない!!
先ず葛菓子を持って行く。葛菓子を差し出せば、レオは指でつまんで空にかざす。花を模した干菓子が絵になって、まるで名画のような美しさだ。私はそれを横目に見ながら、簡易の水屋へ戻る。
綺麗だね、なんてレオが言って、綱が丁寧に説明をしている。
優雅に口に運んで、あまーいと呟く声の方が甘い。
私は耳をダンボにしながら、素知らぬ顔して仕方なくレオにお茶を点てる。苦いのが苦手だと言っていたのに、手元が狂って山盛りに入ってしまった。素知らぬ顔してレオに差し出せば、何の疑いもなく口をつけるから良心が痛む。
「やっぱりダメ! それ少し濃かったわ!」
そう言って寸前で止める。レオは驚いた顔をして、でも素直に茶碗を返してくれた。
「新しいのを入れてきます!」
新しく薄めに作り直し、レオの元にもっていく。レオはそれを口にして、やっぱりミルクと砂糖が欲しいと言った。
「ケッコウナオテマエデシタ」
片言の日本語で茶目っ気たっぷりなレオに、綱が笑う。
「間違ってた?」
「いいえ。よくご存じだと驚きました」
「最近日本に興味があって、ちょっと勉強してるんだ」
レオと綱の話を聞きながら、私はレオに渡すはずだった濃い目のお茶を口に含んだ。
「苦い……」
思わず呟く。これは浅はかな嫉妬の苦さ。直前で気が付いてよかった。レオに出さなくてよかった。こんなことでは立派なエレナさまの友達になれない。
「ね? ヒナコ!」
突然レオに名前を呼ばれ驚いて顔を上げる。
「え? なにかしら?」
「もー、聞いてなかった? 今度日本に遊びに行くねっていったの!」
「あ、はい! 是非遊びに来てください! シャトー・ゴウシェリーのワインをおいているビストロにご招待します! どんな食事と一緒に出されているか気になるでしょう?」
そう答えれば、レオは少し間の抜けた顔をして笑った。







