204.サマースクール 1
サマースクールが始まった。
スイスの由緒ある寄宿学校オリヴィエ学園に二週間の短期留学である。オリヴィエ学園は十三歳から十八歳までの裕福な家庭の子供たちが寄宿して学ぶ国際色豊かな学園である。エレナさまも十三歳からこの学園に寄宿していたそうだ。
もともとはお城だったという校舎はとても趣のあるものだ。
サマースクールの期間は、オリヴィエ学園の寄宿舎に宿泊することになっていた。
学園自体は夏休み期間中で、生徒は自宅へ帰っている。その為現役の生徒たちとの交流というよりは、この学校の指導陣の教育を受けるのが主な目的となっていた。
様々な国からサマースクールに集まってきており、国際色も豊かだ。公用語は英語で、フランス語が混じることも多い。
湖のほとりにあるオリヴィエ学園は伝統ある学校だけあり、校舎も寄宿舎も古い。校内には広いグラウンドは当然のこと、コンサートホールや乗馬エリア、厩舎まである。しかも、在校生の中には自分の馬を連れてきている人もいるらしい。当然、面倒を見るスタッフだっているのだ。
上を見れば上がいるものだ。芙蓉には馬なんていない。白山家では一応競走馬を持ってはいるが、あれはお父様の完全な趣味で私は見に行ったこともない。
初日は説明会と懇談会を兼ねた立食パーティーで終了だ。
八坂くんはすでに目立っていて、すでに様々な国の女の子に取り囲まれている。
氷川くんや詩歌ちゃんはデビュタントで知り合った人たちとの再会を喜んでいた。
詩歌ちゃんにグイグイいっている人、多分アラブの王族だった気がする。チラチラと様子をうかがっているのは中国の資産家の御曹司だ。
「うーちゃんはどこへ行ってもモテるわね……」
ちょっと悔しく思いながらも思わず呟けば、綱が「そうですね」なんて返事する。綱も詩歌ちゃんのことを可愛いと思っているに違いない。
反論はないけれどムッとして、綱を見ればバッチリ目が合って思わず怯む。まさかこんなに凝視されているとは思わなかった。
綱も慌てたように目を逸らした。
「な、なによ……」
火照る頬をおさえて俯く。
「……いえ……」
綱がらしくもなく歯切れ悪いから、私もどうしていいのかわからなくなる。頭の中が真っ白になって、次の言葉が見つからない。
その時突然声がかかった。
「ひなこ! 久しぶり!」
「レオもサマースクールなの?」
「アンジとヒナコが来るって聞いたから、OBボランティアで参加しちゃった!」
ニコニコと手を振ってやってきた金髪碧眼のレオという美男子は、デビュタントで知り合った男の子だ。サラサラストレートの長髪なのは、俳優もしていると言っていたからだろう。どうやらエレナさまと同じくオリヴィエ学園のOBのようだ。
レオは良く笑うけど、その笑顔がどうにも不自然に感じるのだ。淡島先輩の狸顔の見分けがつくようになったからだろうか、心からの笑顔だとは思えない。八坂くんと同じ営業用だからなのだろうか。だとしたら、八坂くんの方が営業スマイルは上手だと思う。
そして、前世と違って学んだことがある。いつも笑っている人は優しい、怒っている人が怖いというのは勘違いだ。淡島先輩のように、本当に怖い人は怒っていることを悟らせずに、いきなり鉄槌を下すのだ。笑顔を読み違えると大変なことになる。
綱が誰だと言わんばかりの顔で私を見た。レオも私の顔を見ている。私は慌てて二人を紹介しなければと思った。
「彼はツナモリ・イコマ。私の幼馴染です」
レオに綱を紹介する。
「ツナモリ・イコマです」
「ツナモリ……ね。よろしく」
レオがニコリと綱に微笑む。綱も簡単にお辞儀する。
「彼はレオ・ド・ゴウシェリー。デビュタントで一緒だったの。お父様がお城でワイナリーを経営されているのよ。八坂くんのモデルの先輩で、八坂くんから紹介していただいたの」
「レオって呼んで」
レオが右手を差し出せば、綱もレオの手を握りかえした。
「シャトー・ゴウシェリーのワインは素晴らしいと父も申しておりました」
「ああ! あれ日本ではヒナコのビストロにしか出してないんだ。気に入ってくれてよかった! 日本での知名度はまだまだだから」
綱の言葉にレオは嬉しそうに返事をする。
デビュタントの後、レオに頼んで何種類かワインを送ってもらったのだ。その中のワインをお父様が気に入って、取り寄せているのである。
「綱、生駒から聞いてたの?」
「はい。さすがに味見はしていませんが」
「なら今度は特別なジュースを送るよ。たくさん作ってないから流通はしてないけど美味しいよ」
レオが笑う。
「そうそう、そう言えばシューゴをフレンチオープンで見たよ」
「すごいですよね! ベスト4でした! でも、修吾くんを知ってるんですか?」
「有名だよ。ニンジャでしょ? オレは一回戦で負けたけど」
「レオもテニスをするの?」
「うん、ちょっとね」
レオは悪戯っぽく笑った。
「ニンジャの女神ってヒナコでしょ?」
「?」
何の話か分からずに頭の中はハテナでいっぱいだ。
「シューゴの大事にしてる写真の子、どこかで見たことあると思ったらヒナコだ、うん、そうだ!」
「え? うそ?」
「知らなかったの?」
言葉もなくコクコクと頷く。
「へー……。彼女じゃないんだ?」
「そんなわけありません! 姉弟みたいなものよ? 小さい頃は『お姉さん』って呼ばれてたくらいで」
「ふぅん?」
レオはニヤニヤと笑っている。
綱は眉をしかめて私を見た。いや、私を見られても。
「ねぇ、シューゴの女神様。オレにも加護をちょうだい?」
年上の癖にコテンと首をかしげてねだるから笑ってしまう。
「それは無理です。修吾くんに勝ってほしいもの」
笑って答えれば、レオは薄く目を細めた。
そんなふうに話をしていれば、ツカツカという足音と共に八坂くんがやって来た。そして、私とレオとの間に立つ。
それを見て、レオはおかしそうに笑い、綱は胡乱気な顔をした。
「姫奈ちゃん、レオの見た目に騙されたらだめだからね?」
八坂くんがそんなふうに言うからおかしくて笑ってしまった。きっと良い先輩後輩……いや、モデルとしてライバルなのかもしれない。
「アンジ、そんな言い方ないんじゃない? そもそも紹介してくれたのはアンジなのに」
「僕は侯爵閣下とワイナリーを紹介したつもりだけど」
「信用ないなー」
レオの答えに、八坂くんが不信の目を向ける。
「大丈夫よ。八坂くんでイケメンには見慣れているし、世界で一番美しいのはエレナさまだもの!」
言い切れば、レオは思いっきり笑い出した。
「ヒナコはエレナが一番なんだ?」
「ええ! そうでしょ? 世界の摂理でしょ?」
「奇遇だね。オレもそう思う。仲間だね」
仲間と言われてちょっとモヤる。だって、エレナさまのモデル仲間でエレナさまが好きだとしたら、仲間というより敵である。私はせいぜい友達にしかなれないが、レオはお付き合いできるかもしれないではないか!
が、エレナさまを好きな人を害すようでは友達と名乗れないので、グッと気持ちを抑え込んだ。
「……え、ええ、嬉しいわ」
レオと私のやり取りに八坂くんは大きく溜息をつき、綱は八坂くんを生ぬるい目で見た。
「じゃあね! ヒナコ、お邪魔虫が入ったから!」
レオはそう言うとヒラヒラと手を振って行ってしまった。この場を離れれば、待ってましたとばかりに彼は女の子の輪に囲まれてしまう。八坂くんに負けず劣らずといったモテ具合だ。
「さすがモテるわねー」
驚いて感嘆すれば、八坂くんが大仰にため息をついた。
「姫奈ちゃん……、気を付けてよね」
「なにに?」
「姫奈ちゃんて年上に弱いとこあるから、変な奴に騙されちゃだめだよ? 男女問わずパートナー探しに来てるやつだっているんだから」
八坂くんはシンガポールの件を言っているのだ。
サマースクールとはいっても、各国の上流階級が集まるここでは玉の輿狙いも多い。オリヴィエ学園のOBともいえばセレブ中のセレブなのだ。確かにレオを狙う人は多いかもしれないが。
「こんな場所で私が狙われるわけないじゃない!」
八坂くんの心配を鼻で嗤った。だって、この中には本当の王族だとか、大富豪だとか、レオのような芸能人ご本人だっているのだから。しかもレオはエレナさまが好きなのだし、私みたいなチンチクリン相手にされっこないのだ。
そう言って笑えば、八坂くんは綱を見て大きくため息をついた。
「……生駒も気を付けた方がいいよ」
「わかっています」
綱がツンと答える。
「え!? 綱、誰かに狙われてるの? うそ、もう口説かれた?」
思わず食いつけば、八坂くんが噴出して、綱が変な顔をした。さっきのレオは綱狙いだったのだろうか。そんな風に見えなかったけれど、確かに雰囲気は悪くなかった。反芻して混乱する。
「特別なジュースをあげるって、そういう意味だったの? 綱、気を付けてよね!」
「あなたはまたおかしなことを言いだして……」
綱は大きく溜息をついた。
「なんにしても! レオには気を付けなよ。アイツ、すっごく軽いんだから! 真に受けちゃだめだからね!」
八坂くんの言い草に笑ってしまう。
「わかってるわ。八坂くんとおんなじ営業でしょ? 人気商売は大変よね」
言えば八坂くんが困った顔をした。綱は小さく笑う。それを見て八坂くんが綱を睨む。
「僕は姫奈ちゃんに営業してないからね!」
「はいはいはいはい、わかっていますって!」
「全然わかってないでしょ?」
「いえいえ、ちゃーんとわかってますよ」
八坂くんは、「もう!」とほっぺを膨らませて、わかってないんだからと呟いた。
綱はそれに頷いて、真面目な顔を私に向けていった。
「あなたのことですよ」
今までの流れでなんで私が叱られるのか、謎である。







