203.高等部二年 遠泳大会 2
夕暮れ過ぎれば花火タイムである。
今年の私ももれなくフリーである。うん、まぁ、しょうがない。もの欲し気に仲良さげなカップルを見て、小さくため息をついた。そうはいっても羨ましいんである。
綱はたぶん誰かに呼び出されている模様。それに、なんだか知らないが、一条くんと詩歌ちゃんがなーんかなーんかな感じでなーんかだから、私はすっと気配を消してきたところだ。ふーんだ。
線香花火を持ちながら所在なげにたたずむ桝さんを見つけた。そっと近寄って肩をたたけば、振り向いた桝さんの頬に指が刺さって、めちゃめちゃいやそうな顔をされた。
「ひっかかったわね?」
「し、白山さん……あ、あなた、いくつになったんですか」
桝さんを無視してライターを差し出す。
「線香花火するんでしょ?」
「線香花火はライターだとうまくできないんですよ」
「わがままね」
「事実です。花火の火がつく面積と火種の大きさは比例関係にあるんです。だから火をつけるとき火種をできるだけ小さくしたほうが、せ、せ、線香花火は長持ちします」
相変わらず小難しい。
「ふーん? でどうするの?」
「あ、あ空き缶にロウソクを立てて……」
「ロウソク持ってる?」
「あ、は、はい」
「なんで火をつけないの?」
聞けば、桝さんはうつむいた。
「ひ、火が……。ライターを使ったことがなくて」
「ああ、火が怖いのね?」
「怖くないです!」
「ロウソクかして」
桝さんはおずおずとロウソクを差し出した。
近くにあった空き缶を拾い、少し砂浜に埋める。ロウソクに火をつけて、中に溶けたロウを垂らす。そしてその上にロウソクを立てた。
桝さんがホウとため息をついた。
「慣れてるんですね」
「小さいころからお仏壇にお供えしていたから。ロウソクの炎はそれほど熱くないのよ。お線香のほうが熱いくらい。で、線香花火はどうすれば長持ちするって言ってたかしら?」
「だ、だから、火をつける場所が小さいほうがいいので、花火の先に少しだけ火をつけます」
そう言って、桝さんは恐る恐ると言うようにロウソクの火に花火を近づけた。チリと炎が付いて、ビクリと肩を震わすから線香花火が炎に近づいて、火種が大きくなってしまう。
「火、たくさんついたわよ?」
「……り、理屈と行動が一致するとは限らないんです」
茶化せば、桝さんは不貞腐れたように答える。
私も桝さんの手から線香花火を引き抜いて、ロウソクに近づける。ロウソクの火の中に、潮風が線香花火を攫う。私の火種も大きくなった。
思わず舌打ちをすれば、桝さんが笑う。
「し、白山さんだって、たくさんついたわ」
「ほんと、思い通りにならないものね」
二人でクスクス笑いあう。
「い、い、生駒くんは?」
「イコマくんはね、オモテになりますので、告白タイムよきっと」
不機嫌に答えれば、桝さんは真面目な顔をして線香花火を見つめた。チリチリと炎が爆ぜて、火花が落ちる。
「……止めないんですか?」
「できるわけないじゃない。彼女でもないのに」
私の火花も落ちる。
桝さんが線香花火を差し出した。二人で火をつける。また上手くいかない。
「桝さんこそ行かなくていいの? 違う子に取られちゃうわよ」
「時期尚早です」
「なによ、それ」
「わ、私にはまだ早いってことです。タイミングというものがありますから」
「ふぅん?」
「それにイベントに絡めて告白するなんて軽薄です」
告白する誰かを咎めるように言う。
「いつだったら、軽薄じゃないのよ」
意地悪に問い返してやる。桝さんだってわかっている。私たちの言い合いは告白できない負け犬の遠吠えだ。
桝さんは悔しそうに口を噤んだ。
「……い、い、い生駒くんの誕生日はいつなんですか?」
「おしえませーん!」
「学院でお祝いされているところを見たことなかったので」
「夏休み中だから。皆さん残念でした!」
「し、し、白山さんはサマースクール中に一緒にお祝いするんですか?」
「サマースクール中じゃないもの。別に特別なことはしないわ。彰仁と一緒にみんなでケーキを食べるだけよ。私なんて妹みたいなものだもの」
答えてハッとする。
「もしかして、今、誕生日を探ってたわね?」
「あと少しでした。思ったより馬鹿じゃなくて残念です」
桝さんがツンと答える。
「誕生日に告白する気?」
線香花火が激しく燃えて、スンと静かになって落ちる。光の後にグッと闇が落ちてくる。桝さんの無言が怖い。
「し、白山さんが、ふ、フラれてから、に、します」
桝さんは一息ついてそう言って、そっぽを向いた。
「は? 私がフラれてから?」
「だから早く告白してください」
「嫌よ!」
「我儘ですね」
「良く言われます!」
フンとすれば、桝さんは笑った。今なら聞けるかな。
「……桝さんて進学どうするの? 綱と同じ?」
「生駒くんは経済学部ですか?」
「多分」
「私は数理……が希望ですが」
「が?」
「……」
突っ込んで聞けば、桝さんは嫌そうな顔を私に向けた。
「あまりしつこく聞くのはどうなんですか?」
「だって、気になるもの」
「あんまりズケズケ人の中に入ってくると嫌われますよ」
「今更桝さんに好かれようと思ってないし」
答えれば、桝さんはハァとため息を吐く。
「……本当は京都に行きたいんです」
「行けばいいのに」
「っ。また、簡単に言って」
「だって、一人娘の我儘なら聞いてくれるんじゃないの?」
「我儘なんて」
「言って損はないでしょ。ダメならその時諦めればいいんだし」
「言っても良いんですか?」
「無理なら親が断るだけだわ」
桝さんは目を瞬かせて私を見つめた。
「やっぱり、無神経でわがままな人は考え方が違いますね」
「ちょっと、悪口なら隠れて言いなさいよ!」
窘めたら無視された。
「きょ、京都の大学には数学のノーベル賞と言われるフィールズ賞を受賞した教授がいるんです。だ、だから、私」
「だったら行くべきよ!」
「でも、女のくせに無駄です」
「そう? 数学なんて一番性別関係ないじゃない? 身長とか体重とかも関係ないし。私料理人になるなら体力づくりが必要かなーって思ってるのよね」
「は? 料理人ですか?」
「ええ。一日立ち仕事でしょ? 洗い物あるし。食事を運ぶの結構重いのよ」
「あ、はい……」
桝さんがポカンとしている。私は変なこと言っただろうか。
「なによ」
ムッとして聞き返せば、桝さんが笑った。
「いいえ。父に聞いてみることにします」
「そうよ! そうしたらいいわ! そうしたら桝さんが遠くに行って私も安心よ!」
「それが本音ですね?」
「そうよ、本音よ」
「……早く告白してフラれればいいのに」
「なんでよ、いやよ」
桝さんが私をにらんで、私も桝さんをにらむ。それでお互い笑ってしまって、もう一度線香花火に火をつけた。
「ねぇ、地味だし、まどろっこしいわ。まとめて火をつけちゃいましょうよ」
私が言えば、桝さんは顔をしかめた。
「情緒ってものを知っていますか?」
「だって、全然うまくできないじゃない!」
「うまくなるには練習が大切なんですよ」
「えー……でも、これ練習して何になるのよ」
「今、意味がわからなくたっていいんです。いつか役に立つかもしれません」
「そんなの嫌よ」
ワイワイ言っていれば、綱がやってきた。私たち二人を見て戸惑った顔をする。
「ここにいたんですね」
「綱は終わったの? 告白、なんでしょう? こんなところに来ていたらだめじゃない」
二人っきりだったら気まずくて聞けない。でも、今は桝さんがいるから、茶化すように聞くことができた。
「断りましたから」
綱の言葉を聞いて、口角が上がる。桝さんも少しほっとしたような顔をした。
「二人はここで何をしていたんですか?」
「せ、せ、線香花火を……」
綱から顔をそらし、おずおずと桝さんが答える。さすがにまだわだかまりはあるのだろう。
「でもうまくいかないのよ」
ブーたれて綱に線香花火を押し付けた。
綱は私から線香花火を受け取ると、ロウソクの火にそっと線香花火をかざす。炎に触れるか触れないかの距離で、チリリ、線香花火に火が付いた。
慌てるでもなく、線香花火を平行にしたままそっとロウソクから離れると、風上に背を向けて風から線香花火を守る。
チリチリとはぜる炎がだんだんと大きくなってゆく。線香花火の先にぶら下がる赤い塊が熱を帯びて膨らんで。小さく跳ねるオレンジの光が綱と桝さんを儚く照らす。
桝さんは、憧れるような、焦がれるような顔をして綱ばかり見ている。
綱はそれに気が付いていないのか、真剣に線香花火を見つめていた。
徐々に小さくなっていく花火、同じように小声になっていくはぜる音。かわりに大きく膨らんでゆく赤い火種が、まるで私の気持ちみたいだ。
膨らんで膨らんで、膨らみ切って黒くなって。
ポトリ、砂に落ちた。
「……あ……」
思わず声をあげれば、綱が顔を上げた。目が合って、綱が微笑む。
「わかりましたか?」
諭すような声が、線香花火の残り香と共に私の鼻の奥をくすぐった。
桝さんは素直に頷いた。
私は素直になれなくて、唇を尖らせる。
「わかったけど、無理よ」
「こんなものは慣れですよ」
綱がそう言って私に一本線香花火を差し出した。私は黙ってそれを受け取る。そうして、もう一本を桝さんにも差し出した。桝さんは、オズオズと上目使いでそれを受け取ると、小さくありがとうと呟いた。
「……猫かぶり……」
ボソリと呟けば、桝さんがキッと私を睨み、小さく「無神経」と私にだけに聞こえるようになじる。
綱が不思議そうな顔で見るから、毒気を抜かれて笑ってしまった。
「どうしたんです?」
「なーんでも?」
「おかしな人ですね」
つられるように綱が笑って、戸惑いがちに桝さんも笑った。
綱が線香花火に火をつける。大切そうに線香花火を守るからそれがいけない、花火にだって妬けてしまう。私は自分の線香花火を綱の線香花火に押し当てた。
二つの火種が合わさって、大きくなる。
「ひな!」
「くっつければ大きくなるじゃない」
咎めるような綱の声を遮れば、綱が小さくため息をつく。
大きくなった線香花火は、さっきよりも激しく瞬いたかと思ったら、あっという間にポトリと落ちた。
「こういうのは丁寧に育てないとダメなんですよ」
綱が呆れたように笑った。
「綱の言うとおりね」
今度は素直に答えられた。







