201.雨の交差点 2
「意味わかんないんだけど。とりあえず、そこの店入らない? 説明してよ」
三峯くんに促されてファーストフードのお店に入る。実は初めてで戸惑っていれば、三峯くんはわけない様子で注文した。
「白山さんはどうする? コーラ? コーヒー? シェークもあるけど?」
「あ、温かいコーヒーがいいわ」
「OK」
三峯くんは自分用のポテトとコーラを頼む。晴人くんは晴人くんでコーラを頼んだ。
「ミィさん? あの、コーヒー代は?」
晴人くんの前では三峯くんと呼べなくて、そう呼びかければ三峯くんは気まずそうな顔で笑う。
「じゃ、百円。後でいいよ」
「え? 百円? おかしいでしょ?」
「おかしくないよ、ほら」
指をさされた先には『コーヒー 百円』と書かれていて、嘘でないことが分かる。
三人で席につく。
「で、いったい何だったわけ?」
三峯くんに聞かれて恐縮する。
私はあのサラリーマンの話を口に出すのも嫌で困っていれば、晴人くんが一連の事件を説明してくれた。
「それで、白山さんに断られたけど心配になってつけてきたと……」
三峯くんがため息をついた。
「生駒くんに相談すればよかったんじゃない?」
「綱の迷惑になりたくないわ」
「白山さんが生駒くんを塾で待ってて一緒に帰れば迷惑にはならないでしょ?」
「だって、綱を待って夜遅くに一緒に帰ると怒られるから……」
「誰に」
「母に」
三峯くんは眉をあげ、ああ、と呟いた。
「だったら家に連絡すればいいのに」
「こんなことがあったって知られたら、塾をやめろって言われるわ」
「うちの人、塾に反対してるんだ」
「私には必要ないって思ってるわ、たぶん。学部を選ばなきゃどこかに入れると思ってるから。それでいいって、期待されてないわ」
俯く。成績に困っているわけじゃない。このまま何事もなければ、きっとエスカレーターで芙蓉学院大学部には入れるだろう。でも、もし何かあったら? 没落の可能性を両親に話せば笑われるなんてわかってる。それに私は大学に入るだけじゃなくて、勉強したいことだってあるのだ。
家には相談できない。綱にも相談できない。
「ふーん、まぁ、いいとこの家の親なんてそんなもんかもね」
「……でも、やめたくないの」
綱と一緒に通いたい、そんな下心から始めた塾だったが、実際通ってみれば色々なことがわかる。芙蓉の中で守られてきた私には、世間は知らないことがいっぱいだった。
例えば、今日の変な人もそう。ここのコーヒーの値段もそう。同じ女の子でも、着るものも話し方も考え方も違う。
自分が何も知らないことがわかって、だからこそ大人になる前に知っておきたいと思う。
「こんなことがあっても? カテキョでよくない?」
三峯くんが聞く。
「怖いし、気持ち悪いし、ヤダ。でも、みんな頑張ってるんでしょう? ニコちゃんも変な人に会ったって言ってたわ。普通だったらいつかはこんな目に遭うんだわ。だったら、いつまでも逃げていられないでしょう?」
家が没落してしまったら。夜のバイトに行くのなら。夜間の学校へ行くのなら。綱はいつかいなくなる。
一人で対処しなくてはいけないのだ。
「あーあー、本当に腹立つ、そういう男。男がみんなそうじゃないからね。勘違いしないで」
三峯くんがガシガシと頭を掻きながら吐き捨てるように言った。
「わかってるわ。周りにいるみんなは優しいもの」
「じゃあ白山さん、とりあえず帰り道、同じルートで帰らないこと! 必ずランダムでルート変えて帰って。で、今日は金曜か、あと塾はいつ?」
「火曜日よ」
「わかった。金曜はさ、オレ、塾の方で収録してるから帰り一緒に帰ろう」
「だめよ、そんなの悪いわ」
「どうせそっちにいるからついで。別に悪くないし。金曜の夜はガラが悪い奴多いんだよ。そのサラリーマンが手を出してこないってわかるまでだけ、ね」
「でも、やっぱりいいわ。一人で大丈夫よ! 大袈裟ね。本当に平気!!」
心配されないようにと、元気を出して断れば三峯くんは少し考えるように私を見た。
「白山さん。百円ちょうだい」
唐突にそう言って、手のひらを私に差し出す。
手のひらに百円を置けばいいのだが、傘を持つ手を握られた瞬間が一気に蘇り鳥肌が立つ。
失礼かと思いつつ、恐る恐るテーブルの上に百円を置いた。
「……もしかして、男が怖くなっちゃった?」
三峯くんに指摘されてドキリとする。
「あ、えっと、三峯くんが怖いわけじゃないの。でも、今はちょっと……」
「ほんと、クソだな」
三峯くんが大きく息を吐き出す。それに怯えてしまう自分がいる。
「……ごめんなさい」
「白山さんのことじゃないよ。でもさ、白山さん。怖いかもしれないけど、一人より安全なんだよ。オレは変なことできないってわかるよね」
「ええ。リスクが大きすぎるもの」
「そう。社会的にも物理的にも殺されちゃう」
おどけて言うから笑ってしまう。
「そんなわけないわ」
「結構そんなことありそうだけどね。まぁ、だから安全。大丈夫だってわかるまで生理的に無理でも理解して我慢して」
「そのとおりね。……あの、甘えてもいいかしら?」
「うん、だから、自販機で何か奢って」
「わかったわ」
「あと、今日は一応送っていくよ。遅くなった言い訳も必要でしょ? オレが足止めしたっていっとくから」
「なにからなにまでごめんなさい」
「いいよ。恩に着て」
三峯くんが笑う。晴人くんがポカンとして私たちを見ていた。
「……晴人くん?」
目が合ってハッとした顔をする。
「あ、ううん。えっと、じゃ、火曜日は途中まで俺と一緒に帰れそう? 新宿方面なんでしょ? 俺も新宿まで出るから」
「いいのかしら」
「えっと、シホちゃんも気にしてた、から……」
晴人くんが顔を赤くしてゴニョゴニョと言う。
「シホちゃん?」
「今日も実はシホちゃんから頼まれて……見届けたら連絡することになってて……シホちゃんはバスだから……」
「……」
「……」
察し。三峯くんと顔を見合わせる。私が心配だというのは嘘ではないが、プラス好きな子にいいとこ見せたかった、と言うところなのだろう。
プッと三峯くんが噴き出す。
「白山さんてさー、なんか、あれだよね。なんだろうね?」
「なによ」
「まぁいいや。生駒くんには言うんだよ?」
「駄目。言えない」
「どうして?」
「迷惑かけたくないの」
「迷惑だなんて思わないよ」
「でも、でも、綱の足手まといになりたくないわ。こんなことがあったっていったら、綱、塾を辞めちゃうかもしれないわ。白山のためにはちょっと無茶をする、なんだかそういう危なっかしいところがあるのよ、あの子」
「あー……」
三峯くんが納得したように苦笑いする。
「綱はね、すごく優秀で、もっとずっとすごい人になると思うの。それを私が邪魔したらいけないの。白山のために未来を諦めさせたくないわ」
「難儀だね」
三峯くんは呆れたように笑う。
「まぁ、オレからは言うからね? 後でバレたらマジでオレが殺される案件だから」
「ちょっ! 三峯くん!!」
「オレは自分の命が惜しいよ。生駒の未来より。さ、帰ろ帰ろ」
三峯くんはそう言って席を立った。晴人くんとはそこで別れた。みんなここがどこで、どうやって帰るのかシッカリわかっているらしい。勘違いで怯えて逃げ回って迷子になる自分とは違うのだ。
三峯くんに送られて駅に帰る。その間に、複数ルートの作り方のレクチャーを受ける。日常の基本パターンを特定されないためだ。
駅では家の車が待っていた。連絡せず遅くなった私を心配していたらしい。三峯くんは事情を説明すべく、私の家まで来てくれた。そして、そつなく私の母に遅れた件に嘘をつき、誤魔化してくれた。
三峯くんは宣言通り、綱に事情を話してしまった。もちろん私からも話したが、綱は無表情で頷いただけだった。多分三峯くんが先に連絡しておいてくれたおかげだろう。もっと怒られると思っていたが怒られなくてホッとした。両親にも黙っていてくれるらしい。
ただ、何も言わずに新しい傘をプレゼントしてくれた。雨の日でも気分が明るくなるような、お日様色の傘だ。パッと開けば嫌な気分を打ち消してくれるそんな魔法の傘だった。
次の塾の時には、わざわざ休み時間に晴人くん達に会いに来て、綱がお礼を言ったものだから、クラスが少しザワついた。心配してくれるのはありがたいけど、それはちょっとやめて欲しかった。







