20.テニスコートにて 1
買い物の翌日から、私はスカッシュを楽しんでいる。光毅さまといつテニスをしても恥ずかしくないように練習を兼ねているのだ。
こういう時の私は結構頑張り屋だ。欲しいものを手に入れるための努力は怠らない。が、手に入れたら油断するタイプで痛い目を見た。もう本当にあれは懲りた。
前世では氷川くんが好きだったが、今回はあまりそんな気分がない。アレだけこっぴどく振られればコリゴリなのだ。今度は違う恋を探したい。
そしてそれが光毅さまだったらなぁ……なんてうっすらと夢を見る。
だって、カッコいんだもん。年上で、爽やかで、スポーツもできるんでしょ? どんな人かはまだ知らないけれど、だからこそ知りたいって思うでしょ?
私はご機嫌でスカッシュに打ち込むのを、綱も彰仁も呆れながら見ていた。彰仁なんかは、はっきり『姫奈子なんか相手にされない』なんて言う。
わかってますよーだ、だけど憧れるのは勝手でしょ?
私だってわかっているのだ。中学一年生の女の子なんて、光毅さまの相手にならないってことくらい重々承知だ。だけど、憧れの人がいる、それだけで張り合いってものが出るでしょうが! そう、これぞ、恋の力!
そんなわけで、満を持してやってきました。公営のテニスコート。今日はここで彰仁と光毅さまたちがテニスを楽しんでいるのだ。
私と綱はランニング途中の偶然を装って、覗いてみた。
綱がこれ見よがしにため息をついている。私は完全に無視を決め込んだ。いいのだ、光毅さまは私にとってアイドルみたいなものなのだ。ちょっとでも見れたらそれでいい。目の保養、心の潤い。万が一話せたらラッキーってところだ。
「彰仁~!」
フェンスの向こう側から休憩中の彰仁に手を振った。彰仁はあからさまにイヤーな顔をした。
へーん、知らないもん。
「なにしてるんだよ! 姫奈子! 綱も姫奈子連れてくるなよ!」
彰仁が怒鳴りながら私のもとにやって来た。荒々しくフェンスをガシャンと掴む。
「ちょっと通りかかったから少し様子を見たかったのよ。何をそんなに怒っているの?」
今日は人目があるので良い姉のふりをする。
彰仁は、ケっと口に出していった。猫を被った私を白々しく思っているのが丸わかりだ。
ムカついたので、私はフェンス越しに彰仁に顔を近づけてこっそり耳打ちする。
「もしかしてお姉さまに知られたくない可愛いご令嬢でもいるのかしら?」
こんなに私に来て欲しくないと騒ぐなんて怪しすぎる。だって、まだ彰仁とは険悪になっていないはずなのだ。
だから考えるのは、うふふ。揶揄ってやれ!
「ばっかじゃねーの、恋愛脳女」
「あらあ? そうかしら? お子様にはこんな素敵なご令嬢たちが目に入らないのね?」
「違うよ、ブース!」
テニスコートではたくさんの女の子たちがラケットを振っていた。ザ・テニスというような短いスカートがひらめいている。色とりどりで可愛らしいウエアで、それはそれは可憐なのだ。
完全に出会い目的。
対する私と言えば、黒レギンスに紫のキュロット、長袖のトップスで肌の露出ゼロ。日光遮断完全防備。はっきり言って可愛くない。
……。可愛くなかった~!! やっぱりかわいくなかった。いや、気付いてたけど、明らかに私不利じゃない。全然可愛くない!!
まるでモンシロチョウの群れに紛れ込んだ蛾だ。
気が付いてしまったら、急に恥ずかしくなる。それで彰仁は私を追い返したいのだと気が付いた。可愛くない女に馴れ馴れしくされるのが嫌だったのだ。それが自分の姉だと知られるのが恥ずかしいのだろう。
「……ごめんなさいね。あんなにかわいい子たちばかりなのに、私が知り合いだとわかったら彰仁が恥をかくって気が付かなかったわ」
ションボリとして、フェンスから離れた。さっさとここは退散しよう。
すると服が引かれて彰仁を見る。フェンス越しに彰仁が私のシャツを握っていた。
「なんだよ、今更本気にするとか、ほんと馬鹿姫奈子」
「なによ、私だって弟の足を引っ張りたくなんてないのよ」
「だから、」
「彰仁? どうしたの?」
彰仁が言いかけたところで声が重なった。
修吾くんが白歯をキラキラとさせてやって来た。ああ、将来のイケメン。現在の麗しきショタ。白いテニスウエアが良く似合ってる。
「あー……姫奈子が……」
彰仁が気まずそうに答えた。
「姫奈子お姉さん! こんにちは!」
さっわやかーに挨拶されて私も挨拶を返す。
「こんにちは。修吾くん。いつも彰仁をありがとう」
「今日のお姉さんはカッコイイですね。強そう! ジョギングですか?」
ニッパリっと裏のない笑顔で微笑まれてキュンとする。
何この子可愛い。天使じゃない? 彰仁に次ぐ天使じゃない?
強そうの一言で、モンシロチョウの中の蛾が、オニヤンマになったくらいに思える。……まぁ、それも女子としてどうかと思うが。
「ありがとう。そう、ジョギングの途中で彰仁を見かけたから声をかけてみただけなの、すぐ行くわ」
彰仁がめんどくさそうな顔で私を見たから、そう言ってここから離れようとする。
ええ、どうせ私はそうは言ってもオニヤンマですからね。カワイイからかけ離れてますよ。
長居をしても仕方がない。
「もし良かったら一緒にテニスをしませんか?」
「え! いいの!?」
思わず喜んでしまう。瞬間、綱が背中をつついた。やめろ、そういう意味だろう。
「あ、でも、ラケットもないし……」
「予備のものがたくさんありますから。あの、生駒さんも一緒に、是非!」
「テニスはあまりやらないのでご迷惑をおかけします」
綱がきっぱりと言えば、修吾くんは笑った。
「スカッシュができるなら大丈夫ですよ。遊びですから!」
真っ直ぐな笑顔で言われてしまえば、綱ですら反論もできない。天使の魅了というやつだ。
「ではお言葉に甘えて!」
ルンルンとして答えれば、綱と彰仁が呆れたように目配せをした。
なによ。そんなに嫌な顔しないでよ。オニヤンマにも夢を見させてよ。
コートに向かえば光毅さまがベンチに腰を掛けていた。
「姫奈子ちゃんと生駒くんだっけ? 良く来たね」
はぁぁぁ、名前覚えていてくれた! これだけで気分が上がる。
「こんにちは。ちょっとだけお邪魔します。初心者なのでご迷惑をおかけすると思いますが」
「そんなの気にしなくていいよ、楽しんでね」
優しく笑う姿が眩しい。しかし、光毅さまの周りには、同じく大学生らしい年上のお姉さま方がちらほらといる。エレナ様のように堂々とした大人の女性たち。綺麗なアゲハ蝶の間にトンボの私、やっぱり肩身が狭い。
「このラケット使ってください」
修吾くんがラケットを持ってきて私たちに渡した。本当にテニスが好きなんだろう。そういう気持ちがキラキラとあふれ出していて眩しい。
「ありがとう」
「まずはちょっと打って見ます?」
「ええ」
コートに出て修吾くんと打ち合いを始める。本当に上手で、下手な私が打ちやすいように返してくれるから、まるで自分が上手くなったような気分になる。
すっごく楽しい。
純粋にテニスが楽しくて、キャッキャと修吾くんと打ち合いを楽しむ。その内彰仁と綱も混ざってダブルスを始めた。修吾くんと彰仁のペアはそれはそれは上手くて、どんなに綱がフォローしてくれても全然私たちのチームでは歯が立たない。
それなのに彰仁は容赦がなく楽しそうだ。
「姫奈子ちゃん、生駒くん、ちょっとおいで」
光毅さまに呼ばれてコートから出る。
「ちょっとコツを教えてあげるね」
光毅さまが悪戯っぽく笑って、私たちにテニスを教えてくれる。
私の背中から包み込むようにして、フォームを治してくれる。大きな胸板に、大きな手。包容力があって安心できる。やっぱり大人だ。優しく丁寧に教えてくれる。
そうやってテニスを教わったところで、光毅さまが修吾くんに声をかけた。
「修吾、今度はオレ達とやろう」
光毅さまが私の肩を抱いて修吾くんに声をかけた。
「姫奈子が足を引っ張りますよ」
彰仁が揶揄うように言った。
「丁度いいハンデだろ?」
光毅さまが挑発するように笑う。そんなちょっと意地悪な顔もカッコイイ。
「姫奈子ちゃん、絶対勝とうね!」
「え、でも、私……」
「大丈夫! 勝たせてあげるよ。オレを信じて?」
光毅さまが笑った。ズッキューン! もう、胸撃ち抜かれたから!







