198.修学旅行の準備です
二年時の一大イベントは三月にある修学旅行である。それに伴って一年をかけて事前学習をするのだ。自分たちの行き先を決め、歴史や地理を学び、どういった行程を組むのか、各グループで勉強しプレゼンを行うことになっている。
行き先は、オーストラリア、フランス、中国、ハワイの四カ所から好きな場所を選ぶ形だ。食いしん坊の私は中華と迷ったけれど、フレンチにした。
紫ちゃんは二階堂くんとハワイだそうだ。大きな望遠鏡の施設を見学するプログラムがあるからだと言っていた。
明香ちゃんはクラスメイトとオーストラリアに決めたと言っていた。明香ちゃんは、いろんな人とバランスよく付き合えるところが羨ましいと思う。
フランス組は、氷川くんと八坂くんと詩歌ちゃん。あと、綱だ。
今日は目的地別に分かれて、大まかな説明が行われたところだ。
高等部の修学旅行では自由行動がある。自由行動では、一人もしくは、二・三人で個別行動をするのだ。あまり大きなグループを作ることは禁止されている。大体同性同士のグループで、男女二人になるのはカップルくらいだ。そうなると綱を誘うのは止めた方がいいだろう。変な誤解をされては困る。
ちなみに、フランスではシテ島内が自由行動のできる場所になっている。
前回の修学旅行での反省をもとに、自分から声をかけることにした。気が付いたら一人ポツーンは嫌だ。
しかし、あらたまって声をかけるとなると緊張してしまう。
「う、うーちゃん……。個別行動……一緒に行かない?」
モジモジと詩歌ちゃんを誘ってみる。もしかしたら他の子ともう約束してしまったかもしれない。詩歌ちゃんは人気者なのだ。
「うん! 私も誘おうと思ってたの!!」
詩歌ちゃんに満面の笑みで答えられホッとする。
「いっぱい美味しいもの食べましょうね!」
言えば詩歌ちゃんが笑った。
「私、花市も楽しみなの!」
「花市もあるのね! 行ってみたいわ!!」
二人でワキャワキャと盛り上がっていれば、氷川くんと八坂くんがやって来た。
「二人も自由行動一緒ですか?」
「うん。代り映えしないけど一番気楽だし」
詩歌ちゃんが聞けば、八坂くんがニッコリ笑って答える。
私は綱が気になってみれば、綱は三峯くんと何か話していた。なんだかちょっとホッとする。私が心配するまでもなく、綱は大丈夫なのだ。
綱が私の視線に気が付いて、ちょっと笑う。それに三峯くんが気が付いて、二人でこちらにやって来た。
「浅間さんと白山さんは一緒?」
三峯くんが尋ねる。
「ええ。三峯くんと生駒くんも?」
詩歌ちゃんが尋ねれば、二人で頷いた。
「どこへ行く予定?」
「今から考えるんだけど、花市は行きたいねって話していたところよ」
三峯くんの問いに、詩歌ちゃんが答える。
「三峯くんはパリも詳しいの?」
「ヨーロッパはあんまりなんだよね。うちは東南アジアだとかインドとか多いかな」
「そうなの! 羨ましいわ」
詩歌ちゃんが三峯くんに話を振れば、三峯くんは嬉しそうに答えた。詩歌ちゃんはホスト的な役割がとても上手だと思う。
前世ではそれを八方美人のビッチだと思っていた。私は失礼な奴だ。
「僕は詳しいよ!!」
「でしょうね」
話に割り込んでくる八坂くんに、私は雑に答えた。
「美味しいお店紹介するよ、姫奈ちゃん」
「本当ですか! お願いします!!」
八坂くんの言葉に思わず手のひらを返して食いつく。
「本当は案内してあげたいんだけどー」
チラリと悪魔な目線を送られて、たじろいで一歩下がった。
「相変わらずだねぇ、八坂くんは」
三峯くんが笑う。
「そうだ。晏司、食べ物で釣るのはいいかげんにしろ」
「和親は関係ないでしょー?」
氷川くんと八坂くんがイチャイチャし始めた。男同士の幼馴染はちょっと隙を見せればすぐイチャイチャするのだ。止めて欲しい。うらやましい。
綱は呆れた顔でそれを見て、配布された資料を見ながら私に問う。
「どうせなら一緒に調べませんか? 姫奈は食べ物系を調べるんでしょう? 全てに行けるわけではないですし、姫奈がいけないところのお土産を買ってきてもいいですよ。分担したほうが効率が良いと思うんです」
「確かにそうね! どう? うーちゃん」
「良いわね、そうしましょう!」
三峯くんと綱と私たちでガタガタと机を合わせる。
「あー! 生駒! 抜け駆け!!」
「なにを言っているんですか」
八坂くんが非難すれば、綱は鼻で嗤った。
「俺も歴史は調べてきたぞ!」
氷川くんがそういって机を並べる。
「ちょ、和親!」
八坂くんも慌てて机を持ってきた。三峯くんと詩歌ちゃんが顔を見合わせて笑った。私もつられて笑う。事前学習からこんな調子では、賑やかな修学旅行になりそうだ。
さて本日はバイトの日である。
毎週木曜日は、一度家に帰ってから白山茶房でバイトなのだ。オーナーなので正確にはバイトではないかもしれない。綱も暇なときは一緒である。白山茶房へ行くときは、綱と一緒に電車でも怒られないのだ。
ゴールデンウィーク明け以降から連休のない六月は、お店も暇なので人手は余っているのだが、暇な時期のお店の様子も見ておきたい、というのは言い訳で白山茶房は結構居心地がいいのだ。
お店が暇なときは店長さんと一緒に開発という名目でいろんなものを作って遊ぶことができる。
今日はこの暇な時期の集客につながる商品開発、という名目でキッチンに居座っている。
今日のような雨の平日は人も少ない。
「夏のかき氷までは少し暇になりますね」
店長さんが雨の降りしきる街角を見ながら呟いた。梅雨と呼ぶにはまだ早い五月の雨である。
白山茶房の売りは、健康に配慮した自然素材のタイ焼きと麹から作った本格甘酒だ。冬には強いメニューだが、温かくなると売れ行きが落ちる。他にもメニューはあるのだが、夏のかき氷までは特に目玉と言った商品はない。
「トコロテンはどう? 今の時期すっきりしていいと思うんだけど伸び悩んでるわよね」
「若い方はあんまりねぇ……、なんていうんですか、地味、なんでしょう? お嬢様」
店長さんは苦笑いする。
「まぁ、見た目は地味よねぇ」
「私は好きですが」
綱が答える。
白山茶房のトコロテンはサッパリとした酢醤油と、濃厚な黒蜜から好きな味が選べる。涼し気な透明な器に盛って提供しているが、何せシンプルで地味なのである。
「かき氷のつなぎまでに、見た目が少し派手なものが欲しいわよね」
むーんと考えながら、手元のあんみつに黒蜜をかける。黒いお椀に、白玉に色寒天、アイスクリームがちょこんと乗っている。お店で炊いた豆は自慢の一品だけど、上から見るとせっかくの色寒天もくすんで見える。
「これも可愛らしい器に入れたら違うのかしら? そういえば縦長のグラスのあんみつって見たことないわ」
「クリームソーダみたいですね」
綱が小さく笑って、パッとひらめいた。
「そうよ! それよ!」
「それ?」
綱が不思議そうに聞き直す。
「パフェグラスにあんみつを盛り付けるの。蜜の色は青がいいわ! 白玉が風船みたいになって、色寒天が虹みたいになるの。てっぺんのアイスクリームは入道雲で!」
店長さんが怪訝な顔をする。
「青ですか? ブルーハワイを使いますか? かき氷のソースは天然素材がウリですが」
「バタフライピーって青いお茶知ってる? 癖がないから扱いやすいと思うわ。クエン酸を混ぜると紫になるんだけど、レモン果汁を別添えでつけて、お好みでかけたら面白いんじゃない?」
「一度試してみますか。青から紫なんて夕焼けみたいで面白いですね」
店長さんが考えるように言った。
「ええ! ちょっと待って、今買ってくるわ! ええっと、近くのハーブティー屋さん……」
「駅ビルの中に専門店があったかと。同じビルの中に白山系列のカフェもありますので器も借りてこられます」
綱が答える。
「じゃあちょっと行ってくるわね!」
駅ビルは歩いていける距離なのだ。エプロンだけ取ってお店の制服のまま行ってしまおう。
「私も行きます」
「大丈夫よ」
綱が慌ててついてこようとする。
「生駒くんを連れて行ってください」
店長さんにそう言われ、ちょっとムッとする。もう高校二年生だ。一人でお使いくらいできる。
「宣伝になりますから」
私の不満を見越したように店長さんが小さく笑った。ちょっと意味がわからずにキョトンとする。お店のスタッフがそれを見て笑った。
「二人がそろうと若女将と若旦那みたいって言われてるんですよ」
そうスタッフの一人に言われ、カーッと顔が真っ赤になる。
「っ! 行ってきます」
いたたまれなくて、慌ててお店を飛び出した。
「お嬢様! 傘を!」
綱が慌てて傘を持ってくる。綱が持ってきた傘は、白山茶房の名が入った、少し大きめの透明傘で、急な雨の折にお客様に貸し出しているものだ。でも綱が持ってきた傘はたった一本。綱もうっかりすることがあるらしい。
仕方がなしに二人でその傘に入る。
さっきの言葉でちょっと気まずい気分だ。
何か話しかけないと、そう思いながら話題もなくて、ただ黙って二人で歩く。なんだかいやに綱側の肩だけ熱い。ハタハタと雨粒が跳ねる。
結局黙ったまま駅ビルについて、望みのものを手に入れて、気が付けば普通に話せるようになっていた。戻ってきたお店の入り口で、綱の濡れそぼった肩に気が付く。
綱は本当にやさしい。私のせいで濡れてしまったのに不満ひとつ言わない。だから私はいつだって、ありがとうと言いそびれてしまうのだ。
ありがとうと言葉に出来ずに、ハンカチを取り出し背伸びして、綱の肩を拭いてみる。
「ありがとうございます」
私はありがとうと言えないのに、綱は自然にそう言って困ったように笑った。私は時折こうやって綱を困らせてしまう。
「綱が風邪をひいたら困るのは私だもの!」
唇を尖らせてハンカチを押し付ける。お店の中に入ったら、さっそく試作品を作ろう。だって、なんだか恥ずかしいし、だって、なんだか恥ずかしいから。
お店で作った試作品は、何とか商品化できそうだった。いつものあんみつのシロップをバタフライピーで色づける。透明のパフェグラスに色寒天をキラキラ詰めて、白玉はピンク色、煮豆は緑の鶯豆にする。一番上にはアイスクリームだ。レモン果汁は修学旅行で行ったシンガポールで買ってきた香水瓶に詰めてみる。
「とりあえず、降水確率七十パーセント以上の時だけの限定商品として出してみましょうか?」
盛り付けに時間がかかるので暇なときにしておきたい。
「甘雨になってくれるといいですねぇ」
店長さんがそういったから、新しいあんみつは『甘雨』と名付けられた。
写真を撮って桜庭の友達と塾の友達に宣伝したのがきっかけで、その後の売れ行きも好調らしい。降水確率の高い日こそ混むようになったと、スタッフさんが笑って、雨が楽しみになるなんて嬉しいねと、店長さんも笑った。







