194.ムラーノ島にて
今日は、ムラーノ島で観光し、来た時と同じように氷川家のプライベートジェットで帰国することになっていた。
お土産を買うにはラストチャンスだ。お母様たちも本島で観光すると言っていた。マダムたちは八坂家のボートで移動だ。私たちは、水上バスを使ってムラーノ島へ行ってみることにした。
こういったことも旅の醍醐味だと思う。
手慣れた八坂くんにしたがって、言われるがままについていく。エレナさまも一緒だから、今まで聞きたかったことを質問する。
「エレナさまは年齢不詳なんですよね」
「うん。プライバシーまで売るつもりないから」
「……そうですよね」
ちょっと聞いてみたかったが、諦めよう。
「晏司より七つ上だよ。初等部まで芙蓉にいたんだけど中等部からはスイスの寄宿学校に入ったんだ。ほら、日本のマスコミ面倒でしょう?」
エレナさまが笑う。
知りたかったことをあっさり教えてもらって、すごく嬉しい。ちょっと他のファンよりも特別だと勘違いしてしまいそう。
「確かに面倒かもしれないですね」
「和佳子……ええっと、和親の姉だね。彼女が私の一つ上の先輩で、幼等部から可愛がってもらってたんだ。それで、晏司と和親も幼馴染なんだよ」
「そうなんですか!」
氷川くんにお姉さまがいることは知っていた。しかし、氷川くんのお姉さまは若くして外交官に嫁いでしまっているので、顔を合わせたのは前世の婚約の時くらいだ。
今回は華子様のお葬式で見かけたくらいでお話はしていない。
「奥様しながら海外で学校に行っているらしいよ。すごいよね」
「憧れますね」
「そうそう、和佳子はかっこいいんだ」
エレナさまが笑う。そんな美しいエレナさまに見惚れていたら詩歌ちゃんに手を引っ張られた。
「姫奈ちゃん! このお店、見て行かない?」
誘われてのぞいたお店は、ベネチアガラスのお店だ。ムラーノ島のベネチアグラスは色彩豊かで、とても鮮やかだ。個性的なデザインのお皿やアクセサリー、憧れのベネチアンミラーもある。
「素敵ね!」
「ね、素敵!」
二人でキャッキャと店内を歩く。さすがにベネチアンミラーは買えないけれど、記念に残るお土産は欲しい。
詩歌ちゃんは花瓶やガラスでできた花のオブジェなどに見入っていた。
アクセサリーを覗いたら、オパール型のムラーノクリスタルがはめ込まれたペンダントトップがあった。細い長方形のユニセックスなデザインにクリスタルがはめ込まれている。色展開が豊富で、全ての色に食べ物の名前が付いているのがそそる。
ショコラと名付けられた黒いクリスタルには金色の粉が混じっていて、綱の瞳を思い出させた。思わず見惚れる。とてもボーイッシュで、まったく私には似合わないけれど、好きだなと思う。板チョコのかけらみたいなそれをこっそり買ってみよう。
さらに奥へ行けば、ムラーノクリスタルのカフスボタンがあった。シンプルなスクエア型で先ほどと同じ色展開だ。私が買おうと思った黒いクリスタルもあった。
綱にお土産、買おうかな。
綱にだけ買ったらいけないかな。
彰仁とお父様と生駒にも買ったら大丈夫かな。
特別だってわからなければ、お土産くらい買ってもいいよね。
同じ色だとばれたら嫌われちゃうかしら。
「ひーなーちゃん!」
そんなふうに考えていたら、後ろから声をかけられてビックリした。必要以上に焦ってしまう。
「ひっ!」
「なになに、カフスなんて誰に買うの?」
八坂くんである。
「ええ。彰仁とお父様へお土産にどうかなって」
誤魔化すように言ってみる。
詩歌ちゃんもこちらにやって来た。
「私もお父様にカフスを買って帰ろうかしら」
「うん! そうしましょうよ!」
詩歌ちゃんも一緒ならば不自然ではない。多分。八坂くんは関心を失ったようで、氷川くんの元へ行った。氷川くんは女性向けのアクセサリーを見ている。きっと誰かへのお土産だろう。本命ちゃんは詩歌ちゃんではなかったのかな、なんて思いつつ私はカフスを見た。
いろいろな色から、似合う色、好きそうな色を選ぶ。
お父様にはこのワインレッドが似合いそう。生駒はブルーベリーはどうかしら。
「彰仁にロゼを買ったら怒ると思う?」
詩歌ちゃんに聞いてみる。ロゼと名付けられた硝子は、淡いピンクだった。
「彰仁くん? 似合いそうだけど、あまりピンクっぽいと嫌がりそうよね。男の子」
「やっぱり? こっちのマスカットのほうが無難かしら」
「そうね、そっちの方が使いやすいかも」
「うーちゃんのパパは?」
「こっちの丸い方にしようかな。オリーブはどうかしら?」
詩歌ちゃんが選んだカフスはラウンド型で、ヒスイを思わせるマットな緑だ。
「綺麗な緑ね」
最後に綱。綱はやっぱり黄色かな。黄色を良くつけているから。そう思って一番黄色に近い色、マンゴーを手に取って透かして見る。
「これ、姫奈ちゃんの髪の色みたいで綺麗よ」
「え、なに? やだ! うーちゃんみたいな黒髪のほうが絶対きれい!!」
詩歌ちゃんに突然言われて、思わず言い返しつつ慌てて髪を押さえる。そんな挙動不審の私を横目に、詩歌ちゃんが茶色いムラーノクリスタルのはまったカフスを見せてくれた。
琥珀が赤みを帯びたような茶色に金粉が混じって、キラキラと光っている。
「それに、こんなにきれいじゃないもん!」
詩歌ちゃんはニッコリ笑って無視をする。
「ネーミングもビスケットって素敵じゃない?」
確かに名前は可愛らしい。
「これ、素敵?」
「ええ、素敵」
「これにしようかな」
綱にお土産。茶色いものをつけているところは見たことがないけれど。パーティーではモテがちな綱だから、自分の髪の色だとか、そういうのを身につけて欲しいとか、別にそんなんじゃないけれど! そもそも身に付けてくれるかはわからないし!
どうせ言わなければわからないだろう。それに私の髪はこんなに綺麗ではないから、綱だって気がつかないはず。
「良いと思うわ」
詩歌ちゃんがニッコリ笑う。その笑顔に背中を押されるように、この色に決めた。
詩歌ちゃんとお揃いでフォトフレームを買って、今回の記念の写真を飾ろうねなんて約束すれば、八坂くんと氷川くんも便乗して、なぜだか四人でお揃いのフォトフレームを買った。
ビスコッティを買ったり、アンチョビソースを買ったりして、美味しい食べ物もたくさん食べた。
最後に、ブラーノ・レースを見に行って、エレナさまおススメのつけ襟を買う。エレナさまが、そっとレースを首にかけてくれるからドギマギとした。
「綺麗だよ」
エレナさまに言われて、クラクラとする。何度見ても至近距離のエレナさまになれない。鼻血が出そうだ。
動揺していれば、八坂くんがエレナさまの背後から眩しい笑顔を送ってくる。やめて。八坂姉弟の光が眩しすぎる。
「ねぇ、知ってた? 僕と結婚すると、エレナが本当のお姉さまになるよ?」
「っ!!」
動揺のあまり、思わず頬を押さえる。
「え、え、エレナさまがお姉さま?」
「そう、エレナがお姉さま」
「なんてこと!」
気が付かなかった。でも、すごく魅力的だ。そうすれば、世界で唯一エレナさまの妹になれるのだ。家族と恋人をのぞいたら、一番近くにいられるではないか!
「姫奈子ちゃんが妹か。うん、悪くないね」
エレナさまが悪戯に笑ってクラクラと眩暈がする。
エレナさまをお姉さまと呼ぶ自分を想像して、胸がバクバクしてくる。スタンプとか送れるの? オフショットとか送られてくるの?
「天に召されてしまいそう……」
ため息交じりに思わず呟けば、詩歌ちゃんにギュッと肩を抱かれた。
「だめ! 姫奈ちゃんが死んじゃったら、私、八坂くんを許さないんだから!!」
詩歌ちゃんの言葉にエレナさまが笑う。
「そうだね、もう少し慣れてもらわないとダメかな?」
チョンと鼻先を突かれて、私はもう何も考えられない。
すき。すき、えれなさまとけっこんしたい。
思考回路がショートして幼児化してしまう。
「晏司! そういうやり方は卑怯だぞ!」
氷川くんが怒る。
「大奥様をダシにする人が何言ってんの」
八坂くんが鼻で嗤う。
「姫奈ちゃんシッカリ!!」
詩歌ちゃんにゆさゆさと揺られて我に返る。そうだこれって告白の一世一代のチャンスなのでは!!
「好きです! エレナさま!! とりあえずお友達から始めていただけませんか!!」
そう言ってビシリと頭を下げ、エレナさまに右手を突き出す。
エレナさまは豪快に笑って、私の右手を握った。
「うん、是非! よろしくね。姫奈子ちゃん」
この旅での一番の収穫に私は飛び跳ねるようにして喜んだ。
・・・・
夜のフライトを飛び越えて、綱の待つ日本へ帰る。
空港へ付けば、綱と生駒が待っていた。懐かしい綱の姿に、我慢できずにおもわずカートもろとも駆け寄ったら、コホンと生駒が咳払いした。
慌ててカートに急ブレーキ。淑女らしく静々と歩く。だけど、心だけ先に飛び出して行ってしまいそうだ。
「おかえりなさいませ。奥様、お嬢様」
生駒と綱が頭を下げる。当たり前のように二人が私たちの荷物を引き受ける。お母様が大きなベネチアンミラーを買ってきたのだ。プライベートジェットをいいことに、機内に持ち込む暴挙である。それ以外にたくさんのお土産を買ったので、行きと違って荷物が格段に増えていた。
この荷物を二人だけに押し付けるのはあまりにも酷というものだ。
「大丈夫よ! 私は自分のものを持つわ」
グッと自分のカートを握りしめる。
「お疲れでしょう? 無理をなさらないでください」
綱が顔を覗き込む。久々の綱。当たり前の距離にドキンと胸が跳ねた。
どうしよう。綱が、綱で、綱なんだわ……! 綱を見たら疲れだって吹き飛んでしまう。
アワアワと言葉を失えば、綱は不思議そうな顔をして私の言葉を待った。
「ううん! つ、綱はお母様の荷物を手伝って? 多分割れ物が多いから。私は平気よ!」
「わかりました」
綱は少し不服そうな顔をして、お母様の元へ行った。その背中を見ながら、やっぱり手伝ってもらえばよかったかななんて、少しだけ後悔する。
ただ信用して荷物を預けるお母様の様子を見れば、これで良かったのだと思った。
「次は新学期になるか?」
氷川くんが少し名残惜し気に問う。
「そうですね」
「今年は同じクラスになれたら嬉しい」
「僕も」
「私もよ」
八坂くんと詩歌ちゃんが笑う。
「でも、そうなったらクラス委員は大変ね?」
氷川くんも八坂くんも生徒会なのだ。クラス委員にはなれない。八坂くんがいるだけでも大変なのに、氷川くんが同じクラスだったら、女子のフィーバーは大変なことだろう。
想像したらおかしかった。
「姫奈ちゃんがすればいいわ! みんな言うこと聞くわよ、きっと!」
思いついたように詩歌ちゃんが言う。
「ぜーったい、無理です!!」
「僕、姫奈ちゃんの言うことなら何でも聞くよ?」
「俺だって聞く」
八坂くんと氷川くんが言う。
「そういうことではありません!! 女子が混乱するんですっ! 二人ともモテるんだから、言動に気を付けてください!」
窘めれば二人は顔を見合わせた。詩歌ちゃんが笑って、綱が呆れ顔でそれを見る。いつもの日常が戻ってきて、私はなんだか安心した。







