190.デビュタントへ出発!
本日はデビュタントへ向けて出発の日だ。
氷川家が用意したプライベートジェットに乗って、八坂家で所有する別荘にみんなで滞在することになっている。もういろいろなんだが、何も言うことはない。
保護者チームは全員母親で、そちらはそちらで姦しい。
子供たちはマダムたちのはしゃぎ様に少しげんなりしていた。
「いいですか。何か決めなくてはならないとき、絶対に勝手に判断しないでくださいね。必ず私に連絡をしてください。どんなことでもです」
見送りに来た綱が、クドクドと言い聞かせる。初めてのお使いに行く子供じゃあるまいし、と少しあきれた。
「はーい」
耳にタコと軽く答えれば、綱ににらまれる。
「わかっていますか? もし私に連絡できないときは、浅間さんへ!」
そう言ってから、声を潜める。
「……特に男性に関することは絶対に奥様に相談してはなりません」
お母様、綱に信用されておりませんよ?
「はーい。わかりましたー」
「わかってないですね?」
「わかってますー。もう、綱は心配性なんだから。まるで保護者ね」
いえばギンと睨まれた。
おお怖い。地雷踏んだ……。
「保護者として心配できるならと思いますよ」
吐き捨てるように綱が言って、その乱暴な物言いにびっくりしつつ、顔がニヤける。
それって保護者じゃないってことかしら。
綱が私の顔を見て気まずそうに眉をしかめた。
「……なんですか」
「ううん」
「浮かれすぎです」
「だって」
うれしい。綱が心配してくれるのがうれしい。
綱は、大きく息を吐いた。
「一応、これを持って行ってください」
ぶっきらぼうにポケットから差し出されたのはお守りで、うれしくて口元に寄せれば、綱の香りがした。
「ありがとう」
「無事に帰ってきてくださいね」
なんだか少し寂しそうに見えるのは気のせいだろうか。
「当り前じゃない」
綱が待っていてくれるなら、私は絶対そこに帰るのに。
「もー、今生の別れじゃないんだからさ、生駒大げさ! たった一週間じゃない」
八坂くんがいつものようにのしかかってくる。
「だから、重いんですって‼」
「天使は重くないんだよ?」
八坂くんが笑う。
悪魔のくせにと呟けば、何か言った?と八坂くんが問う。
「大丈夫だよ、生駒。ちゃんとお姫様はお守りします」
八坂くんの言葉に、綱は思い切り不機嫌になる。綱の不機嫌は私に被害が出るからやめてほしい。
「いいですか? 八坂くんと氷川くんの社交辞令にはくれぐれも騙されないように! お姫様なんて呼ばれて、浮かれてはいけませんよ‼」
綱のお小言モードが始まって、苦笑いする。ほら、流れ弾が被弾した。
「わかってるわよ。私だって恥をかくのはまっぴらごめんよ」
答えれば、綱はわかってないというように、ゆるく頭を振った。
「晏司、姫奈子さん、そろそろ行くぞ」
「「はーい」」
氷川くんの声に二人で駆け出した。
ふと、立ち止まり振り返る。綱と目が合ってお互いに驚く。
「行ってきます‼」
手を振れば、綱は小さく手を振った。
初めて乗るプライベートジェットにあんぐりする。個室のベッドルームが四部屋に、ミーティングルーム。室内はアイボリーを基調とした落ち着いたもので、座席はレザーだ。ベッドルームは各家族に一部屋ずつ割り当てられ、自由に使える。夜間のフライトだからありがたい。
大人は大人同士、子供は子供同士で集まってフライトを楽しむ。大きな液晶画面で映画を流し、好きなものを好きなだけ食べられる。豪華な機内食は空の上なのに寿司まで出た。
氷川家よ、やりたい放題だな?
快適な空の旅を経て、着いたのはベネチアのとある島。八坂くんのおじい様のものだという別荘だった。ボートで直接乗り付ける。
歴史を感じさせる重厚な石造りのお屋敷には、私の家の張りぼてさ加減を思い知らされた。
「待ってたよ」
ドアを開けて出迎えてくれたのは、なんと憧れのエレナさま。私はその場で膝をついた。冗談ではなく心肺停止案件である。胸を押さえ、息も絶え絶えになっていれば、手をそっと差し伸べられた。
「大丈夫?」
「……あ、あ、え? だ、ダメです……」
手も取れずにへたり込み、涙目でエレナさまを見つめれば、楽しそうに笑われた。
「晏司、大成功だったみたいだよ?」
振り返れば、八坂くんがニンマリと笑っている。詩歌ちゃんと氷川くんはあきれたように八坂くんを見た。
「え、なんで、八坂くんの別荘にエレナさまがいるの?」
我に返って恨みがましく責めてしまう。
だって、ズルい。だって、そんなの、特別な仲に決まっているじゃないか。彼女とか? 彼女とか? 彼女なんでしょ? 彼女いないって言っていたくせに! 私のエレナさまの彼氏とか絶対にズルい‼ 結構年が離れていると思っていたから、まさかとは思っていたけれど、八坂くんならあり得る。あの水谷千代子ですら、千代子ママ呼ばわりなのだ。
泣きそうになって唇をかむ。酷い。ズルい。チョコちゃんだけでなく、エレナさままでたぶらかすなんて本当に悪魔だ。私の好きな人を全部奪っていく気だ。だって最近は綱とまで仲が良い。八坂くんの魅了なら綱だって。
「姉」
「は?」
「エレナは僕の姉」
「っはぁぁぁぁぁ⁇」
「似てるでしょ?」
にっこり笑ってウインクする八坂くんに眩暈がした。確かに男女だから気が付きにくいが、目の色や鼻筋の雰囲気などはよく似ていた。そうか、八坂くんがかっこいいのはエレナさまに似ていたからか!
思わず唸る。
「八坂くんの意地悪。もう、イヤ」
八坂くんがギョッとして、慌てた。
「え? 嘘? ちょ、ひなちゃん?」
「晏司……何をやっている」
氷川くんが低い声で、八坂くんを責めた。
それを見ながらエレナさまが穏やかに笑って、もう一度手を差し伸べてくれた。
「姫奈子ちゃん。さあ、男の子は放っておいて、一緒に行こう? ドレスがついてる。案内するね」
私はコクコクと頷いてエレナさまの手を取った。詩歌ちゃんもやってきて三人でエレナさまに案内してもらう。お母様たちは部屋へ案内されていた。
「本当に知らなかったんだ」
エレナさまに問われて頷く。
「うーちゃんは知ってた?」
詩歌ちゃんに聞けば、詩歌ちゃんは頷いた。
「ごめんなさい。でも、姫奈ちゃんが聞きたくないって言ってたし、エレナさまはプライベートを公表されていないから、あまり話すのもためらわれて」
「……ううん。うーちゃんが正しいわ」
失敗した。同担拒否、こういう時の情報戦にめっぽう弱いの忘れていた……。同じ人を好きなら情報を交換しておいたほうがいいに決まっているのだ。
「聞きたくないって言ったの?」
エレナさまがおかしそうに問う。
「はい。私、嫉妬深いので。実は八坂くんがエレナさまのことを呼び捨てにしていて、怒っちゃったこともあるんです。今考えれば当然ですよね。お姉さまなんですもの」
思い出したら恥ずかしい。顔が真っ赤になる。
エレナさまはそれを聞いて、噴き出した。エレナさまも八坂くんと同じく沸点が低いらしい。
「姫奈子ちゃん、かわいいね」
エレナさまに笑われて、言葉を失う。八坂くんより殺傷能力が高い。やばい、鼻血出そう。思わず、鼻と口を隠して目をそらせば、詩歌ちゃんと目が合った。
詩歌ちゃんがちょっとむくれている。
「姫奈ちゃん!」
ちょっと怒った声だ。珍しくて、びっくりする。
「どうしたの?」
無言でぎゅっと腕を組まれてうれしくなる。
「二人ともかわいいよ」
エレナさまに笑われた。
「さぁ、この部屋だ」
エレナさまがドアを開ける。中には二台のマネキンにドレスが着せ付けられていた。鎖骨の下ぎりぎりを一直線に結ぶボートネックの身頃はシンプルだ。スカートには豪華なリバーレース。ウエストには横プリーツの切り替えがあり、大きなカメリアのコサージュが、一つは右寄りに、もう一つのドレスは左寄りにつけられている。どうやら、この純白のボールガウンは、二着で対になっているらしい。
詩歌ちゃんと二人で息をのむ。とても綺麗だ。こんな素敵なドレスを詩歌ちゃんと一緒に着られるなんて夢のようだ。
「なんて……」
うっとりと声をあげる。
「でも、どうして対になっているんですか? 通常は各ブランドが一着ずつ用意してくれるのだと聞いていました」
詩歌ちゃんがエレナさまに尋ねる。
「うん。普通はね。ここのブランド、私がイメージモデルしてるから、少しお願いしたんだよ。二人が来るって聞いたから、二人一緒なら絶対かわいいよってデザイナーに話したんだよ。東洋美人と西洋美人違うタイプが同じドレスを着たら目立つだろうねって。二人ならお揃いでも嫌がらないと思ったし。嫌だった?」
「「いいえ!! 嬉しいです!!」」
二人でハモる。
ニッコリ笑われて、幸せで死にそうである。末期の水は詩歌ちゃんにお願いしたい。
だって、だって、大好きな人が私たちを美人だって!
「うーちゃん! 私頑張る!! うーちゃんの足を引っ張らないように頑張るわ!!」
「姫奈ちゃん! 私も!! 二人で頑張りましょうね!」
お互いに手を結びあい決意を新たにすれば、エレナさまは楽しそうに笑った。
「明日から練習だから今日はゆっくり休みなよ。部屋に案内するね」
そう明日からは、練習が始まるのだ。私と詩歌ちゃんは顔を見合わせて、結び合った手にさらに力を込めた。







