19.夏休み 2
アウトレットまで車を出してもらう。
お気に入りの白い日傘をさしながら、モールの中を綱と二人で見て回った。丁度スポーツ用品店があったので、そこに入る。
色とりどりのウエアがあって目移りする。
テニスウエアは、華やかで可愛らしいものも多かった。
「これどうかしら?」
真っ白なワンピース型のウエアを綱に見せる。正統派のテニスウエアだ。ミニスカートはプリーツで、まさに避暑地のお嬢様。
綱は顔をしかめた。
「それだと、テニス以外だと使いにくいと思いますよ」
「だったら、どういうのがいいのよ」
「こういう、ランニング用なら、スカッシュでもテニスでも、ウォーキングでも良いと思います」
綱は飾られたマネキンを指して答えた。
レギンスにショートパンツをあわせたスタイルだ。可愛さが半減されている気がする。
「かわいくなくない?」
「スタイリッシュだと思います」
「そう? 男子はそういう方が好きかしら?」
「あまりに可愛らしさだけを追求した格好だと、『なにしに来てるんだ?』とは思いますね」
綱は冷たくそう言い放った。
……。確かに一理ある。年上の男の人なら、余計そう思うかもしれない。
私は同じようなスタイルで探すことに決めた。
黒いレギンスはたくさんあって、デザインは同じように見えるのに値段はピンからキリまでだ。しかも、赤や黄色のシールが貼ってあり、値引き率が違うらしい。
前世の私なら有名ブランドしか見なかったから、そんな値段の差も気にならなかった。
ジッとレギンスを見ていると、綱が私の手元を覗き込んだ。
「どうされました?」
「ええ、同じように見えるのにこんなに値段が違うのね」
「お嬢様がそんなことを気になさるんですね」
綱が驚いたように私を見た。
確かに、親のカードは自由に使えるし、その上お小遣いもある。今までは一人で買い物に来たことがなかったから、支払いは全部親やばぁやがやってくれていた。別にお金など気にせずに買い物ができたのだ。
だけど、それがいつまで続くかはわからないし、そうでなくても一般常識として金銭感覚は身につけておくべきだろう。
今回は手持ちのお小遣いの中でやりくりしたい。
「何が違うのかしら」
「こちらのラインが入っているものは人間工学に基づいたデザインで動きやすさが違います。こちらは素材に速乾性があり接触冷感です」
「そうなのね」
綱はペラリと捲ってタグを見せる。
「こちらは氷川ポリエの製品です」
「氷川財閥の会社なの?」
「ええ、特殊な生地を開発している部門ですね。オリンピックユニフォームなども氷川ポリエの生地を使っているそうです」
同じように見えるけれど、細かく見ていけば違うらしい。見れば見るほどわからなくなってしまう。どうせただの黒いレギンスだし、何の機能も付いていない一番安いものにするか、それとも一番高い有名ブランドにするか。もしくは名前は良く知らなかったが、スポーツメーカーの多機能のものにするか。
なにもわからないから、有名ブランドにしておけば安心だという気もする。
肌触りはスポーツメーカーのものがいい気がするし、特段アスリートでもないのだから、一番安くたって構わないような気もする。でも、人から見れば安っぽく見えるのだろうか。
「綱ならどうする?」
「私ですか?」
「ええ。たくさんあって良くわからないのよ。デザインはほとんど一緒だし」
「前なら一番高いのを、って言いませんでした?」
綱がズバっと言う。確かにそうだった。迷ったら一番高いもの、そういう選び方をしてきた。だって、一番高いものが一番いいものに違いないと思っていたからだ。
だけど、今は違う。一番高いものが一番いいものかもしれないが、それ以前に適材適所だとか分相応というものがある。
「~~そうだけど! それって馬鹿っぽくない?」
「ええ、馬鹿っぽいですよ」
綱はシレっと答えた。
……つ、綱め……。ずっと、そう思って小ばかにしてきたわけね? くそう!
思わず睨めば、綱が笑った。
「私なら、これにします」
私がずっと触っていたレギンスを綱が指さす。
「これ?」
「触り心地が気に入ったのでしょう? だったらそれが一番いいと思います」
氷川ポリエのタグが付いたレギンスは確かに触り心地が良かった。良く伸びるしサラサラで気持ちがいい。それに体の線にあわせたライムイエローのラインがビビッドに映えて可愛らしかった。
金額は高くはないが安くもない。ちょうど真ん中あたり。メーカー名を知らない割には高い方に入るかもしれなかった。以前だったら絶対に選ばない。
でも。
「そうね、そうするわ」
気に入ったのは確かだった。それに浮いたお金でお土産を買うのもいいかもしれなかった。
私はこのレギンスを軸に、他のものを選んでいく。ライムイエローのラインの入った黒いレギンスにあうように、イエローのキュロットパンツ、スポーツブラとTシャツを選ぶ。キャップもあわせて選んだ。
「眩しいですね……」
「なによ、ピンクはくどいって言わなかった?」
「黄色の比率が高すぎます」
ぽそっと、バナナ姫と呟いたの聞こえてるんだから!
「わかったわよ!」
黄色のTシャツとキャップを白に変え、キュロットパンツとスポーツブラを深い紫に変えた。エレナ様に茄子紺が似合うと言われてから、この色は私にとって特別お気に入りなのだ。
「長袖かアームカバーも必要では? 日に焼けますよ」
「ええ……、アームカバーってかわいくなくない?」
「では、長袖ですね」
綱が長袖トップスを押し付けてくるから、それを受け取る。
しかし……、地味。なんか、避暑地のお嬢様からは離れてる。アスリート的な方向性になってしまった。よく言えばスポーティだけど、女の子らしさが薄い。
これでは光毅さまに可愛いって言ってもらえないかも。でも、やる気ないミーハーだと思われるのも嫌だし、仕方がない。
最後に靴を選んでお買い物は終了だ。予算が余った分で靴下を購入する。
「靴下をそんなに買ってどうするんです?」
「彰仁に嫌がらせ」
姉とお揃いのハデハデ靴下なんて、お年頃の弟は嫌がるだろう。想像したらそれだけで笑える。
綱は呆れたようにため息をついた。
「綱にもあるのよ」
そうだ。いつも私を小ばかにしている綱にも嫌がらせだ。お揃いのハデハデ靴下を押し付けてやる。
「私にもですか?」
綱は私をマジマジと見た。
「驚きました。お嬢様がこんなことをされるなんて」
へへん。ざまぁ!
「そうよ、絶対履いてね!」
断れないように念を押せば、綱はゆったりと微笑んだ。
「ありがとうございます」
……。あれ? 思ってたんとちがう。反応が違う。嫌な顔されると思ってたのに、なんか違う。
戸惑って目をぱちくりすれば、綱は吹き出した。
「私だってお礼くらい言いますよ」
「わかってるわよ! 煩いわね」
「イライラしてますね。お腹がすきました? クレープでも食べます?」
「イライラなんかしてないけど、クレープは食べるわ!」
クレープのワゴンに二人で向かう。立て看板のメニューを見て、私は眉をしかめた。
……食べたいクレープではお小遣いが足りない……。
さっきの買い物で、今日の分はほとんど使い切ってしまったのだ。というか、余ったから調子に乗って靴下を買ってしまったのだが、そうか、こういうことのためにも残しておかなくてはいけないのか。うかつだった。
しかも、ワゴンではカードも使えそうにない。買えそうなのは一番シンプルなクレープだけ。それも悪くはないけれど、桃がたっぷり乗ったアイスクレープが魅力的だ。この辺りは桃が有名なのだ。
「お嬢様、決まりましたか?」
綱が尋ねてくる。
決まりましたかというか、選択肢は一つしかないからそれしか選べないんだけど。
でも、仕方がないよね。自分のせいだし。
ため息を一つ付いた。
「ええ。バターシュガーにするわ」
「買ってきますので、ここで待っていてください」
綱はそう言うと、私をベンチに残してクレープ屋さんに行ってしまった。
ぼんやりとその背中を見つめる。
あ、綱のヤツなんかいいの選んでる。いいなぁ、桃が乗ってる。おいしそう。
綱が両手に持ってきたクレープを見比べて、思わず羨ましそうに眺めてしまう。私が食べたかったやつだ。いいなぁ……。
綱は私にバターシュガーを渡して、隣に腰かけた。
あんぐりと口を開けて、クレープを食べだす。
あ、これ見よがしに食べて。いや、被害妄想なんだけど!! 綱は自分で食べたいの選んだだけだし! でも、おいしそう……。
私は自分のクレープに口を付けた。酪農が盛んなだけあって、バターも濃厚で美味しい。
でも、だけど、だからこそなおさら、この生地にあのトッピングも美味しいだろうなぁ……。
思わず綱を見た。綱と目が合う。綱は意地悪く笑って、今度は本当にこれ見よがしにアーンとクレープを食べた。
きぃぃぃぃ! アレは気が付いてる! 絶対わかってやってる!!
私は見ないように横を向いた。
「お嬢様」
綱が呼ぶけれど無視をする。ふーんだ。イジワルめ。
「お嬢様?」
無視だ。無視。美味しいクレープ黙って食べてろ。アイスが溶けるぞ。
「お嬢様ったら」
モグモグとクレープを味わって答えない。
「ねぇ、姫奈」
突然の名前呼びにドキンと胸が跳ねた。休みに入ってから全然呼ばれていなかったから油断した。ビックリする。
思わず振り向いたらほっぺたに冷たい感触が当たる。
「っつっめたぃ!」
「交換してください」
「え?」
「お嬢様のほっぺのケラチンがクレープについてしまいました」
「そんなの、そんなところに差し出した綱が悪いんでしょ!」
「中のアイスはフローズンヨーグルトでした」
ぶっきらぼうに差し出されたクレープには、まだまだたくさんの桃が残っていた。
おいしそうな情報を付け加えられて、欲望の方に針が傾く。
「……しょうがないわね。交換してあげるわ」
「ありがとうございます」
綱が差し出すクレープを受け取った。綱は私のほっぺについたフローズンヨーグルトを指で拭うと指先を舐める。
「やっぱり甘い」
「馬鹿じゃないの? だったら舐めなきゃいいじゃない」
甘いなんて食べたんだからわかり切っているのだ。紙ナプキンで拭けばいい。
呆れてそう答えれば、綱は全くですね、そう笑った。







