18.夏休み 1
夏休みが始まった。
私は山の中にある別荘に家族で遊びに来ている。もちろん綱も一緒だ。お父様と生駒は相変わらず仕事で、週末にはこちらへ帰ってくることになっている。
夏休みの課題はたくさんなので、涼しいところで片付けてしまおうと思っているのだ。
そして今年の夏休みは特別な夏休みだ。
桜庭女学園は、初等部までは保護者同伴でなければ遊びに行けない校則だったのだ。その為、昨年までは子どもだけでショッピングなどできなかったけれど、今年はそれもできる。友達の別荘にも気軽に遊びに行けるようになった。
今日は早朝のパン屋さんに買い物に来た。個人経営の小さなパン屋さんは、メニューが日によって変わるから、来てみないと何があるのかわからない。これも醍醐味だ。
綱と彰仁と三人でパンを選んでいると、溌溂とした声に話しかけられた。
「彰仁!」
「修吾! 今こっちに来てるの?」
彰仁が嬉しそうな笑顔で駆け寄る。修吾と呼ばれた男の子は、健康そうな小麦色に焼けた肌。深い茶色の短髪で、いかにも運動が得意な少年といった様子だ。
半ズボンの少年が並びあって、尊いショタなのである。写真撮りたい。思わずニコニコしてしまう。
「うん」
「俺も!」
「じゃあ、一緒に遊ぼう!」
「うん」
修吾くんは、後ろを振り返って確認するように見た。年長の男性がいて、微笑んでいる。修吾くんによく似た瞳の人だ。肌は健康的に焼けていて、髪は少し長めのストレート。朝日をキラキラと反射させている。大人っぽい落ち着いた笑顔に、クラリと眩暈がする。白い歯が光っている。
カッコイイ。素敵。やだ、これって恋じゃない?
彰仁がその人に向かってお辞儀をした。
「おはようございます。光毅さん」
「おはよう、彰仁。久しぶりだね」
彰仁は、はにかんで私たちに紹介する。
「こちら、島津光毅さんと、修吾。前から話してるけど、修吾は学院のクラスメイトだよ」
「「初めまして」」
私と綱は頭を下げた。
「私は彰仁の姉の姫奈子です。こちらは幼馴染の生駒綱守くんです」
そう紹介すると彰仁はちょっと怪訝な顔をしたけれど、何も言わなかった。
変なことを言われなくて、とりあえずホッとする。
彰仁にはそう言えば説明してなかった。後で口裏合わせをしよう。
「仲が良いんだね」
光毅さまが笑って、なんだか少し照れた。ドキドキと胸が高鳴る。
「彰仁、暇ならテニス行こうよ」
「いいよ。あとでテニスコートで」
彰仁たちはそんな約束をしている。
「二人もテニスをするの?」
光毅さまに尋ねられる。
私は首を振った。
「あまりやったことがないんです。スカッシュは遊び程度にいたしますが」
「私もです」
綱も答える。
スカッシュは、テニスに似たラケットでボールを打つ競技だ。しかし、コートが室内で小さく、ボールを壁に向かって打つところが、テニスとは大きく違う。
室内でできるので天候に左右されず、壁打ちだったら一人で練習できるので、雨の日の暇つぶしにはもってこいの遊びなのだ。
「スカッシュができるならできるよ。今度一緒にプレイしましょう」
光毅さまは爽やかに笑って、修吾くんの背中に手を当てた。
「いいか? 修吾、そろそろパンを選ばないとみんな待ってるぞ」
「うん」
うう。スマートでカッコいい……。今度一緒にって、一緒にって! ああん、もう素敵!
私たちもパンを買って別荘に戻る。戻れば直ぐに庭のテーブルに朝食の準備がされた。簡単な卵料理に、昨日買ってきたハムとパテ。フルーツが有名な場所だから、野菜よりも果物がふんだんだ。温かいカフェオレがカフェオレボウルになみなみと注がれていて幸せになる。
私は早速、クロワッサンに噛り付く。小麦の香りがしっかりして美味しい。固めのイチジクのパンにはチーズが入っていた。
幸せな朝だ。
「彰仁は今日テニス?」
「うん」
「私は何しようかしら?」
午前中の涼しい時間は外に行くことが多い。
日中の暑い時間にクーラーの効いた部屋で課題を仕上げることにしていた。
「テニスか……」
光毅さまの言葉に、ちょっと気持ちがぐらつく。
テニスコートに行けば、もう一度会えるかしら? はー、カッコよかった。私の周りにはいないさわやかお兄さまタイプだ。
いやいや、下心だけじゃないですよ。たまには運動したほうがいいかもしれないって思っていたし。
三つ目のブリオッシュを口に運びながら思う。ご飯が美味しいモグモグ。
でも、光毅さまに会えるなら、変な服装では会いたくないな……。だからまずは。
「そうね! 買い物に行こう」
男性陣は何の反応もしない。
「テニスウエアを買ってくるわ!」
「はぁ?」
彰仁が怪訝な顔をする。
「なに姫奈子、本気でテニスするつもり?」
彰仁があからさまに嫌そうな顔をした。
「社交辞令ですよ」
綱が冷たい目で私を見た。
「やっぱりそうかしら?」
「そうですよ」
綱が畳みかけてくる。
まぁ、そうだ。光毅さまは大学生だから、社交辞令かもしれない。でも、それに知らん顔して乗っかるのも、子供なら許されるだろう。許されないかな?
「でも、運動したいからウエアを買いに行くことにしたわ。スカッシュのコートならうちにもあるし」
「すぐ形から入りますね」
綱がボソリという。
「煩いわね! 事前投資をして飽きないように自分を追いつめるのよ」
「そんなことをしても飽きるときは飽きるでしょう?」
あまりの正論にグッと言葉が詰まる。前世の私は確かにそうだった。趣味を始める前に、道具だけ立派なものをそろえて、揃えたらやった気になって放置という、三日坊主にすらならない体たらくだった。
「こ、今回は頑張るもの! 美味しいものを食べたいもの! テニスはともかくとして、ランニングとか……」
「しますか?」
「わ、わからないじゃない! なかったら絶対しないけど、あればするかも、しれない、し?」
そうだ。食べたいなら運動するしかないのだ。ベーコンもウインナーも美味しいこの地で、食を我慢したくない。
光毅さまにブクブク太った姿を見せたくない!
「わかりました。お付き合いします」
綱はヤレヤレといった感じでため息をついた。
「アウトレットに行ってみたいのよ!」
近くには小さなアウトレットモールがあるのだ。私はまだいったことがなかった。買い物と言えば外商か、馴染みの店に行くくらいで、大きなショッピングモールにはいったことがない。
「アウトレットですか?」
「ええ! 行ったことがないの」
「では今日はそこへ」
私たちが話をまとめていると、彰仁がつまらなそうにこちらを見ていた。会話に入れなくてつまらないのだろうが、そもそも彰仁は予定が決まっているのだ、仕方がない。
「彰仁、何か欲しいものある? 買ってくるわよ」
「べつに」
むっつりと膨れて答える様子が幼い。かわいい。写真に撮りたい。
あー、構いたい!
「寂しいなら別の日に一緒に行きましょうか?」
「はぁ? 誰が寂しいとかっ! あり得ないし! 俺はテニス行ってくる!」
彰仁はガタンと椅子を蹴って行ってしまった。
うぷぷぷ、可愛いじゃないかー!
「お嬢様……」
綱が呆れたように私を咎めた。
「あまり子供扱いは良くありませんよ。彰仁様ももうすぐ六年生です」
「ふん、子供じゃない」
高等部の精神年齢で見れば、初等部なんて十分子供だ。でも、綱は中等部の癖に、精神年齢が私より上な気がする。
思わず、じっと綱を見た。
「どうしました?」
怪訝そうに見つめ返される。
「いいえ、私たちは何時に出る?」
「オープンは十時だったと思います。確認して呼びに行きますよ」
「お願いね」
私も一度部屋に戻ることにした。







