174.断罪ではありませんよね?
淡島先輩に呼び出され、なぜか芙蓉館の一室にいる。既視感を感じるメンバーと季節。
淡島先輩に葵先輩、氷川くんに八坂くん、明香ちゃんと詩歌ちゃん、それに綱。
なぜか呼び出された私と紫ちゃんと二階堂君は目が泳いでいる。
「さて、なんで呼び出されたか察しはついているかな?」
淡島先輩の眼鏡がキラリと光った。おお怖い。
そろそろ氷川くんの誕生日である。前回断罪されたのは、高校二年の氷川くんの誕生日。場所は生徒会室で、その場には淡島先輩、氷川くん、八坂くんと詩歌ちゃんがいたはずだ。微妙に状況が被っている気がする。
私は戦々恐々とした。まだ高校一年ではないか。断罪だとしたら、早い、早すぎる。
「選挙ですか?」
綱が答えれば、淡島先輩が頷いた
「来年度の選挙に向けて、打ち合わせがしたくてね」
「私関係ないじゃない」
コソリと綱にぼやけば、淡島先輩がおっかない微笑みを私に向けた。
中等部と違って高等部の選挙は十二月だ。ほとんどがエスカレーターで進学するとは言っても、三年生の受験に配慮されているのかもしれない。
「さて、僕は今、生徒会の会計をしている。書記は葵だね」
ええ、もちろん知っておりますとも。
「高等部の生徒会役員は、通例、新三年生から生徒会長一名、副会長男女各一名ずつ選出され、その三名がその他役員を指名する」
これは、なんか関わらないほうが良いやつだ。私は逃げるチャンスを窺うべく、ドアを見つめた。
「今年度の選挙で、ボクは生徒会長に立候補する。そして、和に副会長として立候補してもらおうと思う」
私以外の全員が驚いたように声を上げた。そう、今まで二年生で副会長になった人はいない。一年で選挙に立つのは前例がないのだ。
しかし、私は知っている。前世で氷川くんは二年生でありながら副会長になっていた。その時の生徒会役員は、会長は淡島先輩、女子の副会長は葵先輩、書記は明香ちゃん、会計は三年生で、その他庶務に数人いたはずだ。詩歌ちゃんは生徒会役員ではないはずなのに生徒会室への出入りが多く、それが当時嫉妬の原因にもなったのだ。
ここに呼ばれているということは、私が知らないだけで何かの仕事を受けていたのかもしれない。
もちろん私や綱は入っていない。
「白山さんは驚かないんだ?」
狸先輩が私を探るような顔つきで見た。
「氷川くんなら大丈夫だと思うので」
答えれば、氷川くんが驚いた様子で私を見た。
「大丈夫だと思うか?」
「ええ、大丈夫だと思いますよ?」
「……そうか。姫奈子さんに言われると自信につながる」
氷川くんが噛みしめるように言った。なんだろう。
「根拠はあるの?」
八坂くんが問う。
「根拠はないです」
なぜ受かったかだとか、学院内のパワーバランスだとか、難しいことはわからないけれど、受かったものは受かったのだ。前回と今回で何か大きな違いがあるとは思えない。違いがあるのは、クソブス婚約者がいないというくらいで、それはかえってプラスだし、順当にいけば受かるだろう。
「根拠はない、か」
淡島先輩が笑った。
「風雅、突然どうしたの? 前例がないわ」
葵先輩にも相談していなかったようで、怪訝そうに尋ねられる。
「突然てわけでもないんだよ。前から考えていたことでね。和は生徒会長にならなきゃいけないだろう?」
氷川くんは当然のように頷いた。
その様子にハッと気が付く。
氷川くんは『生徒会長にならなくてはいけない』のだ。なりたいだとか、なれたらいいではない。氷川家の御曹司として最低限のレベルとして、要求されている。なって当たり前、なのである。それがどれほどのプレッシャーなのか、今更気が付いた。
それなのに、前世の私はどうだっただろう。忙しい氷川くんに不満ばかり募らせて、手伝うなんて考えもしなかった。それどころか、私の自分勝手な振る舞いはきっと氷川くんの評判を下げていただろう。
『和親の足を引っ張らないで』
八坂くんに前世では何度も言われた。その時は私に時間を割かない氷川くんに対し怒っていたし、ただの言いがかりだと思っていたけれど、今思えば真っ当な言い分だ。八坂くんは私という魔の手から氷川くんを守りたかったのだろう。
氷川くんの誕生日はそろそろだ。多分二年のこの時期は会長選に向けてもっと忙しかったに違いない。
今ならわかる。この忙しい中、前世の氷川くんは時間がないなりに時間を作ってくれていたのだ。しかし、そのころの私にはそれが理解できていなかった。もっともっととねだって、それが限界を超えたに違いない。
氷川くんはあの日までよく我慢してくれていたものだ。華子様が亡くなった時点で婚約など解消すれば良かったのだ。
偽婚約者であっても律儀な人だったのだなと思う。そこに愛はなくても責任感はあったのだろう。できる男は違うのである。
私には到底無理だ、そう思って氷川くんを見て思わず呟いた。
「大変ですね……」
淡島先輩と氷川くんが驚いたように私を見た。そして氷川くんが、小さく笑った。
淡島先輩がそれを見て、なぜだか嬉しそうに微笑む。
「そう大変なんだよ。だから、それを順当に進める布石かな。来年副会長をやっておけば、翌年の会長戦が有利になるだろう? 来年選挙でいきなり会長選に臨むより、三年生に顔の利く今、和の地盤を固めたい。あと、ボクが会長になったときに、使いたいメンバーもいるし。今年の一年生は結構使えるだろう?」
淡島先輩がぐるりと私たちを見るから、思わず震えて目をそらした。『今日の日にちは出席番号と関係ないはず、だから先生当てないで』の心境である。
「ね? 白山さん」
当てないでと願えば指名されるのは世の常なのだろうか。
目をそらしつつ、ヘラヘラと笑う。
「そうですね、二階堂君とかいいと思います。ええ、そうです。二階堂君と紫ちゃん! 一緒に仕事したらいいと思うわ!」
「ボクもそう思っているよ。白山さん」
だから、私の名前をいちいち呼ばなくていいですから!
二階堂くんと紫ちゃんは戸惑ったように顔を見合わせた。
「それと、生駒。高等部でも生徒会に入ってくれるだろう?」
「私はそのつもりがありませんでした」
綱は無表情で答えた。淡島先輩は意外そうな顔をする。私も意外に思った。
「中等部ではあんなに熱心だったのに?」
「目的は達したので」
「生駒の目的って、芙蓉会での存在感ではなかったんだ?」
「違います」
淡島先輩の問いに綱は即答する。
でも、前に綱は力が欲しいと言っていた。そのために副会長へ立候補すると言っていたのだ。それは手に入ったのだろうか。何のために力が欲しかったのだろう。
あの時と今では何が違うのか。
考えて気が付いた。もしかして綱は。
「あ……私のせい?」
思わず漏れた声に、綱がびっくりしたように私を見た。
あの頃の私は外部生と呼ばれ疎外されていた。しかし、外部生の綱が生徒会に入ったことで、外部生への当りは弱くなり学園生活が過ごしやすくなったのだ。
今は芙蓉会に入りそのようにそしられることはない。私の知らないところで、綱は私を守ろうとしてくれたのだ。
「そう、姫奈ちゃんのためだったの」
明香ちゃんが納得するように言って、綱は気まずそうに俯いた。
「生駒は欲がないのか強いのか、まったくわからないね」
淡島先輩が少し呆れたように笑った。
「まぁいい。わかった。では、そうだな、やっぱり白山さん」
なぜか私にお鉢が回ってくる。汗ダラダラで目を逸らす。
「選挙、手伝ってくれるよね?」
ニッコリ笑う狸先輩。
「え? 私なんかが手伝わなくても大丈夫ですよ」
「まぁね、前みたいに演説をしてもらう必要はないよ。挨拶だけまわってくれれば。誰が応援しているか視覚化させたいだけだから」
「それこそ私は必要ないと思いますけど……」
狸先輩は口の端だけで笑った。目の奥が冷たく光る。ヤバい、食い下がりすぎた。
「去年は株で利益沢山出てたようだけど? 白山茶房もスポンサーできる余裕はあるぐらい利益出てるんだよね?」
暗に、指導した恩があると言わんばかりの顔である。確かにたくさんお世話になっている。お世話になっているけども。恩返しは求められていないと思っていたがそうではなかったようだ。さすが守銭奴、回収業務はきっちりとしている。
チラリと綱を見れば少し苦々しい顔をしていた。氷川くんと明香ちゃんは、期待するような眼で私を見ていた。
「……お、お手伝いさせてくださいまし……」
私が深々と頭を下げたら、綱が小さくため息をついた。
「当然、生駒も手伝ってくれるでしょ? 紫も二階堂も」
「姫奈ちゃんと一緒なら安心!」
紫ちゃんが言えば、二階堂くんも頷く。綱は渋々、仕方がないですねと言った。
「いやー、白山さん助かるよ、生駒を口説くのは大変だから」
淡島先輩は嫌に爽やかな笑顔で笑った。
「え!? それって、私はチョロいってことですか?」
思わず問えば、淡島先輩は笑う。
「チョロい時と、そうでもない時の違いがいまいち掴みきれてないけどね」
淡島先輩の言葉に八坂くんが噴き出した。
「そうなんだよね。姫奈ちゃんてチョロそうに見える割に、ガードが堅いの何なの? そろそろ僕に絆されても良くない?」
「「良くないです!!」」
思わず綱とハモッてビックリする。
「そうだ良くない」
氷川くんにも言われて驚いた。
「なにが良くないの?」
八坂くんが不満気だ。
「絆されるのは良くない」
氷川くんがきっぱり答えて、なんだかおかしかった。
「へー。絆すんじゃなく、口説こ! じゃあさぁ姫奈ちゃん、僕を選んでよ。自分で言うのもなんだけど、相当優良物件だよ。顔良いし、スタイル良いし、そこそこお金も稼いでるしね。姫奈ちゃんのこと幸せにできると思うよ」
八坂くんがオネダリする子犬のような顔で言うものだから、我慢できずに吹き出した。
「大丈夫です。幸せにしていただかなくて結構です。八坂くんは八坂くんの幸せをお考え下さい」
「ほら、やっぱり、ガードが堅い!!」
ちぇーなんてあざとく八坂くんが唇を尖らせれば、みんなが笑った。
「まぁ、それはともかくだ。白山さんにはもう一つお願いしたいことがある」
「私が手伝えることであれば」
もうどうせ乗り掛かった舟なのである。淡島先輩に恩があるのは事実だし、返せるときに返しておかなければ、御恩が雪だるま式に膨らんで、最終的に臓器売買にでも発展したら怖い。
「三峯を誘ってほしいんだ。彼は前回の選挙から注目しているけど、なかなか見どころがあるよね。一緒に仕事をしてみたい」
淡島先輩が言った。
「三峯くんですか?」
「私が声を掛けます」
「ああ、俺から声をかけてもいい」
綱と氷川くんが言えば、淡島先輩が笑う。
「生駒や和が誘ったって、了承しないと思うけど?」
「私だって説得はできませんよ?」
いえば淡島先輩はおかしそうに笑った。
「そこまでは頼まないよ。『庶務に入ってほしい』とボクが言っていたと伝えてくれればいい。それで駄目なら諦める」
「それくらいなら……」
また安請け合いをして、ボソリと綱がつぶやいた。
そんなわけで、三峯くんを捕まえたところだ。
「淡島先輩から伝言よ。『ボクが生徒会長になったら庶務に入ってほしい』って」
そのまま伝えれば、面白そうに片眉を上げる。私は嫌味の一つくらいは来るだろうと、身構えた。
「ふーん、淡島先輩も考えたね」
「なにが」
「俺のこと囲い込むつもりでしょ? ここで現生徒会に引き込んでおけばそのまま持ち上がるだろうからね。今俺を引き込んでおけば、来年氷川くんが生徒会長に立候補するときに、俺が対立候補にはなりにくい。前回は結構良い線いってたし、今度は外部生が多いからね」
「え。こわい。自分が卒業した後まで考えてるの?」
「聞いてないの?」
「聞いてないわよ。え、それ、本当? 淡島先輩怖すぎない?」
「怖いよね。実際」
「でも、三峯くんは見所があるから一緒に仕事をしてみたいって言ってたわ。それは嘘じゃないと思う」
「本当に?」
「嘘言っても仕方ないじゃない。腹黒先輩が何考えているかわからないけど、私にはそう言ったわ」
「……腹黒先輩」
「じゃなかった、淡島先輩!」
三峯くんは喉を鳴らして笑った。
「三峯くんが生徒会長を狙ってるなら断る? 私、断っておくわよ? 無理なら諦めるって言ってたし、そんなことで恨む人じゃないわよ。気まずいなら、伝え忘れたってことにしてもいいし」
「うーん……」
「でも、もし会長に立候補するつもりがないなら手伝ってあげてほしいわ。淡島先輩、選挙の計算だけで人に仕事を任せたりしないと思うの。多分、三峯くんと仕事をしてみたいのは本当だと思うから」
「そっか……。白山さんは何かやるの?」
「委員会の副委員長になってほしいって言われているけど、承認されなきゃ無理じゃない? だからそれ次第かしらね?」
「委員会はどこの予定?」
「今年と同じ美化になれたらいいなって思ってるわ」
「なんで美化なの?」
「三峯くん知らないの⁉ 高等部には、柿も枇杷もイチジクだってあるのよ?」
「えーっと……何の話?」
「木の実よ! 淡島先輩が生徒会長になったら、美化委員会で採って片付けてもいいようにしてもらおうと思ってるの!」
三峯くんは噴き出した。
「あー、うん。ぜひ、美化委員会の副委員長になって。オレも庶務引き受けることにするから」
「本当!?」
思わず飛び跳ねる。三峯くんが一緒なら心強い。
「良かったわ‼」
「うん。よろしく伝えておいて」
「任せて頂戴!」
私はスキップしながら淡島先輩に報告へ行った。
淡島先輩は、狸な顔でニンマリと笑って、「さすが白山さん」と笑った。







