172.高等部一年 学園祭 1
秋の学園祭の準備が着々と進みだしている。
一か月後に控える十月最終週の土日は、芙蓉学院高等部の学園祭である。学校が解放され、誰でも見学できる。中学生向けの学校説明会も兼ねているのだ。
各クラスの発表展示や模擬店と校友会文化部の発表がある。丁度ハロウィンと時期が重なるので、仮装なども行われ、にぎやかなお祭りになるのだ。
来校者には蓮の花びらを模したカードが配られ、どの出し物が良かったのか、帰りに投票していく仕組みである。一位から三位までは、学内レストラン利用券が与えられ、好きな時に一度だけクラスや校友会で利用できる。優先順位はもちろん一位から。大体は、打ち上げに使われる。
今日は学園祭実行委員の打ち合わせである。各クラスのクラス委員がそのまま学園祭実行委員になるのだ。私のクラス八組は、一条くんと詩歌ちゃんと私。
他に仲のいい子は、一組の氷川くんと紫ちゃん、二組の明香ちゃんと三峯くん、四組の綱がいる。二年生では、淡島先輩と葵先輩、ゴリマッチョ先輩。三年生の美女軍団先輩もいた。
準備からとても楽しそうだ。
まず、各クラスで何をするかの打ち合わせである。どうしても人気の出し物は被るからだ。ある程度、出し物の傾向を分散させなければならない。また、校友会文化部の出し物との調整もある。
出し物の希望は全てジャンルを変えて第三希望まで提出する。模擬店を三種類出すということはできない。第一希望が模擬店のかき氷屋さんだったら、第二・第三希望は展示か発表から出すのだ。
そして、第一希望だけ、打ち合わせの際にプレゼンできる。そのプレゼンの可否によって希望が通るか決まるのだ。
しかし、私のクラスは第一希望が通ると踏んでいる。
なぜなら。
「一年八組の希望は何ですか?」
学園祭実行委員長が一条くんに尋ねた。
「一年八組は、パンケーキギャルソンカフェです」
一条くんが澄まして答える。三年美女先輩が叫び声をあげて顔を覆った。
「や、八坂くんの……ギャルソン……すがた……。バナナちゃん……よく、よくやったわ……!」
そうです。八坂くんのギャルソン姿が拝めます。カッコ、仕事がなければ、カッコ閉じ。
模擬店でカフェをしたかった私がクラスで提案したのだ。男子はカフェなら普通にメイドがいいと言ったけれど(ところで普通にメイドってなに?)、そんなのかぶるに決まっているし、三年生とかぶったら、確実に負ける。
しかし、我がクラスにはイケメン兵器晏司くんがいるのだ。これを使わない手はない。八坂くんは「まだ仕事のスケジュールわかんない」なんて、ヘラヘラしていたが、そんなことはどうでもいいのだ。
そもそも、八坂くんがギャルソンしますなんて明言する気はない。『晏司くんがギャルソンするかもしれない』だけで、十分企画は通る。集客もできる。
そして、なんだかんだといって、八坂くんは大きな行事を休んだことがない。多分来る。いや、絶対来る。
計算通り女子がざわつく。ザワザワハートが飛びまくる。もうみんな、頭の中は八坂晏司のギャルソン姿で埋め尽くされたはずだ。
「一年八組は!! 一年八組は第一希望でいいと思います!」
美女先輩が挙手した。
「ええ、もし被るようなら、私のクラスの第一希望模擬店だから取り下げてもいいわ!」
「え! ちょ、クラスを裏切るつもり?」
同じクラスの男子が慌てる。私も、私も、と他のクラスの女子も同意する。
「クラス四十人の幸せと、全校女子の幸せ、どっちが大切?」
「いや、全校女子は大袈裟だろ?」
私も大袈裟だとは思う。
「なんなら、女性来校者の幸せと置き換えてもいいわ!」
「話デカくなってない?」
「えー、では、一年八組はパンケーキカフェで」
議長が決めた。多分、面倒だったのだと思う。
八坂くん、グッジョブ!! いつも、厄災扱いしてごめんなさい。同じクラスで良かったと心から思うよ!
詩歌ちゃんと手を握り合わせて喜んだ。
一組と二組は展示、四組は発表になった。どうしても一年生の希望は通りにくい。展示はなかなかモチベーションが上がりにくく、やっつけ仕事になりがちで、ちょっと気の毒になった。
ちなみに高校でも入部している天文部の出し物は、プラネタリウムと天文写真の展示だ。プラネタリウムの星空解説は天文部員が行うことになっている。天文写真の展示コーナーには、ネイルアート同好会に場所を貸して、星座ネイルの提供をしてもらうことになった。ネイルが乾くまでゆっくりプラネタリウムや天文写真を見てもらうのだ。
今日は芙蓉会で学園祭の準備である。
芙蓉会では毎年展示物スタンプラリーの準備を請け負っている。スタンプラリー用の机の飾り付けがメインだ。
みんなで並んで紙の花を開く。このテーブルでは、氷川くんと綱、詩歌ちゃんと明香ちゃん、紫ちゃんで作業を進めていた。
唐突に氷川くんが私の花を覗き込んできた。顔が近くてビックリする。
「初めはもう少し奥まで開いた方がいい。段々開けなくなるから」
柔らかく微笑まれて、ドギマギとする。なんだかんだ言っても、この人は初恋の人だ。
「こう? これで大丈夫ですか? 無理にすると薄紙が破れそうで」
オズオズと奥まで開いて見せてみる。氷川くんは満足そうに頷いた。
「ああ、いいな。上手だ」
ニッコリ笑う。氷川くんに褒められると嬉しい。
前世から染みついた脊髄反射なのだろうか。それとも、氷川くんのカリスマがそうさせるのか。教え方が上手いからなのか。
この人に従っていれば大丈夫、という謎の安心感がある。
「ありがとうございます」
お礼を言えば、頷いて笑った。この人こんなに笑うんだよね。前世では本当に気が付かなかった。
チラリと綱と目が合う。目顔で『社交辞令ですよ』といっている。わかってるし、わかってるから、みなまで言うてくれるな綱くんよ。
「そ、そう言えば、仮装はどうする予定だ?」
氷川くんに聞かれて、詩歌ちゃんや紫ちゃんと顔を見合わせた。
「まだ決めてないのよ」
明香ちゃんが答える。
学園祭では、ハロウィンに近いことから最終日に仮装行列があるのだ。仮装行列は基本自主参加となっているが、お祭りを盛り上げるために、生徒会は強制、芙蓉会は極力参加、となっている。
私たちは芙蓉会なので、参加した方がいいだろう。ええ、同調圧力がきっちりきいている。
「でも、姫奈ちゃんはバナナでしょ? そうしたら、あの黄色いモンスター。ミニ」
「詩歌ちゃん、その名前は出したらダメ!!」
思わず口を押さえる。
「あと、私はバナナじゃないです!!」
否定すれば明香ちゃんが笑った。
「やっぱり魔女が定番よね。でも先輩と被るわよね?」
明香ちゃんが言う。
「かわいいですもんね。あとは、ゾンビとかお化け系ですか?」
紫ちゃんが言う。
「怖いのは嫌だわ? 可愛いのがいいなぁ」
詩歌ちゃんが言った。
「なら使い魔の猫ならどうかしら?」
私が提案する。
「……ねこ……」
綱が小さく呟いた。
「良い!! 良いと思うぞ!!」
氷川くんが盛り上げようとしてくれているのか、一生懸命だ。
「男子はどうするんですか?」
問い返せば、ハッとしたような顔をした。
「いや、考えてないのだが、混ぜてもらおうと思っていたんだ。だが」
「では、氷川くんも猫?」
聞いてみれば、ンンンと氷川くんが唇を噛んだ。プッと綱が噴き出す。なかなかに失礼だな。
「俺が猫……」
氷川くんが困ったように呟いた。
猫耳氷川くんを思い描いて、にんまりと笑ってしまう。あ、明香ちゃんもいい顔してる。
「生駒、お前も猫だな?」
「いえ、私は」
「綱も猫?」
思わず食いつく。それは、絶対いい!!
「いえ、私は」
「じゃあどうするの?」
「白衣にしようと思っていました」
綱よ。手抜きする気満々だな?
しかし、綱の白衣か……。それは、それで、うん。良い。非常に良い。
「綱が白衣なら、私ナースにしようかな」
言えば氷川くんが食いつく。
「いいな! 俺も白衣にしよう!」
必死だな、氷川くんよ。そんなに猫耳はお嫌?
「姫奈がナースになるなら、白衣は止めます」
綱が即答した。
「なによ。ナースが似合わないっていうの?」
「いいえ」
「じゃあいいじゃない」
「囚人服はどうでしょう?」
「シマシマの?」
「ええ。良くお似合いかと思います」
「……どういう意味かしら?」
囚人服が似合うお嬢様って、そもそも矛盾じゃない?
「もう!! ばかにして!!」
綱が目をそらした。口元が笑ってる。絶対想像した。私の囚人姿想像した。それで笑うの我慢してるやつ!! 我慢できてないからね!
「私、囚人服は嫌だわ」
詩歌ちゃんがのんびり笑う。
「いや、私だって嫌よ?」
憮然として答える。
「えー、何盛り上がってるのー?」
当然のように頭に乗っかるな八坂晏司よ。
「仮装の相談してるんです」
「あー、そんな時期だね。僕も混ぜて」
八坂くんが屈託なく笑う。この人なら何でも着こなしてしまいそうだ。多分、マグショットだってカッコイイ。
しかし、ふと閃いた。丁度七人か。
「ねぇ、七匹の子ヤギは?」
「子ヤギ……」
あれ、氷川くん、ちょっとガッカリしてない?
「着ぐるみなら簡単でいいですね」
綱は乗り気らしい。
「確かにかぶらないだろうし、一年目だからそれで様子を見て見る?」
明香ちゃんが言えば。
「衣装は僕が用意するよ。伝手があるし」
意外にも八坂くんが協力的だ。うん、当日参加の方向よね? 良い傾向だ。
そんなわけで、今年の仮装行列は七匹の子ヤギに決まった。
……しかし、氷川くんの子ヤギ。着ぐるみなのだろうか。あのパジャマみたいな? それで天下の御曹司 氷川和親さまが学園内を練り歩くのか。……ジワジワ……うんジワジワくる。







