171.塾女子デート 2
「楽しかったね」
大きく深呼吸をすれば、シホちゃんが笑った。
「ほらアネゴ、生駒くんに連絡!」
急かされるようにして、帰るよのスタンプを押す。
「きゃー! 見せたい! この可愛いアネゴ、早く見せたい!!」
「え、でも、本当に待っているかわからないわよ?」
「待ってるでしょー」
「待ってるって!」
「待ってなかったら、そんな男やめちゃいなよ!」
ミナちゃんの言葉に思わず返す。
「そんなの、無理だもん!」
皆がニタァァと笑った。嫌な予感しかしない。
「でもでも、絶対バラしちゃだめよ? バレたら、本当に終わりになっちゃうから!」
「またまた、そんなわけないじゃん!」
「本当に、本当に、綱には言わないで? 本当にお願い!」
手を合わせて必死でお願いすれば、皆が顔を見合わせた。
「アネゴがそこまで言うなら絶対言わないけど」
「つーか、うちら生駒くんと接点ないし」
「うん。でも、なんでそんなバレたらダメなわけ? 少し匂わせといた方が有利じゃん」
「バレたらバレたでうまくいきそうじゃん?」
皆は不思議がる。
「……だって、バレたら一緒にいられなくなっちゃうんだもん」
「そんなことないって」
「ううん。本当に本当に。恥ずかしいとか嫌われちゃうとか、そういうのも、もちろんあるけど、そうじゃなくて物理的に会えなくなっちゃうから」
「なにそれ」
「親の仕事関係でね。母は私を別の人と婚約させたいみたいだし」
小さく笑えば、皆は顔を見合わせた。
「え? 高校生で婚約?」
「ありえなくない?」
「親が決めるわけ? アネゴんちマジでカタギじゃないとか?」
「……へんなの」
ニコちゃんがポツリという。
「アネゴ、普通っぽくないからなんかあるのかもしれないけどさ。それでも変だよ。子供のレンアイに親が口出しするなんて」
言われてハッとする。
「……変?」
「そりゃー、相手がチャラ男とかなら親も口出すかも知れないけどさ。生駒くんなら問題なくない? 特進クラスじゃん。うちの親なら泣いて喜びそー」
うんうんとみんな頷く。
「そっか、普通だったら好きになってもいいんだぁ……」
気が付いたら少し悲しくなった。
私が何も持っていなかったら、白山家でなかったら、私は綱を好きだと言えたのだ。
恵まれていると思う。幸せすぎると思う。でも、もし、と思ってしまった。そう思ったその先で気が付くのだ。私が白山家のお嬢様でなければ、綱は私の側にいない。
「やだ、アネゴ、そんな泣きそうな顔しないでよ!」
「そうだよ! うちら絶対にバラさないしさ!」
「ね! まだ高校生じゃん? 大人になれば変わるかもしんないし!」
「まだあきらめるのは早いって!」
皆が慰めてくれる。
「……うん。ありがとう。こういう話、誰にもできなかったから話せてよかった」
「話くらい、いくらだって聞くよ」
「ニコの話も聞いて!」
賑やかな彼女たちの声に慰められる。
もう、駅が見えてきた。少し肌寒くなってきた秋の入り口の夕暮れ。
駅の入り口で、綱が本を読んで立っている。本当に待っていた。それだけで走り出したくなるほど嬉しい。足もとがウズウズとして、チラリとみんなを見ればニヤニヤと笑われた。
「ほら! 待ってるじゃん!!」
「早く行ったげな!!」
ニコちゃんが背中を押す。
「うん!」
私は、嬉しい気持ちそのままに綱に向かって駆けだした。
「つな!」
名前を呼べば、綱が面食らったように私をマジマジと見た。そして考えるように口元を押さえ、目をそらしてから小さくため息をついた。
そして無言で鞄に本をしまい、着ていたスエットのパーカー型ジャンパーを脱ぐ。本当に何も言わない。おかえりすら言わない。
思っていた反応と随分違ってがっかりする。
やっぱり、綱の眼中に私はないらしい。
ションボリとして肩を下げれば、その肩に綱のパーカーがふんわりとかけられた。パーカーを脱いだ綱は半袖になり、少し寒そうだ。
驚いて顔を上げれば、綱と目が合う。
「肩が寒そうです」
「……そう、他に言うことはないわけね?」
思わずむっつりと睨みつける。
「他にとは?」
「お世辞でもいいから可愛いとか言えないわけ? 新しい服なのよ?」
「お世辞を私に求めていますか?」
「いいえ! そうね!! そもそも私が間違ってました!!」
フンとあからさまに顔を背け、私は改札口に歩き出した。
綱のバーカ! 綱のバーカ! 乙女心を少しくらい考えてよ!!
「姫奈! パーカーをちゃんと着て!」
「煩いわね! 寒くないもん!! 綱の方がよっぽど寒そうじゃない!」
肩に掛けられた綱のパーカーを取り、追いついてきた綱に押し返す。
「駄目です!! ちゃんと着なさいと言っています!!」
綱にきつくたしなめられて、ムカっとする。
「なによ!! まるで保護者ね!!」
綱もその言葉にはムッとしたようで、黒蜜のような目を不機嫌に細め、もう一度私にパーカーを着せ付ける。
「袖を通してください」
「せっかく可愛いニットだもん。このまま帰るの!」
「駄目です」
「なによ。可愛くないっていうの!? えーえー! どうせ中身が駄目ですもんね!! 知ってます!!」
「いいえ! そうではなく!!」
綱はそう言ってから、言いにくそうに一瞬口を噤んだ。そして、そっと目をそらし、顔を赤らめ小さく溜息をつく。
何かと思えば、耳元に綱の顔が近づいてきた。近い!!
「……ここからだと、見えるんです。……その、すこし、下着が……」
綱の言葉に、慌ててパーカーの袖に腕を通し胸元を隠す。
「やだ……。嘘、見た? 見えた?」
綱は何も言わなかったが、絶対あれは見えたのだ。見えたから言っている。
最悪だ。恥ずかしくて死にそうだ。
「見たでしょっ!」
半泣きで怒れば、綱は赤い顔をそらした。
「私だって見ようとしたわけじゃありません。見せたのはそちらでしょう?」
「……ひどい……」
「酷くないです。だから、お願いです。きちんと隠して。他の人には見られたくないんです」
目じりにたまった涙を綱が指先で拭った。
「ほら、泣かないで。気が付いたのが私で良かったじゃないですか」
「……なんで綱ならいいのよ」
綱だから見られたくなかったのに。
「だって、私はあなたの水着姿だって知ってるんですよ? 今更でしょう?」
「そうだけど……」
なんだか釈然としない。水着と下着は全然違う。女の子だと思われていないのだ。仕方がない。
私は無言で胸元までジッパーを上げた。綱のパーカーは思っていたより大きかった。お尻の下まで伸びた綱のパーカーは、生駒の半纏を借りてきていた時のような安心感がある。
さっきまで着ていた綱の温もりと匂いがして、胸の奥がギュッと締め付けられるようだ。温かくて、まるで綱に抱き締められているみたいだ。満たされて、幸せになる。
「おおきいわね」
知らないうちにこんなに大きくなってしまった。学院に入る前は同じくらいだったのに。
指の出ない袖を綱がまくってくれる。
ふふ、と小さく笑えば、綱が何です、と尋ねる。
「ちょっと憧れてたの。外部生の大きなベスト。なんだかそれみたいで嬉しいわ」
通称彼ベストと呼ばれるオーバーサイズのベストにひっそりと憧れていたのだ。これはベストではないけれど、サイズ感がよく似ている。
「差し上げましょうか?」
「ええ? でも学院には着ていけないもの。いいわよ」
「部屋で着たらいいじゃないですか」
綱の言葉に、ピョンと胸が跳ねた。いいんだろうか。部屋で、綱のパーカーを着ていてもいいんだろうか。そうしたらずっと、今みたいな幸せな気持ちでいられるに違いない。ずっとずっと綱と一緒だ。
「いいの?」
「部屋で着るものくらい自由でいいのでは?」
「違うの! 本当にこれ、貰っていいの?」
「いいですよ。そんなにお気に召したのなら。どうぞお使いください」
「でも、お母様に知られたらまた怒られちゃうわね」
そう思いションボリとする。
「見つかったら、返すのを忘れていたとまた私に返してくれればいいだけです」
悪戯を共有するような目。
「私も忘れていたことにしますから」
「うん!! できるだけ見つからないようにしなくっちゃね!」
そう答えれば、綱が柔らかく微笑んで頷いた。私はそれで浮かれ上がって、綱のパーカーごとギュッと自分を抱きしめた。







