170.塾女子デート 1
塾の教室に入れば、毎度毎度アネゴ、アネゴと挨拶をされる。なぜか、塾ではアネゴ認定されている、わたくし白山姫奈子十六歳、まあまあなお嬢様である。
学院ではバナナが定着し、塾ではアネゴ。
「本当に不本意だわ……」
思わず隣の席の晴人くんにぼやいた。
「本当に白山さんて同級生なんだよね?」
晴人くんがオズオズと尋ねる。
「当然よ。どこが他の子と違うって言うのかしら?」
「うーんと、まず、話し方が玄人っぽい」
「玄人……」
「恐れ入りますって初めて聞いた」
「ええ?」
「それに、その鞄」
学習道具を入れた、お母様のお下がりの革のトートバッグをさして晴人くんは続けた。
「おれ、ファッションとか知らないけど、その鞄は知ってる。それ有名なブランドのだよね? 高校生で持ってる子なんていないし、たぶん、普通、無造作に床に置いたりしない」
「え? だってこれ、母のお下がりで古いんだもの。汚してもいいっていただいたのよ?」
「うん、なんか、それふくめて、全体的になんか違うんだもん」
脱力したように晴人くんは笑った。
「変かしら?」
「変じゃないけど、なんかちょっとずれてる……」
「鞄、変えようかしら? みんなが持ってるようなリュックにしようかな」
前から可愛いリュックが欲しいと思っていたのだ。でも使いどころが分からずに、買うのを控えてきた。そうか、塾鞄にすればいいのだ。
「えー! アネゴ、リュックにするの?」
話に割って入ってきたのは、リア充グループの女子、斉藤君と斉藤夫妻と呼ばれている斉藤ニコちゃんだ。
「どうしようか悩んでいて。でも私、皆が持っているような可愛いリュックを持ってないの」
「買っちゃう? アネゴ、買っちゃえば? そのバッグ高い奴かもしれないけどさ、オバサンくさいもんね」
屈託なくニコちゃんは笑った。無垢な言葉の暴力に面食らう。
「オバサンくさい?」
「服装も! もっと短くしなよ、スカート! 足太いの?」
思わず真顔になる。いや、悪気がないのはわかってる。
「ねぇ! 一緒に買い物に行こ? ねぇみんなー! アネゴと買い物行かないー? 丁度秋物セールはじまったんじゃない?」
ニコちゃんは私に確認もせずに友達に声をかけた。わらわらと女子たちが集まってくる。強引だと思ったが、正直嬉しかった。
そんなこんなで、今日は塾の女子たちとショッピングである!
綱は模擬テストがあるというので、駅まで送ってくれた。初めて一人で行く駅は心配だからと、綱は言った。帰りも時間が合えば合流しましょうなんていうけれど、塾と家との間の駅ではない。わざわざ、乗り換えてきてくれるのは悪いといえば、こちらで買い物がしたいから、そう綱は言った。
改札口で綱と別れる。
「困ったことがあったら連絡してください。すぐに行きます」
綱がそんなことを言うから笑ってしまう。
「綱だってテストでしょ? 大丈夫よ! ほら、あそこで友達が待ってるわ」
待ち合わせ場所にたむろするニコちゃんたちを見つけた。手を振れば手を振り返してくれる。
アネゴー! なんてあだ名で呼ぶから、綱が小さく笑った。
「わかりました。お気をつけて」
綱はそう言って改札口を戻っていった。
私はニコちゃんたちに駆け寄る。
「アネゴ! 今の! 特進クラスの生駒くん? ちょっと! 晴人が言ってたのマジだったの!? どんな関係?」
興奮したようにニコちゃんに尋ねられる。
「幼馴染よ。たまたま送ってくれただけ」
なんだか照れくさくて、簡単に答える。ところで晴人くん、なんて話をしたのだろう。
きゃー! やだー! なんてはしゃぎながら、私たちは人ごみの街を歩きだした。
一人だったら入れない、小さな階段を上がってはいる洋服屋さんにみんなで入る。キラキラした洋服がぎっしりと詰まっている。カラフルなキャンディーボックスみたいで、胸がときめく。音量強めの音楽に張り合うようにおしゃべりをする。
パステルカラーのブルゾンだとか、サイケ柄のタイツだとか、私のワードローブにはないアイテムで眩暈がしそうだ。
「これくらい短いの履いちゃいなよ」
なんて勧められたのはレインボーカラーのミニスカートだ。
「ええ?」
「試着! 試着!」
戸惑っていれば強引に試着を進められ、とりあえず履いてみる。素足にミニスカートは何とも心もとなくて、そっと試着室から出れば、ニコちゃんたちの歓声が上がる。
「やだー! かわいいー!」
「足、しっろ!! 足、ほっそ!!」
「足だしなよー! いいじゃん!」
口々に褒めてもらえて嬉しいが、恥ずかしくて堪らない。
「え、でも、これは恥ずかしい……」
膝頭をおさえてモジモジする。このスカスカ感や視線に慣れていないのだ。そういえば、エレナさまはどんなミニスカートでもビシッと履きこなす。
「そっちの方がエロいって!」
「え、えろい……」
一気に押し寄せる何だか分からないパワーに圧倒される。いろいろなお店を歩いて回り、お目当てのリュックを買った。スポーツブランドの白いリュックにしたら「マ」と言われた。意味は「アネゴらしい」と言うことらしい。よくわからない。
プチプラなお店によって、スニーカーも買った。オーバーサイズのカーディガンは、学院の外部生が着ていて憧れていたものだ。思わず手に取ってみるが、買う勇気はなかった。
エレナさまが履いていたようなデニムのタイトミニスカートもはいてみたけれど、やっぱり抵抗がある。モジモジしていれば、ミニスカートの上に長めのチュールのかかったフレアスカートを勧められて、勇気を出して買ってみた。後はオフショルダーのトップス。
皆で柄違いのフワフワチャームを買って鞄につける。フルーツモンスターという今日入荷したばかりの輸入品らしく、フルーツの皮を剥けば、愛らしいモンスターの顔が付いた中身が現れるのだ。私はバナナを買った。みんなはそれぞれ、スイカやキウイ、ミカンにした。皮を剥くと中が特徴的な果物ばかりだ。
流行りのカフェに連れて行ってもらって、写真に映えるスイーツを食べることになった。
カフェにつけば、始まったのは女子トークだ。
「でー、アネゴは晴人と皇貴、どっちがタイプ?」
ニコちゃんの隣に座ったシホちゃんが尋ねる。ニコちゃんはスッと目をそらした。
「斉藤くんはニコちゃんの彼氏でしょ?」
キョトンとして尋ねれば、キャラキャラとみんなが笑う。
「でっしょー? そう思うでしょ?」
「だって、斉藤夫妻でしょ?」
「だよねー? でも、ニコ達付き合ってないの。うけるー」
「え? あれで?」
思わずニコちゃんを見れば、顔を赤くしている。
「嘘でしょ?」
思わず聞いてしまった。
「ほら、ニコ。アネゴは皇貴なんて目じゃないって」
「べ、べつに、私は気にしてないしっ!」
ニコちゃんが怒る。
そうか、今日の本題はこれでもあったのか。突然強引に誘われた買い物には、こんな理由があったのだ。
「斉藤くんも私に興味はないわよ。あれ、私が思うに、晴人くんと私が普通に話してるのが羨ましいのよ。晴人くんにばっかりちょっかい出してるもの」
「……それ、」
「変な意味じゃなくて、ほら、ニコちゃんと斉藤くん、いつもふざけてばっかりでしょ? 多分、女子と普通に会話できる晴人くんが羨ましんじゃない?」
「さすが、アネゴ。深い」
「アネゴ呼び、止めて」
軽く突っ込む。
「ニコも、アネゴと晴人みたいに喧嘩しないで皇貴と話したい……」
ニコちゃんが言った。
「え、でも、私。ブース!と言いながら、実は可愛いと思ってる、みたいなの、すっごく羨ましいけど」
「ちょちょちょ? なにそれ、アネゴ!」
「だって、斉藤くんの『ブース』って特別じゃない? ニコちゃんにしか言わないもの。ねぇ?」
周りの友達に聞けば、みんなニヨニヨと頷いた。
「ぎゃー! 止めてよみんな!」
「私も青春したい……」
思わずぼやけば、ニヨニヨしていた視線が私に向けられる。
「アネゴー、晴人は?」
「いやいや、さっき一緒に来た人でしょ? 生駒くん」
シホちゃんが問えば、ニコちゃんが綱の名前を出した。思いもよらないところで、綱の名前が出て顔が赤くなる。
「あ、わっかりやすー」
うそ、わかりやすい?
「え? マ? 結構人気だよね? 私も良いと思ってた!」
ミナちゃんが言うから慌てる。
「あ! だめ! 絶対ダメよ!!」
言えば、シホちゃんが笑う。
「なに? かれし? どこまでいったの?」
「違う! そんなんじゃないもん!」
「きゃー! アネゴが乙女!」
「なになに、告ってないの? 告らせればいいじゃぁん」
ニコちゃんたちがグイグイ来る。居た堪れなくて顔を覆う。綱とのこんな話、芙蓉や桜庭の友達とは絶対にできない。
「こ、告らせるって……。だって、綱は私のことなんか……」
「きゃー! 綱だって! 生駒くん、綱っていうんだ!」
「幼馴染名前呼びカップルとか、マジ最高なんですけど!」
ねぇ、お願い話を聞いて? 別に付き合ってないんだってば!
「ねぇねぇ、もしかして帰りも待ち合わせしてる?」
「……時間が合えば一緒に帰ろうねって……」
帰る前に連絡をする約束はしたが、時間を何時と決めたわけではない。
「やーん! それ、絶対待ってるよ? 待っててくれるよ?」
「そ、そんなことないもん!」
「絶対今日買った服に着替えていくべき!」
「だよねー! 可愛いとこ見せちゃいなよ!」
「で、いつもは見ないアネゴにキュンとかなって! イイ感じとかになっちゃって!」
「くるくる?」
「きちゃう?」
「「「「告白ー!!」」」」
「な! なりません!! 絶対!!」
なんて息ピッタリなんだ!!
そんなふうに言われたら、なんか、ちょっと、こう……期待しちゃうじゃないか! ありえないとわかっていても、期待してしまう。
「でもでも、こ、告白とかは絶対絶対絶対ないけど……、新しい服で行ったら、ちょっとくらい……女の子扱いしてくれるかしら? そしたら、着替えてみようかしら?」
オズオズと尋ねる。
ニコちゃんたちは、ニヤァァと不気味に笑って顔を見合わせた。
あ、なんか、こわい。
「アネゴ、マジでかわいい! つーか、まじで着替えるべき!」
力強く言い切られ、私はプリクラのお店に拉致られた。
プリクラショップの更衣室で、私は今日買った服に着替えた。トップスはいつもはあまり着ないオフショルダーのフワフワした白いモヘアニット。膝上のフレアミニスカートの上に、取り外し可能の淡いグレーの脹脛丈のチュールを重ねてはいた。少し季節を先取りした格好だ。
「ねぇ、下着の紐、見えちゃうわ?」
オフショルダーで丸出しになった肩に戸惑う。ミナちゃんが、下着の紐をグッとオフショルダーの袖の方まで下げて、見えないように絆創膏で紐を肩に張り付けた。
「こうしておけば大丈夫!」
「えええ?」
慣れない服装にモジモジすれば、またニコちゃんにエロいと怒られる。
顔も可愛くメイクされ、髪も綺麗に結んでもらう。
今日の記念に皆でプリクラを撮った。盛りに盛った写真、皆でポーズを決めた写真、アイテムの貸し出しまでしてもらった。風船いっぱいで写真を撮る。
外をみんなで歩いていれば、雑誌のストリートスナップの撮影をやっていた。有名な雑誌だったから、皆ではしゃいで野次馬をしていれば、スタッフから声がかかった。お揃いで買ったばかりのフルーツモンスターのキーホルダーが目に留まったらしい。記念にみんなでキーホルダーが付いた鞄をくっつけて写真に撮ってもらう。
何もかもが初めてで、何もかもが新鮮だった。







