159.高等部一年 遠泳大会 後夜祭
後夜祭の前に、一旦部屋に戻り私服に着替える。夕食を終えた後の、昼の太陽を冷ましきれないビーチで後夜祭と花火大会である。
もちろんみんな浮足立って、女子も男子もおしゃれをしている。私はシンプルなマキシ丈の半袖サマードレスだ。
詩歌ちゃんはモーブピンクの膝丈フレアワンピ―ス。コットンのレースは小花柄で、可憐なのだ。
後夜祭が始まった。簡単な打ち上げ花火の後は、消灯まで自由時間。大体はクラスの打ち上げで、リア充な人はリア充タイムだったりする。
私は美女先輩に呼ばれて、三年生クラスの打ち上げに少しだけ顔を出した。律儀にもボディビル大会の後の話通り、メロンを食べさせてくれるのだという。
三年生美女軍団に囲まれ恐れ戦けば、メロンとスイカを餌付けされ、さっきのナンパのお礼と、八坂くん情報を聞き出された。一年生のフロアにはなかなか行けないから、情報が得られないというのが目下の悩みらしい。変なファンが近づいてきたら私たちに言いなさいね、なんて心強いお言葉をいただいた。……ちょっと怖いけど。
メロンとスイカをたらふく食べて、クラスのみんなのところへ帰ろうと歩いていれば、同じクラスの九島くんに途中で会った。
「白山さん、こんなところにいたんだ」
爽やかスポーツマンな笑顔で声をかけられる。いつもはバナナ姫と呼ぶくせに、どうしたのだろう。
「ええ、三年生のクラスの打ち上げにお邪魔していました」
「へぇ、顔が広いね」
「でも、三年生の皆さん多分私の名前は知らないのよ? みんな、ゴリラかバナナと呼ぶから」
「それも、ぽいね」
クスクスと笑う。
「九島くんはどうしたの? 今からクラスに戻るところ?」
「……いや、えーっと、うん。ちょっと。……白山さん探してた」
「私?」
キョトンと問えば、気まずそうに笑う。
「うん、少し話せないかな?」
「なにかしら?」
問えば、九島くんは辺りをキョロキョロ見渡した。人影はあるが、みんな自分たちのことで一生懸命で、私たちのことなど見ていない。暗いから良くわからないのだ。
それを確認したのか、九島くんは小さく息を吐いた。
「白山さんてさ、本当に彼氏、いないの?」
「いないわよ」
即答する。
「氷川くんとか……、八坂くんとか……生駒くんとか、仲いいよね」
「まぁ、中学から一緒だから仲よくはしてるけど」
「それだけ?」
「ええ」
なんだか、クラスで前にも聞かれてた気がするが。仲の良さなら詩歌ちゃんだって変わりはない。
「だったらさ。俺、彼氏候補に考えてくれないかな?」
「え?」
突然の言葉に驚く。
「好きです。白山さん。付き合ってください」
ペコリと頭を下げられて慌てる。
困る。
好きだと言われたのに、最初に思ってしまったのは、そんなことで、私は自分に驚いた。
好きだと言われたら、好きになれると思っていた。
だって、九島くんはいい子だし、普通に格好いいと思う。運動神経だっていいし、明るいし、優しい。意地悪も言わないし、意地悪もしない。多分、私を騙してるとか、そういう人でもないと思う。一緒に作業をしていて、誠実な人だと思っていた。それに、付き合ったら優しくしてくれると思う。きっと、綱よりも優しくしてくれる。
だけど。困る。
固まってしまった私を見て、九島くんが困ったように笑った。
「やっぱむりっぽい?」
「……ええっと、その、考えたこと、なかったから……びっくりしちゃって……ごめんなさい……、九島くんが……じゃなくて、私が誰かにそういうふうに思われるとか、ちょっと想像したことがなくて……ちょっと、今は無理……かも……」
「……そうなんだ」
「それなのに彼氏が欲しいだなんて軽々しく言って、ごめんなさい」
「ううん。気にしないで。俺こそごめんね」
九島くんは、無理しているみたいな顔で笑った。
「俺、ちょっと向こう行ってから戻るから、白山さんは一人で戻れる?」
九島くんはクラスの集まる反対側を指さした。このまま二人で戻るのは気まずい。ここで別れるのがいいだろう。
「ええ、大丈夫。気を付けてね」
九島くんの背中を見送ってため息をついた。
ちょっと自分の気持ちがわからなくなった。
誰かに好きだと言われたら、もっと嬉しいかと思っていたのだ。ジャックに可愛いと言われたときみたいに、フワフワと浮かれるのだと思っていた。
そうしたら、きっと綱を忘れて、その人に飛び込めるんだと思ってた。彼氏さえできてしまえば、綱を思い出にできると信じていた。
それなのにふたを開けてみれば、こんなにも心が重い。
なんだかクラスに戻る気がしなくなって、遊歩道に上る階段の一番下に腰かける。打ち寄せる波を、ボンヤリと見つめた。昼間はあんなにキラキラしていた海なのに、今はタールが押し寄せてくるように黒く重く見える。
花火をもって駆け回る男の子たち。顔を寄せ合って線香花火をする女の子たち。みんな賑やかでキラキラとしている。
「白山さんが一人だなんて珍しいね」
声がして顔をあげれば三峯くんだ。
三峯くんは何のためらいもなく私の横に腰かけた。
「汚れるわよ」
「白山さんもね」
「私は慣れてるから」
「オレも気にする方じゃないよ」
三峯くんが笑う。
「で、どうしたの? お姫様。告白でもされた?」
図星過ぎて言葉を失えば、三峯くんが、マジでと笑った。
カマをかけられたのだ。
「なんで浮かない顔してるの? 彼氏欲しいんじゃなかったっけ?」
「うん。そうなんだけど。私酷いの」
「酷い?」
「実際、言われてみたらね、初めに『困った』って思っちゃったのよ。乙女として欠陥でもあるのかしら……」
はぁ、とため息をつけば、おかしそうに三峯くんが笑う。
「大丈夫だよ。それ普通」
「普通?」
「だって、好きじゃなかったんでしょ? そいつのこと」
「でも、嫌いじゃないし。いい子だって思うわ。たぶん付き合ったら優しくしてくれると思う」
「付き合ったら優しいなんて、当然だけどね」
「そうなの?」
「好きな女には優しくするでしょ? 普通」
三峯くんの言葉がチクリと胸に刺さる。
綱は私に意地悪だ。だから綱は私が好きじゃない。
「そうね。きっとそうだわ」
小さく自分を笑う。
「白山さんて、好きな人いるの?」
三峯くんに問われて、頭を軽く振った。好きな人はいる。だけど、知られてはいけない。気づかれてもいけない。
「いないなら、試しに付き合ってみても良かったかもね。みんなしてるでしょ? 利害の一致ってやつ」
「利害の一致?」
「相手は白山さんと付き合える。白山さんはとりあえず彼氏ができる」
「……それって、失礼じゃないかしら? 嘘つくってことでしょう? 相手が知ったら傷つくわ」
心当たりがある。両想いだから婚約していると思い込んでいたのに、利用されていただけだと気が付いた時は酷く傷ついた。
「まぁね、そりゃそうだけど、でも、嘘でも好きな人といられればいいんじゃない?」
「そうかしら」
「どうかな? オレは嘘でもいいよ」
三峯くんは何でもない事のように笑った。
「三峯くんは大人ね」
「そうかな。自分がしたい方を選ぶだけだよ。他人のことなんてわからないから、考えても無駄じゃない? オレ、そういう無駄嫌いだから。何しても、傷つくときは傷つくし、相手だって傷ついてるかもしれないし」
傷つけてきた相手が傷ついてるかもしれないだなんて、そんなこと考えたこともなかった。
氷川くんも婚約をした後で罪悪感ぐらいあったのだろうか。破棄をした後で、少しくらいは傷ついていたのだろうか。
「やっぱり大人よ。私はダメダメね。箱入りって馬鹿にされても仕方がないわ」
「まぁ、それは、箱に入れて置くやつも悪いよ。宝石箱に入れておきたい気持ちもわかるけどさ」
三峯くんが笑う。
「白山さん見てると思うよ。すっごく大切に守られてきたんだろうなーって。基本的に性善説だもんね。思考がさ。誰も傷つけたくないとか、ちょっとお綺麗すぎて笑えるくらい」
「普通じゃない?」
私はきょとんとして答える。
「オレは自分のせいで人が傷ついても仕方ないと思うよ。オレの方が大事」
「偽悪的なのね?」
「性悪じゃなくて?」
今度は三峯くんが答える。
「だとしたら今慰めたりしないでしょ?」
三峯くんが驚いた顔をした。そして、噴き出す。私もつられて笑いだす。
三峯くんは、言い方はきつめだが内容は悪意ではない。最初の出会い方が失礼だった私にすら、こうやって気を配って違う見方を示してくれる。その根底は優しくて、性悪とはとても思えない。だからこそ、同級生の信頼も厚い。みんなの気さくなお兄ちゃんという感じなのだ。
二人で笑いあっていれば、駆け寄ってくる足音が響いた。







