157.高等部一年 遠泳大会 水鉄砲合戦二回戦
水鉄砲合戦の二回目は、綱のクラスと、氷川くんのクラス。三年生は生徒会長のいるクラスと、校友会体育部長の率いるクラスだった。ここで優勝クラスが決まる。優勝クラスには夕張メロン三玉が用意されている。
今度は自分のクラスが参加していないので、素直に綱を応援できる。詩歌ちゃん達クラスメイトと一緒に観戦だ。
氷川くんもスタートラインについた。また目が合ったので今度は手を振ってみれば、全開の笑顔で手を振り返してくる。私の周辺にいた女子たちが、レアな笑顔に悩殺されて倒れた。……うん。ピュアが過ぎるのも考え物である。
綱が白けた顔で私を見たから、綱にも手を振った。こっそり口パクで「がんばれ」と付け足す。綱は驚いたような顔をして、小さく手を振り返してくれた。
近くには綱のクラスの応援団がいて、鳴り物鳴らして応援している。さっきの黒ビキニ読者モデルが、お胸をバインバインと揺らしている。
「いこまぁくぅぅぅんー!! こっちみてぇぇぇ!! きゃぁぁぁぁぁ!!」
鼻にかかった甘い声にイラっとして思わず見れば、バチリと目が合う。彼女は私を見てフフンと笑った。
ムッとして綱に目を向ければ、綱の奥にいた不愉快そうな桝さんと目が合って気まずくなる。多分桝さんも私と同じように彼女にイラついたのだろう。恋心を自覚してみれば、桝さんの気持ちも良くわかる。綱の周りにいる女子は、大体目障りだ。
うん。イラっとするよね。イラっとするのよ! わかっているけどイラっとするのよ!!
しかし、悲しいかな、私はそれを主張することすらできない。大黒さんのように、『私が一番のオキニです!』と言えたらどんなにスカッとするだろう。しかし私にはできないし、そもそも一番でもない。
ああやって、好きだと表現できる人を横目に、ウジウジと死なない恋心を砂に埋めるしかないのだ。
羨ましいなぁ……。そう思い、綱に目を向ける。スタートラインで前を向く綱は、いつもよりずっと遠い人だ。
スターターが鳴り響く。一斉にダッシュする。
氷川くんはすでに砦の一つを占拠した。良く通る声が指示を出し、チームワークが抜群のクラスだ。足の遅い子たちが砦を死守すべく奮闘し、足の速い子たちはメロンを目指す。
綱もけして負けていない。氷川くんを正面から狙う。それを氷川くんは楽しそうに受け、夏の男子は眩しすぎる。
綱と氷川くんはお互いに夢中になりすぎて、一騎打ちの様相だ。綱が氷川くんのポイを打ち抜いた瞬間、私を振り向いた。ビックリするほどレアな笑顔に私の方がうち抜かれる。その瞬間、綱のポイまで後ろから生徒会長に撃ち抜かれてリタイアだ。
綱は一瞬呆然として、困ったように笑った。
三年美女スナイパーの前には、一年男子はほぼほぼ無力で、膝をつきながらの賢者タイムは笑いを誘う。
結局、総合力と経験で校友会体育部長のクラスが優勝した。勝鬨をあげながらメロンを掲げる三年生。
水鉄砲合戦が終了して、氷川くんも綱もクラスメイトに囲まれている。負けはしたが善戦した彼らをみんながたたえているのだ。
綱の腕をとる黒ビキニ読者モデルがチラリと私を見て笑った。さり気なく自慢のお胸を押し付けるから、綱が困ったように彼女の手から離れた。
なにそれ! 意識しちゃってるんじゃないの!? 綱のエッチ!!
ムカっとして、シュンとする。そろそろとラッシュガードのジッパーをこっそりと下ろして、中の自分の胸を見る。うん、確認するまでもない。レースのフリルで隠しているが、けしてバインバインではない。
綱といい、八坂くんといい、氷川くんといい、堂々と周りにたむろする女子は皆綺麗でプロポーションが抜群だ。自信があるんだろう。
それに比べて私って。脚が太いからって、レギンスすらも脱がせてもらえないのだ。
「どうしたの?」
ラッシュガードの中を覗き込む私に、不思議そうに詩歌ちゃんが尋ねる。
「やっぱり、女の子はプロポーションかしら……?」
尋ねれば、詩歌ちゃんは少し考えるような顔をして、パッと笑顔を私に向けた。
そしておもむろに、私のラッシュガードのジッパーを下げる。
「折角の可愛い水着、全然見せないの可哀そうよ」
黒いラッシュガードの間から、たまご色のレースのタンキニが零れた。少し寂しい胸をカバーするために、胸のあたりに段々のフリルが付いている。
一瞬、周りがざわついて、注目が集まる。
予想外の視線に慌てて、ラッシュガードの前を合わせた。
「うーちゃんっ! まだ、日焼け止め、塗ってないから!」
「あら、私持ってるわ!」
詩歌ちゃんは、自分のラッシュガードのポケットから日焼け止めを出した。
「塗ってあげるね」
天真爛漫に微笑まれて、アワアワと流される。冷たい日焼け止めが熱くなった鎖骨にピタっと触れて、わひゃぁと変な声が出る。
なんだか一層周りがざわついて、顔をあげれば綱が血相を変えてやって来た。
「浅間さんっ!」
綱が詩歌ちゃんに何かもの申すなんて珍しい。
「どうしたの? 生駒くん」
詩歌ちゃんはいつもののんびりとした調子で答えた。
それに綱は言葉を失って、一瞬戸惑った。
「……姫奈は肌が弱いから、ラッシュガードを閉めてください」
「姫奈ちゃん、白くてすべすべですものね? 確かに日に焼けたら赤くなっちゃいそうね」
詩歌ちゃんがサスサスと私の肌を撫でながら答えれば、綱がコクコクと首を縦に振った。
「でも、もうそろそろ日差しも弱くなってきたし、せっかく一緒に可愛い水着を買いに行ったのに、見せないのはもったいないと思うの! ちゃんと日焼け止めを塗れば、ラッシュガードの前を開けるくらい平気でしょう?」
詩歌ちゃんは、ニコッと笑った。綱は言葉を失う。そして、もう一度逡巡してから、言いにくそうな小さな声で答えた。
「……夕方になると、虫が気になりますし……」
「虫?」
詩歌ちゃんがキョトンとすれば、赤い顔の氷川くんがやって来た。日に焼けてしまったのだろう。
それを見て、綱が小さく、ほら、と呟く。
なにが、ほら?
「あ、浅間さん……」
氷川くんまで、何か言いにくそうだ。
「氷川くん、姫奈ちゃん可愛いでしょう?」
屈託のない笑顔で、答えにくいことサラッと尋ねないで詩歌ちゃん!
「あ、ああ、よく……似合っていると……思うが、しかし」
「しかし?」
コテンと首をかしげる詩歌ちゃん。なにそれ可愛いんですけどー!!
氷川くんは私をちらりと見て、慌てて目を背け口を噤んだ。
ガーン。目に堪えないって感じ? そりゃ、あれだけの美女に囲まれていれば、そうでしょうけど、そんなあからさまにしなくても。
「やっぱり、あまり見せない方がいいです」
ツンと綱が言った。その言い草にちょっぴりムカッとする。
「綱なんか、さっきまで黒ビキニにニヤニヤしてたくせにっ! ちょっと貧相だからってそんな言い方ないじゃない」
「ニヤニヤしてませんし、そんなふうには言っていないでしょう?」
綱が心外だと言わんばかりに嚙みついてくる。
「してたもん! 腕にあてられて喜んでたもん!」
「っ! 喜ぶわけないでしょう!? 好きでもない人に何されたって嬉しくない!」
激しく否定する綱の言葉になぜか私が傷つく。
私のことなんか好きじゃないくせに。私が何したって関係ない癖に。どうしてこういう時ばかり、色々口を出してくるのだろう。
「……綱なんか知らない!」
フンとそっぽを向けば、詩歌ちゃんが、もう、と綱を睨む。
「生駒くん。姫奈ちゃんて可愛いわよね?」
突然の言葉に私が慌てる。
「うーちゃんっ! やめて? おねがい!」
半泣きで縋る。なんて公開処刑だ。
綱だったらケロリと『かわいい? どこがです?』ぐらい言いそうで、それを公然と言われたらさすがにショックすぎる。
「可愛くない?」
「人前でわざわざ言うまでもないことです。みんな知っている。今更でしょう? 姫奈だって聞き飽きている」
綱が答える。そう、私は言うまでもなくブスだ。
「みんななんて関係ないでしょ? 生駒くんはどう思うの?」
詩歌ちゃんがもう一度尋ねれば、綱は顔を赤くして不貞腐れたように呟いた。
「姫奈は……、可愛い、です」
「は?」
耳を疑う。グンと顔が熱くなる。嬉しくて飛び跳ねてしまいそうだ。
綱が、可愛いって! 私を可愛いって!! 嘘でも、言わされたんだとしても、それでもうれしい。
「だから!!」
綱は怒ったようにそう言うと、私のジッパーをおもむろに上げた。
「おい! 生駒!」
氷川くんが驚いて咎めるように声をあげた。
「……隠しておいて。心配します」
懇願するような小さな声に、ぐらりと膝の力が抜ける。
「きゃぁ! 姫奈ちゃん!」
詩歌ちゃんが支えてくれたから、思わず詩歌ちゃんに縋りついた。
「うーちゃん……」
泣きたくなるくらい胸がいっぱいになって、鼻声で名前を呼べば、詩歌ちゃんが背中を撫でてくれる。
ちょっとだけ、ちょっとだけだけど、二階堂くんが紫ちゃんに思うように思ってくれたのかもしれない。それだけのことで、嬉しくて仕方がない。
花火が上がる音がする。遠泳終了の合図だ。一番最後の人が浜についたのだ。
「生駒、行くぞ」
氷川くんの憮然とした声がした。
詩歌ちゃんに縋る私の背中を綱の声が撫でる。
「わかりましたか? 良いですね? 私は表彰式でクラスに戻りますが、ちゃんと着ていてくださいね」
恥ずかしすぎて綱の顔なんか見れなくて、背を向けたまま無言でうなずく。
「……だって。大切にされてるわね、姫奈ちゃん」
詩歌ちゃんの笑い声に、私は無言で首を縦に振った。







