156.高等部一年 遠泳大会 水鉄砲合戦一回戦
水鉄砲合戦が始まる。最初の対戦は同学年同士だ。偶数クラスと奇数クラスでフィールドが別れ、一回戦目になる。
一組の氷川くんは別フィールドだ。
二組の明香ちゃん、四組の綱と桝さん、八組の私たちは同じフィールドで敵同士になる。
八坂くんの出るフィールドは女子の観戦者が多い。ちなみに詩歌ちゃんと明香ちゃんは、水鉄砲合戦に出場する。詩歌ちゃんの参戦は意外だと思うだろうが、一条くんからの戦略的懇願に詩歌ちゃんが折れた形だ。
明香ちゃんは三峯くんと同じクラスなのだが、詩歌ちゃんと同じ事情なのだろうか。明香ちゃんなら自主的に参加しそうな気もした。
ちなみに三峯くんは背の高さを生かして、ビーチバレーに出ていたらしい。
私は紫ちゃんと応援だ。しかし、綱も同じフィールドにいるので、思わずチラチラ見てしまう。
お目当ての男子の名前を叫ぶ女子の声。
圧倒的八坂くんに、チラホラと綱の名前。あ、二階堂くんの名前は止めて。紫ちゃんのオーラが黒いわ。
なんて、男子の人気度まで浮き彫りになる。女子、残酷すぎる。
男の子たちは、ペットボトルの鳴り物を振り回して、どんちゃん騒ぎである。日ごろ、女子を独占するイケメンに一矢報いようと、目的がすり替わっている人たちもいる。
もちろん、八坂くんや氷川くんはターゲットだ。こんなことでもなければ、彼らに水をかけたりは出来ないだろう。
フィールドは奥行百メートルの逆さ扇型で、その一番狭い場所にスイカがおいてある。スタート地点から、女子は十メートルラインまで、男子は二十メートルラインまで放水禁止。途中には筏レースで使った筏が砦のように三カ所に置いてあり、そこは給水ポイントでもある。
放水可能地域へいかに早く到達するか、給水ポイントを占拠できるか、放水力の強い武器を装備しているか、男女の比率など、戦略が重要になってくる。
スタートラインに八坂くんが立った。背負った水鉄砲は、我がクラスの力作だ。漆黒にペイントされた水鉄砲を八坂くんが持つと、なんちゃってライフル的なものに見えるのがモデルマジック。
あの立派な銃。生まれはただの塩ビ菅です。製作者が神なのです。モデルが良すぎるのです。
スタート地点に立つだけで歓声を受ける八坂くんは、やっぱりえげつないほど格好いいのだ。しかもそれに自覚的なのでたちが悪い。
歓声を受けて、八坂くんが軽く髪をかき上げてから、ラッシュガードの前を開けた。零れる白い肌、均整の取れた筋肉。キラキラと光る髪と汗、太陽が危ないエフェクトを全開にしてくる。
ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!
お嬢様とは思えない雄叫びが響く。サービス過剰な八坂くんが、ペロリと唇を舐めて見せれば、周辺にいた敵のはずの女子たちが、よろよろと膝をつく。緊急搬送要件だ。AEDを確保して!
そうか、これが八坂くんが言っていた『効果的』というやつか。ずっとひた隠しにしてきた肌を、ここぞという場面で御開帳とは。確かに絶大な効果を出している。
おそるべし、八坂晏司。私が男子なら、砂投げてた。男子、よく我慢してると思うよ、男子。
スターターの破裂音と同時に一斉に飛び出す。八坂くんによろめいた女子たちが出遅れる。詩歌ちゃんと明香ちゃんはダメージがないから、スタートから順調だ。
綱はすぐさま放水可能領域を目指し、先に到達した女子たちへ指示を出す。
調整不足かここへきて水鉄砲が出ない人や、思ったほど威力がなくて慌てている人などは集中放水を受けている。
八坂くんは女子の放水を受けない代わりに男子からは集中放水だ。モテない系男子が、ここぞとばかりに顔面を狙っている。しかし、八坂くんはそれを華麗にかわすから、カッコイイやら憎たらしいやら。水しぶきさえ味方に付いて、一層八坂くんを美しくきらめかせる。
どんどん脱落していく参加者たち。気になる女子に狙われた男子はほぼ無力で、男子は男子を滅しあう。
詩歌ちゃんを狙える男子はもちろんおらず、詩歌ちゃんは「ありがとうございます」なんてお礼を言いながら男子のポイを打ち抜いていた。
これか、一条くんの戦略はこれか!
明香ちゃんは果敢に八坂くんを狙っていく。対八坂くん要員なのだ。女子で八坂くんを狙える女子は、フィールド上に明香ちゃんくらいしかいまい。八坂くんも男子には容赦がないが、そもそもレディーファーストなのだ。明香ちゃんには防戦一方になる。
歓声が飛び交う。チラチラと見える八坂くんの腰骨のラインに、女子たちはもうクラクラだ。
砂のついたほっぺたで、必死に前を目指す綱の瞳が凛々しくて、私はそちらに目を奪われる。頑張れ綱、と言いそうになって、グッと唇を噛んだ。
今日の綱は敵なのである。
最後は綱と八坂くんの一騎打ちになった。砦からお互いを狙う二人。ハラハラとして思わず見守る。
スイカは食べたい。だって美味しくて高級な黒玉スイカなのだ。しかも特大サイズだ。絶対食べたい。だけど、スイカは食べたいが、綱に勝ってほしいのだ。
一瞬、綱と目が合った気がした。あっと思った瞬間に、綱の水鉄砲が八坂くんのポイを撃ち抜いた。同時に八坂くんも綱を撃ったが、綱のポイは破れなかった。多分、八坂くんの方がたくさん放水を受けてきて、ポイが破れやすくなっていたのだろう。
綱が走り出して、スイカを奪取し空に掲げる。
勝者は綱だ。
思わずピョンと跳ねたら、紫ちゃんにラッシュガードの裾を引っ張られた。確かに不謹慎だ。私は八坂くんと同じクラスなのだから。
綱は男子から大絶賛を受けていた。女子からブーイングがあるかと思いきや、それはあまりなかった。八坂くんと綱はどうやら仲良し認定されているようで、生駒くんなら仕方ないよねーと女子たちが話している。
綱に駆け寄っていくクラスメイト達。それを羨ましく思いながら、私たちは八坂くんに駆け寄る。
前髪から雫を滴らせる八坂くんは、これぞ水も滴るいい男である。前髪から落ちた雫が、頬を伝い、顎を伝い、鎖骨を伝って妖艶だ。ちょっと涙みたいにも見えた。
正直目に毒すぎるのでタオルを渡せば、拭いてと頭を下げてくる。まるで雨に濡れたゴールデンレトリバーみたいで、哀れみを誘って仕方がないので、髪だけ拭いてあげた。
「お疲れさまでした」
「うーん。生駒に負けるのはちょっと悔しいな」
「惜しかったですよ。ポイが濡れてた分、不利でしたから」
「うーん、でも、不利でも勝たなきゃダメなんだよね」
「スイカそんなに好きでした?」
「スイカっていうか……」
八坂くんが口ごもる。
「ああ、クラスのためですもんね。でも、八坂くんのせいじゃないですから。そんなに気にしなくても」
「男として勝っておきたいときもあるんだよ。お姫様」
八坂くんがニッコリと笑うけれど、私には理解不能だ。
八坂くんは胸までタオルで拭き終わると、そのタオルを私の首に掛けた。
耳元で囁く声。開けた胸が近い。
「このタオルも生駒とお揃い?」
「っえ?」
そんな言葉に、ボっと顔が熱くなる。そんなこと意識したことなかったのに。そんなこと言われたら、タオルを使うたびに綱を思い出してしまうではないか!
「本当にもう、姫奈ちゃんのその顔。可愛いから妬ける」
思わずタオルで顔を覆えば、八坂くんの同じ日焼け止めの香り。それがさらに不意打ちすぎて、身もだえる。
「~~~!! もう、八坂くんは安易に悪魔を降臨させないで!!」







