153.高等部一年 遠泳大会
期末テストが終われば、待ちに待った遠泳大会である!
期末テストの成績は良かった。綱待ち時間の勉強と塾が功を奏したらしい。
一年生初めての期末テストは、一位は氷川くん、二位が明香ちゃんで、綱は九位。私は人生初の三十八位!
綱の成績不振は、桝さんと遊んでるからじゃないかなんて思う。罰が当たったんだ。きっと。ザマァ、と思いつつ、ザマァと思いきれない。人を選んで付き合えばいいのに、そう思っても口には出せない。
少なくともお相手は芙蓉会なのだし、人を選べと言ったとき選ばれる側の人だから。
私もあれから淡島先輩の圧力もあって、何度か氷川くんと帰ったりした。綱はそれに対してもう何も言わなかった。ただの幼馴染では一緒に帰る必要はなく、氷川くんを断る理由にはならないのだ。
改めて突きつけられた現実に少し寂しく思ったりした。
遠泳大会は一学期の最終日に行われ、表彰式が一学期の終業式となる。
遠泳大会の会場は、一泊二日で氷川グループが持つ合宿施設で行われる。
海沿いの防風林のなかに合宿施設があり、その前には遊歩道が伸びている。木陰のある遊歩道は、犬の散歩などをしている人もチラチラいた。遊歩道の法面は石積みの階段状になっていて、その先は砂浜だ。遊歩道沿いの石段はベンチ代わりに使われて、飲み物を飲んでる地元の人もいた。
合宿施設では、クラス男女別で大きな和室に布団を敷いて泊まるのだ。合宿感満載で、運動系校友会に入っていない私はそれだけで盛り上がる。
クラスメイトと和室に荷物を置き、水着に着替えて海に出る。
ビーチはプライベートだが、当日は簡易の海の家も設置される。地元でも有名なイベントで、一般の海水浴場に隣接しているため、見に来る人たちもいるらしい。
青い空、白いビーチ、灼熱の太陽、日焼け止めの匂い。これぞ青春真っただ中な、海、海、海なんである。いえーい!!
芙蓉学院高等部の校則は比較的緩い。授業時の水着は競泳用と決まっているが、今日は自由だ。
外部生たちは、ちょっと刺激的なビキニなどを着ていて……めっちゃ可愛い。きゃっきゃウフフしている。
そんでもって、八坂くんが三年生ビキニ美女ハーレムを形成している! 強火晏司担は軒並み美意識が高いのだ。目に毒なのか、目に至福なのかわからないが、ガン見してしまう。
すごい! ひゅーひゅー!! 唇に指を当てて口笛ってどうするの? まさにあれをやってみたい!
私と言えば、長袖のハイネックラッシュガードに、レギンス、スカパンと完全防備だ。髪は濡れてもいいように、頭の天辺でお団子にしている。着替えた時に理子さんにしてもらったのだ。ちょっとパイナップルみたいで可愛いのが救いだが、なにせラッシュガードもレギンスもスカパンも黒なので、強そうだ。間違いなく強そうだ。オニヤンマ再来である。
一応、ラッシュガードの中は可愛いフリルレースのたまご色のタンキニなのだが、綱に見せたらラッシュガードとレギンスを着用するように言われたのだ。
詩歌ちゃんでさえ、レギンスは履いていない。詩歌ちゃんの水着は私と一緒に買いに行った花柄のワンピースだ。腰から下には長めのパレオ、その上に白いラッシュガードを着ている。しかも白い麦わら帽子だ。まさに清楚なお嬢様で、男子たちが振り返る、振り返る。クラスの男子も鼻の下を伸ばして側から離れない。
……さすがにレギンスはやりすぎな気がしてきた。
「……モテないんじゃないかしら? レギンスぐらい脱ごうかしら?」
綱にぼやけば、綱はチラリと横目で私を見た。
「レギンスを履いていたほうが足が細く見えます」
「……そう……。もしかして、足が太いと思っているわけね?」
「いいえ」
「じゃあ、脱ぐわ!」
「止めてください」
「なんでよ」
「筏レースに出るのでしょう? ケガをしたらいけません」
「大丈夫よ! 皆レギンス履いてないもん!」
「そんなことはないです、ほら、憧れの沼田先輩も履いています」
綱が指さす方を見れば、葵先輩と淡島先輩が遠泳の集合場所に向かって歩いていた。中等部二年の時に応援団長だったゴリマッチョ先輩は、真っ赤なブーメランパンツだった。筋肉モリモリである。
今から一度船で出発地点の無人島に移動するのだ。
「二年生は競技用!! 日焼け防止のレギンスじゃないでしょ!!」
綱と言い争っていれば、八坂くんがどっかりと頭にのってきた。
「だから、重いんですって! お団子つぶれちゃう!!」
「重くないよ? 羽根のように軽いよ?」
笑いながら八坂くんは頭を離れ、横に並んだ。
八坂くんも完全防備のラッシュガード姿だ。
「今日は出席できたんですね。八坂くんも完全防備?」
「うん。日焼けも気になるし、ファンサのために取っておかないとね」
「……ファンサ?」
何のことだろう? なんにしても営業熱心だ。
「八坂くんからも言ってください。姫奈がレギンスを脱ぐといってきかないんです」
こういう時だけ、八坂くんの協力を仰ぐとは。綱め!
「ええー、姫奈ちゃん、レギンス脱ぐのはさ、僕と二人っきりの時にしてよ。……他の男に見られたくないな」
最後の一言をためるようにしてから物憂げに呟く。蜂蜜色の瞳が計るように光った。ゾクリ。
「ひぃ、悪魔降臨! 悪霊退散!!」
私は思わず身を引き、指でバリアをはる。綱がシラっとした目で八坂くんを睨んでいる。
「まぁ、それはともかく出し惜しみしたほうが効果的だって話。今のところは履いといたら?」
「効果的……?」
何の効果だろう。
「でね、姫奈ちゃん、サロンヤサカの最強日焼け止め持ってきたよ」
「本当ですか!? 貸してください!」
「いいよー、顔に塗ってあげるから、目を閉じて」
わーいと喜んで顔を上げて目を閉じれば、ペシリと叩く音がして驚いて目を開ける。
「生駒、モデルの顔叩かないでくれる?」
八坂くんが唇を尖らせてブーたれている。仲良しか。
「姫奈も! 無防備に信用できない男の前で目を閉じたりしない!!」
ビシッと注意される。
「? うん。しないわ? 八坂くん、信用してるもの」
お忘れかもしれないが、成り上がりと言えども私は白山家のお嬢様なのだ。それくらい躾けられている。当たり前のことに答えれば、八坂くんが困ったように目をそらした。綱がジト目で八坂くんを睨む。
「え? 今、悪戯しようとしてたの?」
八坂くんに尋ねれば、口元を抑えて、あー……、なんて歯切れが悪い。
「してたのね!? ひどい!!」
「してたような……してないような? したかったけどできないような?」
「ちょっと!!」
憤慨すれば、八坂くんは笑った。
「ゴメン、ゴメン! でも、これ、生駒、きつくない?」
「きついですよ」
綱がシレっと答える。
「なにがきついのよ!」
「姫奈ちゃんが男を信用し過ぎって話」
八坂くんが答える。
「信用するのに男も女もないでしょ? 人として信用できれば信用するわ」
「はい、ご高説。ご正論です」
八坂くんはパチパチと手を叩き笑った。絶対バカにしてるやつ。
「生駒、育て方間違ったよ」
「若干感じています」
綱がハァとため息をつく。
「別に綱に育てられてないもん!」
「はいはい。そうですね。姫奈、私が塗ってあげますから、目を閉じて。黙る」
綱に呆れながらそう言われ、私は渋々口を噤んだ。
綱の大きい掌が私の頬を包む。指先が丁寧に日焼け止めを伸ばして行く。ヒンヤリした感触と、独特の香りが気持ちいい。顔を塗ったそのままの手で、耳を這って顎の境に。ハイネックのラッシュガードのジッパーを少し下げられて、うなじから鎖骨に下がる綱の指。
「くすぐったいわ」
身をよじれば、八坂くんと綱の深いため息が聞こえた。
なんで!?
乱暴にジッパーを上げられ、勢いあまった綱の指が、私の顎にぶつかる。
「いたい!」
「はい、お終いです。ジッパーは下げないように! 日焼け止めは首までしか塗っていませんからね」
「はーい」
不満顔で答える。
「後で痛い目を見るのは姫奈ですよ!」
「はーい。わかってまーす」
渋々答えれば、八坂くんと綱は目を合わせて、二人同時に苦笑いをした。
仲良しか!! さては仲良しだな!?







