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【5巻電子書籍&POD化】神様のドS!!~試練だらけのやり直しライフは今日もお嬢様に手厳しい~  作者: 藍上イオタ@お飾り側妃は糸を引く7/5発売
高等部一年

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152/289

152.蚊帳の外


 慌ただしい氷川くんの様子に、はぁ、と思わずため息をつく。嵐のような人だ。


 屋敷へ戻ろうかとすれば、声がかかった。


「姫奈……子、お嬢様……」


 綱だ。無表情の綱。門の外なのに、姫奈じゃなくてお嬢様と呼ぶ綱になんだかイラっとする。


「あら、お早いお帰りね? 綱」

「……どうして勝手に帰ったんです?」


 綱の声が不安定に揺れる。


 空気が共鳴して歪む。不穏で息苦しい、夏の風。わかる。綱が怒っている。だけど、私だって怒っている。


「淡島先輩が伝えてくれなかった?」

「聞きました。そうではなく、なぜ約束を破ったんです?」

「約束? ねぇ、そもそも、なんで私、綱と帰らなきゃいけないの?」


 口に出した言葉は、気持ちとは正反対。一緒に帰りたかったのに、そうできなかった悔しさが、胸の中でクルリと言葉を変える。


 中等部入学の頃は邪険にされていた。早く帰れと言われていた。いつしか待つように言われるようになって、私はそれが嬉しかった。だけど。


 芙蓉館の閉館時間は、三十分後だったはずだ。家について一時間。だから、本当は三十分前に綱は帰ってきているはずなのだ。それなのに、今、ここにいる。それが意味することを考える。私じゃない誰かと、芙蓉館の外で、なにか、していた。


「……それは旦那様も心配されますし……」


 珍しく綱が口ごもる。


 そう。理由なんてそんなものだ。

 一緒にいたいと思うのは私だけで、綱はそうじゃない。白山家のお嬢様に何かあったら困るから。私を心配するお父様が、無理を言って綱を芙蓉に入れた。その期待に応えるために、綱はしかたがなく私の側にいる。


 ただ、それだけだ。わかっている。知っている。だけどそのことがたまらなく悲しく苦しい。


「それって()()綱を待つ理由になるかしら?」


 暗に、綱が私を待つのならともかく、綱が私を待たせる意味を問う。


 不遜。尊大。素直じゃない。我儘で高慢ちきな成り上がりのお嬢様。

 自分の嫌なところが灼熱のマグマになって、越えてはいけない何かをドロリと越える。


 だから姫奈子はダメなんだ、彰仁の言葉が頭をかすめる。だけど。


 意味を正確に理解して、綱が息を飲んだ。綱ならわかると知った上で、私は的確な言葉で彼を弄る。最低で、最悪だから、愛されないとわかっていても。


「私なんかいなければ、今日みたいに綱は桝さんとゆーっくり帰れるわ!」


 ギュッと拳を作る。二人っきりで籠るPCルーム。そのドアが開くのを待っている時間の切なさを綱は知らない。

 帰ってしまえば、知らなくてすむ。見なくてすむのに、待っていろと綱が言うから。綱と一緒に帰りたいから。だから私は惨めにも、あそこで扉が開くのを待つ。


 勇気を振り絞って聞いたって、何をしているのか教えてくれない。姫奈には関係ないと、知らなくていいことだと、そういって教えてくれない。しつこく聞いたら、無視された。綱と桝さんだけの、二人だけの、秘密。


 それなのに私に待てという。綱は残酷だ。


 そんなことするくらいなら、もう突き放してほしい。とどめを刺してほしいのだ。


「違います。そうじゃない!!」


 綱が弾かれたように答えた。


「違わないわ。そうしたらいいのよ。いいえ、そうすればいいわ、そうしてよ!」


 いっそ、そうしてくれたら諦めがつく。もう待たなくてすむ。迷惑だと、お荷物だと、綱の口からそう言って、私を諦めさせてほしい。諦めなきゃならないほどグチャグチャに傷つけてくれたら、いくらバカな私だって理解する。

 桝さんなんて嫌だ。嫌だけど。できたら、もっと違う人を選んでほしいと思う。でも、綱は私の人形じゃないから、そんなの言える権利はない。


「私が嫌なんです。桝さんと帰る気はない。ひ、お嬢様と帰りたい。だから待っていてくださいと、お願いするのは……いけませんか……」


 綱の声は小さくなって、身体まで小さくなって俯いた。


「約束なんて、お願いだなんて、確かに私からしていいものではありませんでした。私があなたを待たせるなんて、筋違いでおこがましいものでした。だけど……」


 綱が唇をかむ。綱が言い訳じみた言い方をするのは珍しい。俯いた瞳に、暗い前髪。湿度の高い空気が、ぺったりと影を塗りつける。生々しくてそれでいて、深い闇が綱の表情を隠す。


「私はあなたと一緒にいたいんです……」


 消え入りそうな声。前で組んだ綱の指先が震えている。こんなのは、ズルい。

 こんな風に言われたら、その理由が何であれ、私は許すしかなくなるのだ。苦々しく思いながら声を絞り出す。


 私の負け。好きになった方の負け。


「うそよ。ちょっと意地悪言っただけ」


 ユルユルと綱が顔をあげる。


「だって、綱、帰ってくるのが遅いんだもん」

「……それは……」


 綱が気まずそうに目をそらした。汗に濡れたYシャツ。よりかかっていたのか、煉瓦の壁に薄暗い綱の染み。その意味にハッと気が付く。


「まさか、ずっとここにいたの!?」


 綱が言葉もなく自嘲した。芙蓉館が閉められたあとまで、桝さんと一緒にいたわけではなかったのだ。


「なんで?」

「なんででしょう」


 俯いてしまう綱。あの言葉の暴力で、私は綱の言葉を奪ったのか。

 

 そんなことしたかったわけじゃない。


 勘違いで責め立てて、綱を傷つけた。思い込みでいたぶった。本当に私は自分のことしか見えていない。愚かで視野と心が狭い。


 私は下から綱の顔を覗き込み、ポケットからジャータイプのリップを出して、噛みしめ切れた綱の唇に塗った。綱の唇が熱い。


 綱が意味が分からないという顔で私を見る。


「唇、切れてるわ。それあげる。綱はリップ持ってないんでしょう?」


 ごめんなさいの代わりに、バナナの香りのリップクリームを押し付ける。


 一瞬だけ触れ合った指先に唇の熱がこもる。


 綱は大事そうに受取って、鼻声で笑った。


「……よくご存じですね」

「知ってるわよ、それくらい。私と綱の仲じゃない」


 言えば綱が戸惑うような顔で私を見る。


「綱は私と約束していいの。今まで通り、私は綱を待つわ。その代わり綱も私を待つのよ? お願いもしていいわ。叱ったっていいわ。言えばいいのよ、何でも。それでこそ綱でしょ」


 自分に呆れて笑うしかない。もう、本当に馬鹿みたいだ。勘違いで嫉妬して八つ当たりして、手放したいと願っても、最後の最後で手放せない。自分では諦められないことを棚に上げて、他力本願で綱に責任を押し付ける。ゴメンナサイすら素直に言えない、可愛くない私が嫌い。綱を好きでいて良い資格すらないくせに、諦めることもできない。


 どうして綱が泣きそうな顔をするの。泣きたいのはこっちなのに。でも、綱が泣くのは嫌。苦しむのも見たくない。綱は幸せであって欲しいのに、どうして上手くできないの?


「さぁ、早く中に入りましょ。熱中症になっちゃうじゃない! ジンジャーエール入れるわ」


 夕闇に引きずりこまれる前に、私たちは安全地帯に逃げ込んだ。





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