149.お弁当をどうぞ
お昼休みである。
芙蓉学院高等部は給食がない。お弁当か購買、数カ所ある学食で食べることになっている。学内には、少し金額が高めの小さなレストランと、カフェテリア方式のメインの学食があり、どこを利用してもよい。芙蓉会のメンバーは芙蓉館が使えるが、中等部と同じでセルフのカフェなので食事は常備されていない。お弁当やテイクアウトを持ち込むことになる。
レストランの学食は芙蓉会や内部生たちが使うことが多く、予約をしてちょっとした誕生日パーティーもできる。カフェテリア方式の学食は外部生が多いイメージだ。カフェテリア方式の学食は白山グループのお店だ。こちらのカフェテリアは給食的な意味合いも強いので、メニューは管理栄養士が考えている。
高等部になると、芙蓉学院内だけで使用できる学生カードが発行される。学生証と一体型で、キャッシュカード型と現金チャージ型が選べ、学内ではそのカードを使ってお金を使わずに買い物ができるのだ。おかげで、購買や学食での支払いはスムーズだ。
今日はお弁当を持ってきた。週に一度はお弁当を作ることにしている。もちろん、没落した時に備えてだ。あと、可愛いお嫁さんにもなりたい。
お弁当のない日は詩歌ちゃんたちとその日の気分で学食を使う。氷川くんと八坂くんはレストランで一緒になることが多かった。有名人は席の間隔が離れているレストランの方が落ち着くのだろう。
「姫奈。行きましょう」
廊下から綱に声をかけられる。八組は棟の一番端っこで遠いのに、わざわざ四組から来てくれるところが嬉しい。
私は二人分のお弁当をもって駆け寄った。どうせ自分の分を作るのだからと、綱の分も作っているのだ。
「晴れているから庭の方へ行きましょうか?」
綱に言われて頷いた。芙蓉学院高等部は、学校内に小川があるほど敷地は大きい。そのところどころにベンチやあずまやがあるのだ。
三人掛けのベンチへ腰かけ、お弁当箱を開く。スープジャーに入れてきたお味噌汁を紙コップに半分ずつにわける。
今日は昨日の夜の唐揚げを南蛮漬けにしたものと、じゃこと海苔の入った玉子焼きは、さり気なくハート型。私は玉子は甘い方が好きだけれど、綱はしょっぱいのが好きだから。
かわりに、甘いものが欲しい私は冷凍の紫芋スイートポテトを入れておいた。冷凍食品と侮るなかれ。白山関連で作っている冷凍食品は、色どり味と栄養バランスも考えている。自然解凍できるから保冷材の代わりにもなって重宝しているのだ。
ほうれん草のソテーにはニンジンとコーンを入れて彩りよく。後は定番のミニトマトをコロンと入れた。
ご飯は早乙女さんの作ったお米だ。その上に鯖そぼろをのせる。DHAを摂取しよう。
見た目は地味なメニューだ。初めに頑張って可愛いデコ弁を作ったら、綱に戸惑われたので自重している。
いつかは桜でんぶでハートを描いてみたいけど、さすがにそれはお付き合いした人じゃないと無理だと思う。そもそも綱は桜でんぶは好きじゃなさそうだ。だとしたら紅ショウガ? いや、それは可愛くないかも。
「美味しいです」
唐揚げの南蛮漬けを食べて綱が笑う。キュンとする。
綱は唐揚げが好きだから、リクエストを聞くといつも唐揚げで、それでは私のレパートリーが増えないのが悩みどころだ。
「よかったわ」
クラスが離れてしまった綱とは、昼休みぐらいしか顔を合わせない。綱もクラスの委員長をしているし、移動教室などあってなかなか忙しいのだ。
美味しそうに食べる綱を見て、好きだなぁとしみじみ思う。ただ、その想いはバレてはいけないから、ひた隠しにするしかないけれど。
私が作ったものが綱の体を作ると思うと、少しうれしかった。
「好きです」
「は?」
ふいに綱が言ったから、思わず箸を落としそうになる。
「この玉子焼き、美味しい」
幸せそうににっこり笑う頬が、モグモグと動いた。
「……ああ、そう? 良かったわ」
玉子ね? そうよね。今の話の流れどう考えたってお弁当のことじゃない!!
一瞬自分に言われたのかと勘違いしてしまった。
バクバクと跳ねる心臓の音が、ベンチを伝わりませんように。
そう思いながら食べるお弁当は、まったく味がしなかった。
「ごちそうさまでした」
二人っきりのベンチなのに、綱は丁寧に手を合わせる。そんなところも好きだな、そう思って頬が緩んだ。
「お粗末様でした」
食べ終わったお弁当を片付けながら、綱が尋ねる。
「そう言えば、筏作りの準備は進んでいますか?」
「委員長の一条くんが設計しているから安心よ!」
勝ち誇って答える。
芙蓉学院高等部には体育祭がない。そのかわり一学期の終わりに、遠泳大会がある。氷川グループが持つ合宿用の施設にはプライベートビーチがあり、そこで遠泳をするのだ。
近くの無人島からホテルのビーチまで二年生が遠泳する。その為に一年生から体育の授業でみっちりと水泳をやる。もちろん前世の私は、診断書を書いてもらって水泳の授業自体をサボっていた。もちろん、遠泳大会は欠席だ。すでにデブになっていた私にとっては、水着の学校行事など苦行でしかない。
当時は、両親が上手くやってくれたのだと思っていたが、本気で診断書が出ていたのかもしれない。だとしたら真実を教えて欲しかった……。
遠泳大会とは言っても、遠泳するのは二年生だけで、その間、一年生と三年生は、筏レースなど他のイベントに参加することになっているのだ。一応クラス対抗ではあるが、割と緩い。開催地の地元でも有名な行事らしい。
筏レースの筏は、各クラスの手作りだ。船体はペットボトルで作ること、ペットボトルは各クラスで集めることがルールである。製作は自主参加で、私のクラスでは一条くんが中心になって設計を始めているところだ。まだ作り出すところには至っていないが、作り手メンバーが少し足りないと思う。
筏は、ウケを狙ったものもあれば、やっつけ仕事で沈没するものもある。漕ぎ手は六人から十人くらいで一組になって、クラスで一組ずつ参加する。残りの人たちは、ビーチバレーや、水鉄砲合戦などに出るのだ。水鉄砲合戦の水鉄砲も、塩化ビニール製パイプの手作りと決まっている。その為、準備期間の学院は放課後がにぎやかだ。
まさに青春。
「一条くんは頼りになりますからね」
「ええ。綱のクラスはどう? はかどってる?」
「外部生でDIYが得意な人がいて助かっています」
「ええ~。いいなぁ。私まだ外部生がどんなことが得意かわからないのよ。どうやって話しかけたらいいかわからないし」
「私の場合は、小学校の同級生だったので。昔から工作が得意だったから声をかけてみたんです。ゴム鉄砲を作ったりして遊んでました」
「綱のそういうところ、羨ましいわね」
心底羨ましい。こんなふうに、何でもこなす綱に私はどうやったら釣り合える人間になれるのだろう。
中等部の時に外部生で苦しめられた過去がありながらも、なんだかんだと中学からの持ちあがりの友人たちと固まりがちになってしまう。
やはり前から知っている子は安心だし、気心が知れているからだ。
高校から入って来た外部生たちとも話をしてみたいとは思っても、薄い壁を感じてしまい、なかなか話しかけるのは緊張する。そもそも話しかけようとすると、怯えられる。多分それは最初の八坂くんバトルのせいだと思う。
そう考えると、中等部入学の際に何かと面倒を見てくれた明香ちゃんはとてもすごい。真似できたらいいのにと思いつつ、なかなか上手くできないでいた。
「塾だと他の学校の子とも話せるのに、なんでかしらね」
「塾ではみんなが知らないですからね。学院ではどうしても慣れている方と話したくなるのが自然です。気負わなくても大丈夫ですよ」
「そうかしら?」
「そんなにいきなり仲良くなんてなれませんから」
「そうね。でも、筏作りをしていても集まってくるのは内部生ばかりで、せっかく仲良くなれるイベントだと思うのに残念な気がするわ」
綱は私を見て少し驚いたような顔をした。そうしてから、微笑む。
「では、外部生で工作の得意な子をスカウトしてみるのはどうでしょう?」
「そうね! いいわね! でも、工作が得意な子ってどうやって見分けるの?」
「そうですねぇ……。女子なら手作り小物を持っているんじゃないでしょうか。男子ならペンケースの中を覗いてみたらいいかもしれません。自作のシャーペンとか持っていますよ」
「自作のシャーペン!? どういうこと!?」
「こういうのです」
綱は制服の内ポケットから、黄色い油性ペンを取り出した。そしておもむろに、カチカチとノックする。
「え? これシャーペンなの?」
「そうです。外見だけ油性ペンで、中はシャーペンになっています。譲ってもらいました」
「やだ! すごい可愛いじゃない!! え? こんなことできるの? うそ、探すわ! クラスに同じことできる子探すわ! 私も作ってもらう!!」
「姫奈、目的はそうじゃないでしょ?」
「そうね、筏だったわ!」
フっと綱が笑って、そんな些細なことでもドキリとする。悟られないように曖昧に笑う。上手くごまかせただろうか。
教室へ向かうよう鳴り始めた予鈴が、私たちをせかした。







