148.袖止めパジャマパーティー
中間テストを終えて、今日は打ち上げを兼ねて私の家に集まってもらった。ちなみに高等部は中等部と違い三期制なので、毎学期ごとに期末テストがある。
五月の終わりには、大黒さんからエアメールが届いた。
九月から寮のある学校へ入学予定で、入学までに英語力を鍛えるべくアメリカで奮闘中らしい。
そんな連絡と一緒に、正式な謝罪の言葉とUSBメモリーが送られてきた。あのPTSD騒ぎの動画が入っていたものだ。自分が持っていても仕方がないし、こちらで勝手に処分していいものではないと思うから、そちらで処分してほしいと書いてあった。
私がその手紙に白山海苔をつけて返事をしたら、大黒さんからは、私みたいにもっと気の利いたものをよこせという言葉と共に、今アメリカで流行っているお菓子が送られてきた。
早速、流行りのお菓子を送り付けてやった。
なんだかこんな関係も面白いなと思う。
大黒さんから届いたメモリーは、関係者に報告した後で綱に預けた。綱が調べてみたいと言っていたからだ。メモリー自体は調べられたあとで指紋などが残っているわけでもなかったから、「何ができるわけでもないと思いますが」と綱は言ったが綱が持っていてくれれば安心だ。
自分で持っていたら、モヤモヤしてしまいそうだからだ。そして、何かやらかしそうな自分が怖いというのもある。自分が一番信じられない。
本日は、六月十六日。『かつうの祝い』である。前々から、皆と約束していた袖止めをすることになった。数え年十六で振袖の袖を切るのだ。お月見も兼ねているので、今日はパジャマパーティーでもある。
午後に集まり、詩歌ちゃん懇意の呉服屋に来てもらい、振袖の袖を切る。少しもったいない気もしたが、切った袖でつまみ細工のアクセサリーを作ってもらうことにした。めいめいの生地を少しずつ使って、お揃いのヘアピンとコサージュにしてもらう。
出来上がりが楽しみだね、なんて盛り上がりつつ白山家でディナーを食べ、今は客室用のベッドルームでパジャマ女子会に突入したところだ。
ダブルベッドを無理やり二台入れてもらい、くっつけた。皆でゴロゴロしながら、今日だけ特別にお菓子を持ち込む。
詩歌ちゃんは、ワッフル素材の花柄パジャマ。明香ちゃんは、無地のロング丈オールインワン。紫ちゃんはロングのニットワンピで、私は黄色いクマの耳付きフワモコパーカー。パジャマでも個性が出るから不思議だ。
おススメの映画だとか、コスメだとかを持ち寄って、人生ゲームも用意した。
カーテンの隙間から入り込んでくる半月。流石に土器は用意できなかったから、紙皿の上にお菓子を取り分けてからそれを食べ、みんなで紙皿を切って月を覗いてみる。紫ちゃんが、星形に切る方法を教えてくれた。
「昔はこれで大人の仲間入りだったのよね」
明香ちゃんがしみじみと言った。
「本当、信じられないわよね。十六で大人なんて早い気がするわ」
詩歌ちゃんが笑う。紫ちゃんも頷いた。
「ちっとも大人になれる気がしないわ」
私がため息をつけば、十八まで二年あるわと明香ちゃんが言った。
「二年しかないのね……」
あと二年。二年で大人になれるだろうか。いや、私の場合は断罪の日まであと一年と少ししかない。
ゾッとする。
「そういえば、生駒くんには驚いたわ」
明香ちゃんが面白そうに私を見た。不意打ちに綱の名前が出て、私は少し動揺する。
「え?」
「本当に一緒に住んでると思わなかったから。ちょっと噂になってたのよ?」
ニヤニヤと笑われる。
「風雅くんと姉以上に仲が良くても納得ね」
紫ちゃんまで参戦してきて、慌てて訂正する。
「い、い、一緒じゃないもん! 家は別だもん! 敷地が一緒なだけだもん!」
なぜこんなに恥ずかしいのかわからない。前世では堂々と触れ回っていた。最近まで渡り廊下でつながって、行き来が自由だったなんて、今ではなぜか気恥ずかしい。
「でも、食事は一緒でしょ?」
詩歌ちゃんまで参加する。さっきのディナーには綱も同席していたのだ。
「うーちゃんまで! 止めてよ。ただの幼馴染なんだから」
真っ赤な顔を隠すべく、枕をギュッと抱きしめて目だけで三人を見れば、ニヨニヨがニヨニヨでニヨニヨしている。
「だ、あ、え、っと、秘密にしてたわけじゃないもん! ……だけど、だって、学院ではちょっと言いにくくて。言えば、綱が私の使用人みたいに思われたら……いやだから……。でも……黙っていてごめんなさい……」
声がだんだん小さくなって、俯いた。みんなの視線がいたたまれない。ギュッと抱きしめられて顔を上げれば、詩歌ちゃんが額をコツンと合わせた。
「もう、姫奈ちゃん。かわいい! 生駒くんのためだったのね。そういうところ好きよ」
絶対、詩歌ちゃんのほうが可愛いのに、至近距離でやめて欲しい。私が男の子なら間違いなく期待する。好きになっちゃう。
アワアワと言葉を失う。
「それでなのね。ちょっと納得」
明香ちゃんが優しく笑うから問い返した。
「なにが?」
「入学直後から生駒くんがすごく姫奈ちゃんに過保護だったから。ただの幼馴染なら大袈裟な気がすると思ってたのよ」
「そう?」
「そうよ。無自覚? すごく大事にされてるじゃない」
「そんなことないもん! 綱は意地悪よ! 皆にはいい顔してるかもしれないけど! イケメンかもしれないけど! 私のことは怒ってばっかり!」
憤慨すれば、紫ちゃんが葵先輩譲りの慈愛の満ちた目で私を見た。
思わず口を噤む。
「姉も風雅くんのことは叱ってばっかりよ」
超ド級の爆弾を落とされて撃沈する。
「止めて、学院一の憧れカップル引き合いに出してこないで!!」
「そうなれたのは姫奈ちゃんのおかげだけど」
紫ちゃんが柔らかく微笑んだ。
「なんで?」
「姉たちは、生まれる前に祖父たちが勝手に決めた婚約だったの。風雅くんはあんまり本心を見せない人だし、姉も素直じゃないでしょ? いろいろと不安だったみたい。でも、姫奈ちゃんが風雅くんの言葉を引き出してくれたって聞いたわ」
「え? そうなの? 聞いてないわ」
明香ちゃんが、珍しく好奇心丸出して私を見る。そうだ、明香ちゃんは葵先輩信者だった。
二人のなれそめ話をみんなに話してニヨニヨ喜ぶ。ええ、私が淡島先輩を恋の沼に突き落としてやったんです。今思い出しても、甘酸っぱい。
「理想の二人よね」
詩歌ちゃんがため息をついた。
「私もプロムまでには彼氏が欲しいわ……」
私はボソリと呟いた。綱は……多分無理だから諦めるにしても、それまでに出来れば彼氏が欲しい。
プロムとは、高校三年の卒業式の後に開かれる生徒会主催のパーティーだ。夜の体育館を使って、卒業パーティーのようになっている。参加は自由。高校生活最後の大取イベントだ。
基本、男女のペアで参加する人が多いが、そう決められているわけではなく、その年の卒業生ならだれでも参加は出来る。ただ何となく、一人参加は肩身が狭いから、どうにか誰かとペアなりグループになりたいと奔走するのだ。
そんなわけで、男女のペアであっても、カップルでなくてももちろん良く、参加者が芙蓉学院高等部三年生であれば、パートナーは同級生でなくても、学院外の人でもいい。
しかも、プロムでダンス賞を取ったカップルは幸せな結婚ができるなんて言い伝えがあるものだから、女子は皆憧れているのだ。本音を言えば、綱とと思うけれど。
「気が早いわね」
明香ちゃんが笑う。
「さやちゃんは余裕よね? そう言えば聞いたことなかったけど、さやちゃんはどうなの?」
私が問えば、さやちゃんは顔色も変えずに答えた。
「私は、高等部の生徒会執行部も狙っているから、選挙が終わってから探すわ。恋愛ごとで足を引っ張られたくないし」
「え、計画的ね?」
「そうね。それで、大学在学中に結婚して子供を産んでおきたいわね」
「え! ええ!? 意外すぎるわ」
「だって、在学中なら休学してもキャリアアップの妨げにならないでしょう?」
「……え、すごい……、なんか、色々考えてるのね……」
「まぁ、計画通りにいくとは限らないけど」
なんて言いながら、この人は計画通りにすると思う。明香ちゃんの話は私には全く参考にならない。
恋バナしていたはずなのに、なんだか全然キャッキャウフフにならないではないか。なぜだ?
「うーちゃんは? うーちゃんはやっぱり氷川くん?」
問えば詩歌ちゃんはきょとんと小首をかしげた。うわ、かわいい。
「氷川くん?」
「うん、そう。おばあ様たちの反対もなくなったでしょう?」
「ううーん? 確かに反対はされないでしょうけど、私と氷川くん? そう見える?」
心底不思議そうな顔をされてしまった。
「確かに、役員で一緒にいることが多いから噂になることもあるわね」
明香ちゃんが笑った。
詩歌ちゃんは、思い当たるというように苦笑いする。
「それは確かに、前からそうなのよね。嫌いではないし、尊敬もしてるけど。でも、特に何もないわ」
「そうなのね」
氷川くん御愁傷様。詩歌ちゃんは今のところ脈なしのようです。
「ゆかちゃんは心配ないものね」
ふう、とため息をつき恨めしく思って紫ちゃんを見る。
紫ちゃんは困ったように笑った。
「でも、仁くん。私の両親にあまりよく思われてなくて……」
「……芙蓉会じゃないものね」
明香ちゃんが言えば、紫ちゃんは頷いた。
「両親は言わないけれど、さり気なくお見合いみたいな食事会が最近あるの……」
「私なんて、この間父から三十代の教授を紹介されたわ。しれっと、家の食事に招待して、別に深い意味はありませんみたいな顔をしているけど、バレバレよね。いくら次期学部長候補って言ってもね……? 兄が怒っていたわ」
明香ちゃんが笑った。詩歌ちゃんも紫ちゃんも深く頷いていた。よくあることなのだろう。
「芙蓉会の方が安心なのはわかるけれど……そんなことされても困るわ……。相手の方にも失礼だし……」
紫ちゃんがため息をつく。
こんなところでも芙蓉会だ。二階堂くんは幼等部からの内部生にもかかわらず、芙蓉会でないというだけで認められないらしい。なんという足かせだろう。
「最近は姉や風雅くんが味方になってくれているからいいけれど、こんなんじゃ仁くんに嫌われちゃうかも」
私も芙蓉会になっちゃったし……、紫ちゃんがシュンとする。
「大丈夫よ! ニンジンくんがそんな不甲斐ないこと言うようなら、生ニンジン口に詰め込んでやるわ! 葉っぱがもしゃもしゃついているヤツ!!」
「それは確かに嫌かも。仁くんの口にニンジンが詰められないように、私も嫌われないようにしなくちゃね」
そう言って笑う紫ちゃんが綺麗でドキリとする。
「やっぱり、恋する乙女は綺麗よねぇ」
明香ちゃんがため息をついて、詩歌ちゃんが頷く。
「ああー、私も綺麗になりたい……」
私がぼやけば、皆が笑った。
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