147.友だちってどうするの?
今日も塾だ。いつも通り、行きは綱と一緒である。二人で塾の玄関に入れば、晴人くんがいた。
「晴人くん! 今日は早いのね! 教室まで一緒に行きましょ?」
晴人くんはいつもギリギリに来るのだ。
「あ、うん、……今日はちょっと、たまたまね……。でも、あの、彼……」
モゴモゴと答えながら戸惑ったように私の背に立つ綱を見た。
「はじめまして。姫奈から話を伺っています。ご迷惑をおかけしているようですみません」
綱がまるでお母さまのように言うから、「保護者じゃあるまいし」と呟けば睨まれた。
晴人くんが怯えた目で私を見る。
「ごめんなさい。晴人くん。彼は幼馴染なの。上の階に通ってるから一緒に来てるのよ。不愛想だけど怖くないわよ?」
言えば、綱がニーッコリと笑った。やっぱ嘘、怖い。
「姫奈はお調子者なところがありますから、誤解させるようなこともあるかもしれませんが、何かあったら教えてください」
「もー! 綱、失礼ね! 早く自分の教室へ行きなさいよ!!」
怒れば綱は軽く頭を下げてから、上階の教室へ向かっていった。本当に過保護すぎて嫌になる。
「……白山さん……やっぱり、白山さんちってそういう系のお家?」
晴人くんが青ざめた顔で問う。
「そういう系って?」
「……あー、うん、なんというか……。なんとか組……みたいな……」
「組はないわね? 庵とか房ならあるけど?」
「え? 房? 独房?」
顔面蒼白な晴人くんの表情で、誤解されていると気がついた。
「違うわ! 茶房の房よ! ごはんやさんなの!」
お父様は強面でドスだって似合うけれど、極道ではない。私はお嬢様であって、お嬢ではないのだ!!
「だって、彼って、ボディガードにしか見えないけど」
「もう変な誤解だわ! ただの幼馴染よ」
「いや、あれはそうじゃないと思うけど……」
「でも、ボディガードではないわ!」
「……そうなんだ、なんか、うん、察し……」
晴人くんが苦笑いする。
「え? 察しってなによ?」
「ボディガードじゃないってことはわかったってこと」
「そうよ! わかってくれればいいのよ!」
フンスと鼻息荒く教室へ向かって歩き出す。ただでさえ、私は『アネゴ』と呼ばれているのに変な誤解はこれ以上ごめんだ。
さて、順調な塾生活ではあるのだが、少し頭を悩ませていることもある。
それは休憩時間にたまに行く買い物だ。
「アネゴー! ついでにこれも!」
コンビニへ買い物へ行けば、当然のようにカゴへ四つ分のお菓子が追加されるのだ。はじめは十円くらいの駄菓子だったから、わざわざ取り立てることはないと思っていたら、誰も自分で返しには来なかった。そして今まで一度も払われたことはない。
請求しない私が悪いのかもしれないが、どうやって請求したらいいのかわからないのだ。
「……ちょっと、これ、ダッチュじゃない」
高級アイスをカゴに人数分入れられる。
「だ、だいじょうぶ?」
晴人くんが心配したように声をかけてきた。
「……私だって自分では買わないのに」
ハァ、と小さくため息をつく。
なんだかとても惨めな気分だ。ありがとうの一つも言われない。当たり前のようカゴに入ったお菓子たち。
初めは新しい友達と一緒にお菓子が食べられることが嬉しかった。だから、たった十円くらいと思った。たまにだからと思っていたら、それがジュースになって、気が付いたら高級アイスになった。
「あ、ごめんなさい」
こつんと背中を小突かれて、振り返れば背の高い男性のカゴが背中に当たっていた。慌てて頭を下げてから、顔を見る。
夜なのに黒い丸サングラスをかけて、目深に帽子を被っている。首には楽器用の黒いストラップ。胡散臭いその人には、見覚えがあった。
三峯くんだ。
「み……」
名前を呼ぼうとしたら、三峯くんが自分の唇に人差し指を当てた。
「ミィさんですか!?」
晴人くんが突然大きな声を上げたからギョッとした。
三峯くんは、私を見て薄っすら笑ってから、晴人くんにはニッコリ頷いた。
「え、ミィさんてなによ」
思わず三峯くんに突っ込む。
そこへ、晴人くんが早口で答える。
「ミィさんは年齢不詳詳細不明の動画配信者なんだよ。今すごく中高生に人気で。ゲーム実況とか、音楽とかアニメとか、チームで色々やっててオールマイティーな感じなんだけど、って動画は白山さん見ない? 一般的にメジャーなところだと、去年、女子中学生の裁判沙汰で比較動画作ってた人。ニュースで見なかった?」
私と話すときとは桁違いの早口と情報量に気圧された。
「え、まさか、負け米騒動の?」
「あ、白山さんはやっぱり食べ物で覚えてるんだね」
晴人くんはとっても嬉しそうだ。
それにしても、あの比較反証動画を作ってくれたのは三峯くんだったのか。
「えっと、あの、その節は大変お世話になり」
「いいよ、あれで結構稼がせてもらったから」
三峯くんは、指でお金のマークを作ってウインクした。おどけた感じで笑いを誘う。
「それより、白山さん。それ、なに」
買い物かごの中を見て、三峯くんが問う。
「塾の休み時間のおやつよ」
「食べ過ぎじゃない?」
「私一人で食べるわけないわ!」
そう言えば、晴人くんが困ったように眉尻を下げた。三峯くんはコンビニの外にたむろする女子高校生の集団を見る。
「あれ、友達?」
「そうよ」
「たかられてるの?」
三峯くんの言葉に固まった。
「たかられてる……?」
「ちゃんと、あの子たちからお金もらってる?」
「……だって」
「もらってないね、その様子じゃ」
「べ、別にいいんだもん! 友達だから奢ってるだけで!」
「別にいいけど。ただ、白山さんは奢ってもらったことあるの?」
「わ、私は……まだ、……まだ、無い、けど」
俯いて答えれば、三峯くんは小さくため息をついた。
「それってさ、友達? 利用されてない?」
三峯くんはいつも真っ直ぐ私に問う。
「だって、返してって言っていいのかわからないんだもの。言ったら嫌われちゃうんじゃないかって、思うんだもの……」
「請求すらしてないの。呆れたお嬢様だね」
三峯くんは心底呆れたように、肩をあげた。
「それで嫌うなら友達じゃないよ。白山さんの持ってるお金が好きなだけだ」
ピシャリ。ド正論。
私が目を背けてきた正論。
前世でもそうやって、レアなアイテムで人をつっていたではないか。そうやって集まってきた人たちは、ものを与え続けなければ離れていった。物と交換のように私の喜ぶ言葉だけを与えて、正しい意見は誰もくれなかった。
友達ではなかったからだ。
また同じことを私は繰り返している。これじゃダメなのだ。
ギュッとカゴの持ち手を握る。
「白山さん……」
晴人くんが心配そうに私を見た。私はキュッと顔を上げて、三峯くんを見た。
「そうね、その通りよ。ちゃんと言ってみるわ」
「それがいいんじゃない?」
三峯くんは笑った。私もホッとする。
「で、なんなの? その格好? 夜なのに変だわ」
「今、録ってたんだよ。休憩でそのまま出てきたから」
三峯くんは珍しく恥じらうように笑った。
「えっ、あ、新曲ですか? いつも録ってるスタジオ近くなんですか?」
晴人くんが食い気味で尋ねる。
「うん」
三峯くんが笑って軽く答える。二人はネット動画の話を始めたから、私はその間に会計を済ませた。
レジ袋の中で、アイスがカサカサ音を立てている。私は意を決して、女の子たちの前に立った。
他人のために意見を言うのはあまり難しくないと思う。しかし、自分のために自分の意見を言うのはなんて難しいのだろう。晴人くんが、斉藤君にはっきり抗議できなかった気持ちがわかる。
空気を壊してしまわないだろうか。自分だけが我慢すれば、他のみんなは嫌な気持ちにならない。ただ塾にいるだけの間だから、我慢できない事でもない。そんな我慢ができない自分は協調性がないんじゃないか、我儘なんじゃないだろうか。そう思うと、胸の中で言葉が凍る。
でも、本当の友達になりたいのなら、このままじゃ駄目だ。三峯くんの言ったとおりだ。
「アネゴー! おそーい!」
「たべよたべよ!」
キャッキャとはしゃぐニコちゃんたちに、向き合う。勇気を振り絞る。
この子たちは、私のお金を目当てにしていませんように。便利な人間でいなくても、友達でいてくれますように。
「代金を支払った人にだけお引渡しいたします」
ちょっと業務用過ぎたかなと思いつつ、他に言い方が分からない。
彼女たちは一瞬キョトンとして、顔を見合わせた。
やっぱり無理だったのか……。
ガッカリした瞬間。
「あー、そうだよね! ごめんごめん! アネゴもやっぱコーコーセーだもんね!」
からからと笑いだす。
「ごめんね。なんだか平気なんだと思ってた。プロっぽいしさ、全然請求してこないしさぁ」
「プロって何よ!!」
女の子たちは笑いながら、だいじょうぶ? これで今までのぶん足りてる? なんて言いながら、千円を私に押し付けていった。私も大丈夫だよと笑顔を返す。
コツリと頭を小突かれて振り向けば、三峯くんがいた。
「よかったね」
「ええ、ありがとう」
お礼を言えば、ヒラヒラと手を振って行ってしまった。
「え! 今のミィ?」
「え? まじで?」
「白山さん知り合いなの?」
グイグイと来られて圧倒される。そうか、三峯くんは年齢不詳詳細不明だったっけ。あんまり詳しい話をしてはいけないだろう。
「うん、ちょっとした知り合い。『チャンネル登録お願いします』?」
アドバイスしてくれた三峯くんへのちょっとしたお礼のつもりで、軽く営業をしてみれば笑われた。
「やっぱりアネゴはアネゴだよね」
「謎が謎を呼ぶわー……。やっぱコーコーセーじゃなくなくない?」
ニコちゃん達は怪訝な顔をした。
「正真正銘のJKですっ!」
言えば、晴人くんがクスリと笑った。







