146.イジリとイジメは別物です!
七方晴人くんと知り合ったことで、他の塾生にも話しかけられるようになった。休み時間に教室で晴人くんと話していると、後ろの席の方にいた中学から持ち上がりのリア充集団の中の男の子の一人が声をかけてくるようになったのだ。
「七方、今日も仕方なく起きてるのか?」
この声のかけ方は毎回のテンプレで、初めての頃はいつも寝ていた晴人くんを、無理やり私が起こしているのかと心配したものだった。
晴人くんは面倒くさそうに、小声で違うよ、毎回答えてスルーする。私もそれにはスルーするようになった。
「白山さんは七方と仕方なく仲良くしてるの?」
「? 意味が分からないわ? 私、晴人くんとお友達よ?」
答えれば、晴人くんが驚いたように私を見た。私の方がビックリする。
「え? お友達じゃなかった?」
「え、い、う、ううん」
晴人くんは顔を真っ赤にして、ブンブンと頭を振った。
話しかけてきた男の子は不愉快そうに口元を歪める。
「へー、俺達ともオトモダチになってよ。七方と仕方なくオトモダチするんじゃなくてさ」
「……」
しつこいまでにからかってくる。「七方」と「仕方」を掛けているのだ。
ああ、前世の自分を思い出す。詩歌ちゃんを「あさましいか」と呼んだ黒々と光り輝く黒歴史。そもそも名前を覚え間違えている上に、ドヤ顔で繰り出したあの場面を思い出すとひっくり返って足をバタバタしたい。
それを、近くで繰りかえされる、なにこの拷問。神様は相変わらず、私を悶絶させるのがお上手だ。
コミュニケーションの一つとして、ちょっとしたからかいを否定するつもりはない。だけど、それは関係性で左右されるのだ。信頼関係のある中での多少のからかいは許されると思う。
二階堂くんに「ゴリラ」と呼ばれようとも私は許すが、大黒さんに言われたらむかつく。
また、私が詩歌ちゃんを「あさましい」と呼ぶのは許されないように、からかって許される相手と許されない相手だっている。
それに、からかう人、からかわれる人は、変動するもので、固定しているのならそれはイジメだ。
私には斉藤くんのイジリはイジメに見えた。
「で、白山さんは家どこ?」
「……え?」
不躾に聞かれて戸惑う。こんな質問を今までされたことがなかったからだ。意図がくみ取れない。それに、あまり知らない相手に住所など答えたくない。
「七方は、都民じゃないんだぜ? 白山さんは?」
「私は東京ですけど……」
「だよね! 七方は地方から仕方なく通ってんだよ」
「もう、やめてよ、斉藤君」
七方君が小さな声で嫌がる。
「遠くから通うなんてすごいことでは?」
「すごくねーよ。七方は仕方ないんだよな」
斉藤くんがあざ笑った瞬間に、私の堪忍袋の尾が切れた。ぷっちん。
七方仕方シカタとウザいわ!! そうやって私の過去の傷をえぐるな! 泣くぞ!!
「おさすがですわね? 斉藤皇貴さんだけあって、さいっこうに笑えないわ」
フンと鼻を鳴らせば、教室中が水を打ったように静まり返った。
斉藤くんは、驚いたように私を見た。私はひるむことなく見つめ返す。パフォーミングパートナー仕込の、瑕疵のない微笑で。
「……今の、白山さん?」
「本人に変えられないことをからかうことは悪趣味よ。サイコウくん」
意地悪くもう一度繰り返す。
斉藤くんは息を飲んだ。
「……ごめん……」
「私に謝罪?」
「わりぃ。……晴人」
「いや、えっと、うん、大丈夫」
晴人くんはぎこちなく笑った。斉藤くんは照れたように笑って、席を離れた。
それをきっかけに教室の空気が緩む。ザワザワとしたざわめきが戻ってきた。
「……白山さんありがとう」
「あんまりしつこいからイラッとしちゃったわ」
「でも、なかなか言えないよね。斉藤くん怖いでしょ?」
「そう? 私の学校ではもっと怖い人たちがいっぱいいるから」
氷川くんや八坂くんや、淡島先輩を思い出して身震いする。
斉藤くんがいくらやんちゃに見えても、普通に大学受験のために塾へ通ってくるような子だ。軽率なことはしないと思う。
たとえ、軽率なことをしでかししたりしても、白山家を没落させたりは出来やしないのだ。しかし私の知ってる彼らは違う。笑顔で白山家をぶっ潰す。いや、ぶっ潰した。
「え、白山さんの高校、そんなに怖い高校なの?」
晴人くんが脅えた顔で私を見た。
「ええ、学校は生きるか死ぬかのサバイバルよ……」
私は深くため息をついた。
斉藤くんは、Mっ気があるのか、それから良く話しかけてくるようになった。普通に話してみれば、普通の子だ。ただ、女子たちの手前、偽悪ぶっていたのだろう。それを晴人くんは『イキる』と表現していた。
その『イキり』が目に余るときに叱っていれば、『アネゴ』と呼ばれるようになってしまった。不本意である。
しかし、そのおかげかリア充グループの女の子たちとも仲良くなれた。イチカちゃん、ニコちゃん、ミナちゃん、シホちゃんの四人だ。中でも、ニコちゃんは斉藤くんと同じ名字で、斉藤夫妻なんて呼ばれているグループの中心的な存在だ。
その四人にも、私は『アネゴ』と呼ばれている。どう考えてもおかしい。白山姫奈子はお嬢様なのに!
どうやら、制服を着てこないうえ学校名を黙っていたら、「知られたくないほどヤバイ学校に通っているらしい」「実は高校生じゃないらしい」なんて変な噂が立ってしまったようだ。
制服を着てこないのは校則を守っているだけの真面目だし、学校名を言いたくないのは八坂くんがいるからだ。学校名がばれたら、絶対、八坂くんがらみのお願いをされる。八坂くん関連の面倒ごとは学院内で十分だ。だから黙っていたのだが、黙っていたら黙っていたで誤解を生む。どこまでいっても災厄を運んでくる八坂晏司め!







