143.新歓パーティー 2
パーティーも佳境に入って来た時、綱が二年生の先輩に呼ばれて席を外した。
紙コップのジュースを飲めば、もう生ぬるい。そして何だか甘みが増している気がする。ブドウの甘さ以外のものを感じる。
「……あ、なんだか、味が変だわ」
思わず呟けば、先輩たちが驚いたように私を振り返った。
「え?」
なぜだか注目を集めてしまい戸惑う。なんだろう。変なことを言ったとか? ジュースの味について話すのはいけなかったのだろうか。
淡島先輩がニッコリと笑った。
「白山さん、どうしたの?」
こんなに優しく聞くなんて、絶対にろくなことではない。私は慄きながら答える。
「いえ、……あの、多分、食べているうちにジュースに何か混ざってしまったみたいで……」
「どうしてそう思うの? 汚れてた?」
液体の表面は綺麗だ。何の疑いもない、深い深い紫色。だけど、やっぱり味が違う。
「味が……少し、人工的な甘さが追加された気がするので……」
オズオズと答えれば、淡島先輩が新歓パーティーの幹事を振り返った。大学OB芙蓉会の幹事は、壮年の男性だった。この人もどこかで見たことがある。
綱が慌てて側にやってきて、耳元で小さく『新聞社の社長です』と囁いた。
……うぉ、吐きそうだ。
幹事は愉快そうに拍手をしながら近づいてきた。いったいなんなのだ。
「お見事だね! じゃあ、新一年生、皆ジュースを飲み干してごらん」
幹事の声で、一年生たちがみんなコップの中身を飲み干した。
私もそれに従う。
するとコップの底に紫色のゼリービーンズが現れた。
「あ、甘さの原因ってこれ。ビーンズの糖衣が溶けたのね」
思わず呟けば、幹事は鷹揚に笑った。
「そう、種明かしする前に気が付いたのは、歴代初めてじゃないかな?」
淡島先輩も頷く。
「これはね、新入生に対するちょっとした注意喚起だよ。話に夢中でいつ入れられたのか気が付かなかっただろう? これがクスリだったらどうだろう? こういうことがあるからね、大人数のパーティーでは気を付けるように」
新入生の間に戸惑いのざわめきが起こる。全く気が付かなかった、だとか、大分飲んでた、だとか。
確かに全然気が付かなかった。これが薬物だったらと思うとゾッとする。
「気を付けなくちゃ……」
思わず呟けば、淡島先輩は笑った。
「でも、白山さんのコップに入れるのは大変だったよ。生駒がずっと目を光らせてるから。わざわざ席を外してもらうように他の人に頼む破目になった。それなのに一口で気が付くなんてね」
思わず綱を見る。
「芙蓉館だからと油断しました。姫奈に怖い思いをさせてすいません」
綱が頭を下げてきて慌てる。
「え、ええ? 自分で気を付けなかった私が悪いわ」
「私も自分のコップに入れられてしまいました」
綱は残念そうにコップの中のゼリービーンズを見せた。
「生駒のコップに入れるのは簡単だったよ。自分のことには無頓着だね」
淡島先輩は愉快そうに笑った。淡島先輩が入れたに違いない。側にいた私もまったく気が付かなかった。
綱は珍しく顔を赤らめている。相当悔しかったらしい。
一年生はもれなく全員入れられてしまったようだ。隙のなさそうな氷川くんも八坂くんも、一条くんも悔しそうな顔をしている。
やっぱり先輩方は一枚上手だ。
「これは、芙蓉会の毎年恒例の注意喚起だ。高等部になるとアルコールのあるパーティーへ呼ばれる機会も増える。そういった場では悪意もあるから気を付けて欲しい。まずは、異物を混入されないようにおかしいと思ったものには口をつけない。また、おかしなものを見たらすぐに周囲に確認をする。そして、これは今後も行われる予定なので、下級生へは絶対に漏らさないこと」
幹事の言葉に皆で頷いた。
確かにこれは不意打ちでされることに意味があるだろう。
「白山グループでこういうパーティーの依頼を受けたら、紙コップは止めるようにしたいわね。透明コップにするようにお父様に話しておかなくちゃ」
そうすれば、悪意に気が付きやすくなる。
淡島先輩が、それは良いねと笑った。
「本当は誰かが飲み切って、初めて種明かしになるんだよ。去年はボクも引っかかった。いつもは気を付けているつもりなんだけど、さすがに芙蓉館では気を抜いてしまった」
「淡島先輩でもそんなところあるんですね」
淡島先輩の意外な面を見て驚く。なんだか少し身近に感じた。
「そんなところ?」
「ええ、人に弱みを絶対見せないと思っていたから、失敗談なんて意外です」
淡島先輩は考えるように、自分の顎を撫でた。
そして愉快そうに目を細めて、小さな声で囁く。
「うーん……。そういうつもりだったんだけどね、最近はどうだろう。思わぬ弱みがいっぱいなんだ」
チラリ、葵先輩と紫ちゃんを見た。葵先輩が視線に気が付いて、不思議そうに首をかしげる。才媛と呼ばれるクールビューティな葵先輩のキョトン顔。なにそれカワイイ!!
「守るものが増えたから……」
「まあ、自分以外を守るのも悪くないと思うよ」
そう笑う淡島先輩の笑顔は、前世で見たこともないような満たされたもので、こちらまで幸せになってくる。
あの腹黒狸、嘘笑顔が上手な淡島先輩が、まさかこんなに素直に弱みを認めるなんて思いもしなかった。
「おシアワセそうですね」
思わず冷やかせば、淡島先輩は眼鏡のフレームを持ち上げて、今度は狸の笑顔で言い切った。
「それ相応の努力はしているつもりだよ」
ニヤリと上がる淡島先輩の唇の端に、乾いた笑いが思わず漏れる。「敵はブッツブす」に聞こえたのは、私の被害妄想だろうか。
「ぞ、存じ上げております……」
思わず丁寧に答えれば、淡島先輩は噴き出した。そして、居住まいを正し、張りのある声で言った。
「白山さんは不本意かもしれないけど、芙蓉会頑張って。損はさせないと保証する」
淡島先輩は私の背中をポンと強めに叩いて、葵先輩を連れて二年生の輪に戻っていった。
まさか、淡島先輩に応援されるとは思っていなくて、ジンとくる。思わず手を合わせて、淡島先輩の背中を見つめた。
「なに拝んでるんです」
綱が突っ込む。
「だって感動じゃない? あの、淡島先輩に『頑張って』なんて言われたのよ?」
「それは……おめでとうございます」
綱は一瞬言葉を失って、それでも祝いの言葉を述べた。なんだか変な気がするが、間違っていない気もする。うん、お祝いだお祝いだ!
「ね? お赤飯炊こうかしら?」
「私は甘いお赤飯が好きです」
「早乙女さんのうちで食べたやつね? 私も好きよ! 甘納豆で作るんですって!」
綱と二人で盛り上がれば、詩歌ちゃんがやってくる。
「なあに? 甘いお赤飯て」
「あのね、早乙女さんの奥さんに教わったのよ。小豆じゃなくて甘納豆で作るんですって!」
「珍しいわね」
明香ちゃんがやってきて、紫ちゃんも食べてみたいと笑った。
「では、皆さんにお届けします!」
グッと、拳を作って見せる。
「それで何のお祝いなの?」
不思議そうに明香ちゃんが聞く。
「風雅くんに応援された祝い、ですって」
紫ちゃんが笑う。
「ゆかちゃん、どこから聞いてたの?」
「コソコソ話は聞いてないわ」
紫ちゃんは悪戯っぽく笑った。







